ブッコローしか知らない世にも奇妙な異世界

アカネ ミヤム

第1話 異世界への入り口は、

これは俺が異世界へ迷いこんだときの実話であり本当のことだ。

信じてもらえないかもしれないが本当だ。

ここでしか聞いてもらえないと思うので記録を残しておく。


俺には異世界への強い憧れがあった。

異世界に行く方法を考え続けて、早5年くらいは経ったと思う。

もはや、ただの異世界マニアだった。

様々な方法を試してみたが、まったく成果がない日々を送っていた。

死ぬのは嫌だし、痛いのも我慢ならない。五体満足で異世界へ行くのが目標だった。


ある日のことだ。

SNSで異世界へ行けるスポットが話題になっていた。

そこは偶然にも徒歩圏内の近所にあるらしい。

新横浜のとある小学校の校庭の横に樹齢百年近い樹木がある。

そこが異世界への入り口らしい。

考える間もなく、俺はすぐさま直行した。


「ここか」

イチョウの木に思えた。

体験談によると、この木の下にしばらくいると気分が悪くなってくるらしい。


期待半分、不安半分。胸の高まりを感じつつ、木の下に立った。

「………うーん」

目も瞑ってみる。

心なしか気分が悪くなってきたような気がした。

「あ、この気持ち悪さ、いい感じかも……」

次第に、軽口を叩けないほどにグラグラしてきて立っていられなくなった。

脳内に万華鏡のような、キラキラとグラグラが反転した世界が駆け巡る。

「……やばいな…これ……」

体育座りになり、しばらくその場で伏せてしまっていた。




「ダイジョウブデスカ、ダイジョウブですか」


声をかけてくる人がいた。

三半規管がぐるぐると回りつつも、頭の中で、これ異世界住人第一号では? と思っていた。

少々回復したので顔をばっと上げると、目の前にどでかい鳥がいた。


「はっ? とり?」

「きぶん悪いですか? ダイジョウブですか」

言葉がわからない異世界もあるらしいが聞き取れた。

鳥は派手なオレンジ色で、耳にいろんな色の羽を付けていた。

体の大きさは太った猫くらいはありそうだった。


「あの、ここはどこですか」

鳥は怪訝な表情をして「おや」と、顔を覗き込んできた。

「あーあ、もしかして、あなたもまた迷いこみました?」

「あ……あー……はい、多分。ここは異世界ですか?」

「異世界ねェ」

「はい、俺、異世界にあこがれていて」

「またか。困りましたねェ。たまに来るのです。ここの歪みから。簡単に来れるけど、帰るのはとても大変ですよ」

「帰れなくなるのは困るけど……」

だが、せっかく来た異世界(仮)。

この世界の仕組みを知りたいし、あわよくば能力戦で悪いやつと戦いたい。


「この世界のことを知りたいんです」

「とくにおもしろいことは何もないですよ。ただの並行世界のようなものです」

「なるほど。いま流行りのマルチバース。それはそれで良いので教えてください!」


まず、鳥が日本語を話している。それ自体が驚くべきことだ。

帰ったときに、この世界のことを皆に話せばバズるし、一躍有名人になれるはず。

そのための証拠がまだまだ必要だ。

俺は、鳥のことなどお構いなしに、周辺の写真をランダムに撮った。


すると、鳥はまた怪訝な表情をした。

「あ〜いるいる、君みたいな量産型の若い人。残念だけど、帰れたらだけど、データはすべて消えるし、証拠は残せないですよ」

