12、青王と英雄
姫が空国勢に保護された後、サイラスは雇い主と連絡を取った。
『英雄! 英雄! 姫を好きにしていいぞ!』
青いオウムが青王クラストスの言葉を伝える。言葉を離れた場所にいる相手に伝える、かなり高度な魔法を使っているらしい。
『この魔法が使えるのはおそらく現在、世界でも片手に数えるほどしかいない』
青王クラストスはそう言って誇るように笑った。
青王クラストスという人物は、サイラスにとってよくわからないクライアントだ。
国のトップであり、青国においては神に等しい存在。一見親しみやすいが、特別な王様らしい気質を感じる時も多い。
青国と空国は、王位継承権を持つ王族の中から最終的に預言者が次の王を指名する。青王クラストスは、単に「王の子だから」という理由で後を継いだのではなく、預言者に「次の王はクラストス様です」と選ばれて即位した王なのだ。たまに「常人と違う」と感じさせるのも納得の話である。
そんな青王クラストスという人物は、サイラスには異様に優しい。待遇もとてもいい。何度も戦場を共にした戦友にでも接するように親し気に接してきて、こちらにもそんな距離感を求めるような気配があるのだ。
亡き第一王妃との間にできた第一王女フィロシュネーを溺愛しているというのに、「あげる」と言って婚約させるし、婚約を破棄してからは一国の王と思えないほどへりくだって、「怒った? ごめんね英雄、怒らないで。ハルシオン殿下がさ、婚約破棄しろって言ってきてさ、なんか逆らえなくてさ」なんて機嫌を取ろうとするのだ。
まったく、わけがわからなかった。
『英雄! 返事をしてくれ! 返事を!』
「失礼しました、青王陛下」
青いオウムに声を返すと、オウムは羽をばたばたさせた。まるで人間だ。
『謝らなくていいんだ、英雄。それで、姫はどうだ。可愛いだろう』
「可愛らしいですが、不憫です。お城に帰して差し上げたいのですが?」
『うん、うん。あの娘は箱入りだからな。我がお城はちょっと掃除の必要があるから、それまで新婚旅行だと思って楽しんでくれ!』
「新婚旅行……」
『一緒のベッドに入るところは見せたか?』
「仰せのままに」
『よしよし、しめしめ』
既成事実をつくられている。噂を広めるのだろう。ひどい父親だ。不憫な姫だ。
「王妃様は、俺の村に干渉しました」
帰る場所だったのだ。
金を稼ぐ理由だったのだ。
安心できる居場所だと思っていたのだ。
そこで裏切られたのだ。
恨み節めいて呟けば、青王クラストスは大袈裟なほど申し訳なさそうな声を返した。
『それはすまない、英雄。めっ、ってするから。英雄の恨みは晴らすから』
「第二王妃の配下はともかく、空国勢に……王兄ハルシオンには、死を覚悟しましたよ」
『死なないで英雄! ちなみにハルシオン殿下ってどんな感じだった?』
この話し相手は本当に一国の王様なのだろうか。
俺は身分階級の最底辺出自の傭兵だぞ。なんだこの距離感は。
あのお姫様のほうがよっぽど、王侯貴族らしさのある態度だ。
「ゴブレットを掲げて、偉大なる呪術王の秘術の一つとやらを行使しました。王族が得意とする治癒魔法でしたが、対象となる人数が多くて見事でしたね」
『へえ』
「カントループ商会とやらを名乗って姫を保護しました。俺は捕まって処刑でもされるかと思いましたが?」
身分が高いお姫様は、愛らしい見た目もかよわい気配も、真っ白な子ウサギみたいだ。けれど、身分が下の者を人間だと思っていなくて、偉そうで。俺が嫌いなタイプの上流階級らしさ溢れるお姫様なのだ。
『そうよね、お兄様』
……けれど、所詮は十四の小娘だ。
キャンキャンわめいても、たいしたことはできない。
父が助けてくれると信じている、可哀想なだけの小娘だ。
無礼だのなんだの言っておいて、簡単に俺に懐いて警戒を解いて。俺を兄と呼んで空国勢から助けて。
「……」
沈黙が長く続いていることに気付いて、声をかける。
「青王陛下?」
それで、俺はこの後も護衛するのか。ここで終わりでも構わないが。
若干、あの哀れな姫の今後が気になってしまうが。
『ふふ……英雄、新婚旅行はそのまま続けておくれ。英雄は罪には問われないから。なんなら、子供をつくっちゃってもいいぞ』
「ふ、不憫な姫」
『好みではないか? 可愛いだろう? 大切に育てたんだ』
「……姫には、ハルシオン殿下を篭絡せよというお言葉も伝えていますが?」
『篭絡できると思うんだ! うちの可愛い姫が「アルブレヒトひどぉい。やっつけて。シュネー、ハルシオン様が王様になるところ見てみたぁい」って言ったらやってくれると思う!』
この王様は、何なのだろう。
「護衛は続行します」
『うん、うん。よきにはからえ』
とりあえず、護衛は続けるのだ。
「父君からのお
『いい子って伝えるといい。それは最大級の褒め言葉だから』
「……さ、さようですか」
少なくとも、あのお姫様があんな風なのは、父親の影響が大きいのだろう。それだけは、間違いない。
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