54、それ、絶対盗んじゃダメなやつ
青国に戻ったフィロシュネーは、前世の夢をみた。
夢の中の自分がいるのは、以前の夢と同じ果樹園だ。
父譲りの白銀の髪を揺らし、フィロシュネーは父に教えられた黄金の林檎を採りに行ったのだ。
「娘よ。名前を与えよう。フィロソフィア。聖女フィロソフィアと名付けよう。そして当然のことであるが、我が愛娘の伴侶となる男は、特別でなければならない」
父である呪術王カントループはそう言って、外の国からやってきた男を『改造』している。身体能力を向上させ、不老不死の人形娘と釣り合うように寿命を延ばしてくれるというのだ。
「ありがとう、お父様」
父は、娘に名前という概念を教えた。
「名前を持つことで、たくさんの中の個体を区別することができる。私の名前はカントループだ。そう呼ぶように」
「カントループ」
「よく言えたね。えらいぞフィロソフィア。とても人間らしい……! いい子、いい子」
カントループはフィロソフィアを熱烈に抱きしめた。
「名前を呼ばれるなんて、
カントループの言葉が途中で切ない感情に揺れる。
「でも、フィロソフィアは私を置いて外に行ってしまうのだね」
その声は、とても悲しそうで、寂しそうで。
「……むぎゅう」
「おっと、強すぎた! 死んではいけない、我が聖女」
優しい青年の声で、カントループはフィロソフィアを送り出した。
「果樹園に研究成果が実っているはず。あれを持っておいで。帰る頃にはこの男の改造も終わっているだろう」
(恋人の目が覚めたら、名前を教えてあげるの。そして、あなたには名前があるかと尋ねましょう。名前を呼び合うの。素敵ね、人間って、素敵)
フィロソフィアは、わくわくと胸踊らせながら果樹園に出かけた。
多彩な羽色をした小鳥がピィピィ、チチチと楽し気におしゃべりしている。日差しは明るく、赤や橙の宝石めいた果実をきらきらと照らしていた。
ドレスの裾をひらひら揺らして歩くうちに、足が何かに触れる。
視線を落とした先に見えたのは、父カントループがつくった人形の腕だった。
よく見ると、あちらにも、こちらにも。
精巧につくられた人形がたくさん転がっている。
無表情で
――死んでいる。
これは、そういう状態だ。
カントループは人形を呼吸して鼓動を刻む生き物としてつくっていた。
それが、何体も何体も死んでいる。殺されている。
「あ……、あ……」
――誰がこんなことを?
外の国から、また誰かが侵入してきた? そして無体を働いた?
それとも、カントループ?
フィロソフィアの胸のうちで、心臓が
「聖女さん。俺の聖女さん」
「ひっ……」
――自分が呼ばれた。
そう認識して振り返ると、そこにはカントループがいた。
白銀の髪をしていて、神秘的な瞳を魅せて。近付いてくる。
「カントループ、お父様……」
父によく似た容姿を持っていて、心を宿した人形は、自分だけ。
だから、カントループ本人だと思って名前を呼んだのだ。
けれど、フィロソフィアは死ぬ間際、彼がカントループではないと感じた。
* * *
「あれは、私の息子です」
「……ふぁっ」
ぱちりと目が覚めたフィロシュネーは、ベッドの上に半身を起き上がらせてびっくりした。
「――ハルシオン様!」
「はぁい……」
ふにゃりと微笑むのは、空国の王兄であるハルシオンだった。
添い寝する姿勢で自分を見つめる青年は、頬を軽く染めてうっとりとした目をしている。ぎゅーっと抱きしめてきたりする。
「南方が落ち着いたので、パパは娘に会いにきました」
「あのう、ここはわたくしの寝室です。わたくし、婚約者も決まっていない淑女です。あなたさまはパパ……かもしれませんが、ハルシオン様でもあるのではないでしょうか」
「しらなぁい」
「し、しらないって……!」
ハルシオンはすりすりと頬を寄せて、耳元で幸せそうな吐息をこぼした。
「人間たちのルールもしきたりも、どうでもいい。私はしたいようにするのです、んふふふ。チュウとかしちゃう。ちゅっ」
「ひゃぁっ」
頬にちゅっと口付けが落とされて、フィロシュネーは真っ赤になった。
非常識レベルが上がっている気がするっ……、あわあわとしていると、ハルシオンは数秒で正気度を増したようだった。
「はっ。ま、また私、や、やらかしました?」
ささっと身を起こしてベッドの外に退き、正座する顔が赤い。
「失礼しました! 失礼しました!」
「あっ、い、いえいえ。おおお、落ち着いてくださいっ?」
警備は何をしているのかしら。こんなに大騒ぎしてるのに。フィロシュネーが呆れていると、ハルシオンは「防音しているので、大声を出しても大丈夫っ」と教えてくれた。どことなくドヤ顔であった。
「寝ようと思っていたはずですが、無意識にシュネーさんに会いにきてしまったみたいです。夢遊病というやつでしょうか。呪術師とやらが倒されたのだとか。南方から帰還してみれば弟とミランダが二人揃って『疑っていてごめんなさい』ってしてきたりして、私はただでさえ現実がおぼつかないのに何が何だかわからなくて困ってしまいましたよ」
「お、おつかれさまです」
ハルシオンは「弟に知られたら、私の魔力を封じて縛っておこうと言い出すかもしれませんね」と頭を掻いた。そして、フィロシュネーが見覚えのある花びらをその手のひらに生み出した。
「あ、ありがとうの花びら……」
「私がつくったボックス、なくなってしまったのですねぇ」
ハルシオンは「それが気になったのだ」という風にずりずりと近寄ってきた。ちょっと目が
「聞けば、神鳥も消えてしまったのだとか~? どうしてでしょう。そもそも、あの神鳥は私の生前にはいなかったのですけどね」
「は、ハルシオン様は、今生きていらっしゃいますよ」
「そうでした!」
ハルシオンは目をきらりとさせてフィロシュネーの手を握った。
「私とシュネーさんと、お互い生きているからこうして手を握ることができて、お話ができるのですね。素晴らしい。ありがとうございます、シュネーさん。生きていてくれて、ありがとうございます」
カントループの過去を知るだけに、フィロシュネーは何も言えなくなった。
「今日も元気でいてくれて、ありがとうございます。無事で呼吸してくれて、ありがとうございます。瞬きしてくれて、ありがとうございます。私を見てくれてありがとうございます」
ハルシオンの手の中で、花びらがふわふわと増えていく。増える花びらがベッドを埋め尽くす勢いだ。
「ハ、ハルシオン様。や、やめ、やめ……っ!? な、なんでしょう、これはぁっ……?」
めちゃくちゃだ。
この現実はなにかしら! フィロシュネーがあっぷあっぷしていると、ハルシオンはニッコリとしながら懐に手をやった。そして、大きく破損した赤い宝石を取り出した。
「神鳥はいませんが、これを盗んできました」
――悪びれない!
そしてそれはきっと、あの呪術師の本体で、絶対盗んじゃダメなやつ……!
「これに魂だか何だかが宿っていたとききました。探ってみましょう」
ハルシオンはそう言ってフィロシュネーが行使していたような奇跡をみせた。
すなわち、過去を探ったのだ。
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