「そうなのか?」

「はあ……しょうがない。ちょっとだけですが、この世界を歩いてみませんか? ただし、私から絶対に離れないでください。絶対にですよ?」

鳥はため息をつき、少し面倒くさそうに手招きした。


手招きされた方向へ歩いてみると、家の近所だから知っているはずなのに、〝なにか〟違うという違和感に苛まれた。


まず線路を走っている電車の色が違う。

知っているグリーンラインの電車ではなく、ピンクラインの電車になっている。

コンビニは見たことがないマークになっていて、色も違う。

道を歩いている人の服の色も奇抜でセンスが独特だった。

そしてなによりも文字が認識できない。

漢字、ひらがな、カタカナを使っているはずなのにまったく読めないのだ。


「なんだ……この世界」


どんどん恐ろしくなってきた。

スマホをみるとアンテナがたっていて、驚くことに使えそうだった。

試しに、母へメッセージを送ってみることにした。


<今日の夕飯なに?>

<オコクち、分字擤こすとれ乎ら!>


予測はできたが、読めない言葉が返ってきた。


<読めないんだけど。俺のことわかる?>

<セ廻マ壊ろとうれにり直すと鑓うにし胡。みっ魑け読もにう遠!!>


なにかゾッとくるものがあった。まったく読めない。


「なあ……鳥」

「ああ、私、鳥じゃなくて、ブッコローっていいます」

「ブッコローか。親に連絡したら、意味がわからない返答きてるんだけど」

「えーっと、なになに……〝あんた文字化けしてない?〟〝変換おかしいわよ、直してもらったら〟と書いてあります」

「読めるのか?」

「はい。ちなみにですが、私はハイブリッドなミミズクなので分かりますが、他の人は、あなたの言葉も文字もわからない」

「そう…なのか…」

「はい、あなたのお母様も知っている人ではないかも。くれぐれもこれ以上、接触を持たないように」

それはないと思いたい。

もし、この異世界から出られなかったら頼れるのは親しかいない。

そんな、まさか、と心が騒ついた。


自宅はすぐ近くにある。

俺は考える間もなく、家の方向へと走り出した。

急いで家に着くと、家の形が若干違うし、色味が違う。


祈るような気持ちで呼び鈴を鳴らした。

ドアから出てきたのは〝母だとおぼしき人〟だった。

母は細身だが、太った母らしき人が出てきたのだ。


「あんた……だれだ……」


『い、オコクだヲ?やすきすと幣伊候やす、きすセ界は從愍きすク!』


聞き取れない言語。

だが、俺をみて慌てている様子はわかった。

母らしき人はスマホを取り出してどこかへ連絡しはじめている。



「あ〜〜、あの〜、ちょっと足早すぎですって、やっと追いついた」

ブッコローがふらふらになりながら飛んできた。


「あれ、もしかして、もう話しかけてしまいました?」

「母さんが別人になっている」

「やってしまいましたか。とりあえず逃げましょう」

「なんで」

「はやく逃げて!」

ブッコローは高速で飛び、それに追いつくようにまた走った。



「あなたはいま、警察に通報されたんです。逃げないと捕まりますよ」

「ええ、なんで?」

「異世界から来る人間はたまにいるんですが、色々と理が変わるのです。こちらの世界にとって、国家レベルではよくないことらしい。よって捕まえられて、永遠に拘留されます」

「なんだよ、それ……」

永遠に拘留、それは地獄ではないか。


「おかしいと思いませんか? あなたの世界で、あの場所が歪みだと拡散されているのに帰ってきた人はほとんどいない」

「え…」

「ほとんどの人は、拘留されて、研究対象になっていて、この世界から出られていません」

「じゃあ、俺は…」

「かなり危険な状態と言えます」

「ええ……」

「そこで私の登場です。ハイブリッドな生物〝ブッコロー〟は並行世界からくるイレギュラーな住人を助ける存在として有志に作られました。できればあなたのことも帰したい」


話しを聞いていると、遠くから〝ブォオン、ブォオン〟という、緊急地震速報のときに鳴る音とよく似た、けたたましい音が聞こえてきた。


「ああ、警察ですよ、私たちを追っていきてますね」

「これ、警察のサイレンの音か…! 警戒音でわかる」

「とりあえず、また、走りましょう」


道を走っていると、白い制服のような服を着た人間が向かってきて、俺の手をがしりと掴んだ。

『絵う、かなクコユラすわ、頚札ぬ来とやりえきりに!』


「ちょ、なに、これ……やめろ、はなせ!」

「あ、その人、警察です」

言っている言葉は皆目わからないが、すごい剣幕で怒鳴られて、腕を引き寄せられる。

もうどうしようもないので、警察らしい男の急所を思いっきり膝蹴りすると、警察は股間を押さえて声をあげてうずくまった。

急所は同じらしい。本当に申し訳ない。


警察を振り切り、また全速力で走った。


そして、ブッコローに手招きされた建物の中に入った。

「ここは私たちのセーフハウスなので、しばらくは安全だと思います」

セーフハウスという場所は、吹き抜けの建物で本がたくさん並んだ本屋のような構造をしている。

「ここは、本屋か?」

「あなたたちの世界にはまだ本屋がありますよね。ここはかつて本屋だった場所、有隣堂と言います」

「有隣堂、本屋…抗争…」

「はい。とある抗争が起こり、紙の文献はほぼすべて焼かれました。私たちはその弾圧と戦っている」

「ああ、だから俺たちが来たら困るのか」

「本を読むのが一般的なあなたたちが来ると理が壊れる。それを国家は恐れているらしい。だけど、私たちは本を読むことを諦めたくないのです」

ブッコローは本棚から本を取り出した。

「本は知識を与えてくれる。私の名前はR.B.ブッコロー。名前のR.B.はリアル・ブック、真の本、真の知を意味しています」

「本がない世界とか…」

そんな世界、辛すぎるだろう。

大好きな異世界小説が読めなくなる異世界、そんな世界になんの意味もない。


「ここであなたには選択肢があります」

「選択肢?」

「ここに残るか、自分の世界へ帰るかです。残るなら出来る限りのサポートはします」

「いや、俺は帰りたい。本がない世界はさすがにつらいから」

「なにごとにもがあるって知ってますか? あなたの世界では〝気がついたら異世界で最強〟とか流行っているらしいですが、そんなことはあり得ないのです。この世界でも等価交換の法則はある」

の意味が、このときの自分にはわからなかった。


「代償? それでも良い。俺は帰りたい」

「では、で良いですか」|

「ああ、受け入れる」

ブッコローは俺をじっと見ると、どこかへと行ってしまった。


しばらくすると、ブッコローが女性を引き連れて戻ってきた。

「この女性はオカザキさん。有隣堂の同士です」

オカザキと名乗る女性はペコリと挨拶をした。

黒い髪をひとつに束ねて、エプロンを付けて眼鏡をかけている中年女性。眼鏡だけはフチなしでレンズにも色が入っており、少し高価なものにみえた。


オカザキさんは俺に長方形の箱を無言で渡してきた。

「これは?」

長方形の箱をパカリと開けた。

キラキラと輝くガラスの杖が姿をみせた。

「綺麗でしょう? これ、職人さんに作ってもらったものなんです」

「これは……綺麗ですね」

その神々しい美しさに一瞬で心を奪われた。

澄んだ透明感と神秘的な美しさがある。​​

なめらかな螺旋が細かく細工されており美しい。そこには流れる水面を思わせる優雅な佇まいがあった。


「それは。あなたの世界に戻るための唯一のアイテムです」

「これがガラスペンか」

魔法の杖のような神々しさだ。

ガラスペンを手に取った。ひんやりとした触感。重厚感があり、手によく馴染む。

この世のものとは思えない芸術品のようだった。


「これを持ち、目を瞑って、元の世界の愛しいものを思い浮かべてください。そうしたら帰れます」

「持って、目を閉じる……」


目を閉じて、飼い犬のだいごろうを思い浮かべた。


その瞬間、体ががくりと崩れ落ちるような目眩と浮遊感があり、遠くの方でブッコローとオカザキさんの声がして、目の前がふっと暗転した。

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