chapter.6 / 偽物と本物の狭間で

「リエリーナ嬢、ペンライを貸していただいても?」


「あ、はいっ。どうぞ」


 差し出されたペンライはフィオナの魔力によって青く光を灯し、その光は青石の上に注がれる。が、光は先ほどのルビーのように蛍光せず、静かで透明感のある輝きを持っている。


「模造品?」


「いえ。こちらは魔石ですね。わたしも最初はサファイアかと思ったのですが、宝石のことは詳しくなくて。ペンライがあれば、先ほどのリエリーナ様の話を踏まえるとルビーのように蛍光すると思ったのです」


「あらフィオナ。魔石であれば、魔力を流してしまえば本物かどうか確かめられるのではなくて?」


 扇で自分を仰ぎながら何をいまさら、と肩をすくめたデルフィーネに、フィオナはふむ、と顎を指先で撫でてルーペと指輪をエヴァンゼリンに差し出した。


「あ」


 エヴァンゼリンははその指輪をすぐさま隣のデルフィーネ渡すと、デルフィーネは眉間に今までで一番深い皺を刻んで押し黙る。それから、アンテリーゼにそっと手渡した。


「見てごらんなさい。王家の守りの紋章が刻んであるわ」


 アンテリーゼが急いで慣れないルーペ越しに指輪の裏側を何とか確認すると、内側に細やかに彫り込まれた魔術の紋章と魔術陣のようなものが見て取れる。どういった加護や守護なのかは不明だが、丁寧な細工からかなりの魔術師が製作したものだというのがわかった。


「これは…」


「こちらの指輪は正真正銘本物です。そして宝物庫から紛失したとされる一覧と照らし合わせると、夏の青玉の指輪なのではないかと推測できます。この魔石は小さめの粒ですが、微量な魔力を感じることができます。ここには専門の機器がないので確認が難しいのですが、軽く魔力をぶつけようとすると跳ね返る、魔石特有の反動圧の減少が見られます。歴史には詳しくないのですが、この青玉の指輪の持ち主は七代前の国王の王女の物で、隣国に嫁ぐ際父王から当時では最も希少であったデュールリングという魔獣の体内から見つかった結晶を使って作らせた魔術具と聞いています。魔獣から採集した魔石は特に再現性が難しい為最も貴重で、伝承に残るデュリールリングの青の瞳の魔石は元々あまり大きな原石ではなかったと記録を読んだことがあります。父王は隣国に嫁ぐ娘への餞別に指輪、そして女神の涙と呼ばれる魔石を使って青の魔石もあしらった首飾りを作りました。それが、こちらです」


 丁寧にテーブルの上を滑らせながら全員に提示したのが、大粒の虹色の雫の石に青い輝きの魔石が左右に一粒ずつあしらわれた豪華な首飾りだった。マルセルから数週間前に贈られたひときわ際目立つ首飾りで、婚約式で是非身に着けてほしいと言われたものだった。


「殿下たちがお探しだった首飾りは、まさしくこちらだと思いますよ」


 ひと言に、デルフィーネとエヴァンゼリンはハッとしてフィオナを注視した。


「それから、こちらの翡翠の指輪ですが、台座は王家所有の宝物庫にあったものかと推測致します。おそらく元々はエメラルドの指輪だと思うのですが、この指輪に関しては刻印が薄くなって消えているので石だけ取り外して他に付け替えて使っている、もしくは石だけどこかに保管している可能性があります」


「耳飾りはいかがですか?」


 エヴァンゼリンが身を乗り出してフィオナに問えば、リエリーナは耳飾りをゆっくりと差し出して首を横に振る。


「こちらはフィオナ様が最初私に魔石ではないと渡されたので、魔石ではなく、アンデシンラブラドライトという名称の鉱物となります。とても希少価値の高い流通量もごく少ない珍しい天然石で、透明感のある石質に虹のような煌めきが角度を変えてご覧いただける、大変美しい希少石で作られた耳飾りです。リストの中にある月の涙の耳飾りがもし、こちらと同じ形であるのなら似せて作られた模造品の可能性があります」


 鉱物としての価値は非常に高いが、魔石としての力は持っていないことを付け加えておく。


 アンテリーゼはデルフィーネの隣で青白い顔で意気消沈しているエヴァンゼリンが気になって仕方がなかった。どうしてこんな風に彼女が気を落とす必要があるのだろうか。


 考えあぐねていると、フィオナが指輪をつまみ上げて言った。


「王家の守りの指輪は魔力を通すと、王家に連なる持ち主を守護するために働き、それ以外を弾きます。私がこの青の指輪に魔力を通していたら、今頃私はここで四散していただろうと思います」


 にこりと何のことでもないように微笑むフィオナは、すぐに真顔に戻り、小さく小刻みに震えているエヴァンゼリンと、その横できつく唇をかみしめて怒りに打ち震えているデルフィーネを見ると、肩の力を抜いてこう述べた。


「取り外された台座と元々組み合わされていた魔石の状態から察するに、確実に手順を踏んで魔石を取り外しています。王家の宝物は特に守りの術がかけられている魔術具としての魔石が多いので、素人が手を出して石だけを取り外そうとすると先ほどご説明した通り体が霧散します。修理や修復をする際は必ず魔術師が同席し、はめ込まれている魔石を取り外すのが必要不可欠ですから。とはいえ、一瞬で取り外せるほどの能力者はいないはずなので、一度外部に持ち出して時間をかけてゆっくり慎重に魔術師が取り外した、と考えるのが一般的ですね」


「フィオナは誰の犯行だと思って?」


「難なく王室の宝物保管庫に長時間何度も入れて、怪しまれない人物であることが必須条件なので、宝物庫の管理人の仕事を請け負っている人間以外は厳しいかと」


「リエリーナは?」


「私もフィオナ様に同意見です。しかも宝物庫は入り口に守りの魔術が施されているので、身元が担保されていないと中に入ることもできませんから、それなりに身分が高く信頼のある人物でないと難しいと思うんです。それに、宝物庫は魔石のついた宝飾品だけが管理されているわけではなく、大型の銅像や壺などの美術品、絵画なども保管されています。固有の呪術がかけられているのでなければ、大きなものに混ぜて外に持って出てしまえば指輪などの小さな装飾品はわからないのではないかと思います」


「確かに宝物庫は、保管のための場所だからいつも誰かが中を巡回管理していてチェックしているわけではないものね。キューアールコードで美術品の概要をスマホで読み取って調べたり検索するシステムもないものね。数千、数万の宝飾品の中身を一つ一つその都度開けてチェックしてということを毎日するわけではないもの。必要なものを目録書から見つけて、宝物庫に入り、それを見つけて外に持ちだすということが前提だから、見つからないとわかって初めてないとわかるシステムなんだわ」


 アンテリーゼは自分が持ち込んだ宝飾品が、王家の宝物庫から紛失した盗品であるという事実を少しずつ認識しながらも、ことが大きすぎて未だ理解が追い付いていなかった。


 大粒で美しい虹色の輝きを持つ首飾りも、青玉の指輪も。


 一部は本物だという精巧な模造品の真珠の首飾りや翡翠の指輪、耳飾り。


 マルセルがアンテリーゼの前に差し出したその何もかもが偽物だったということだろうか。自分を抱きしめ、結婚を約束したあの思いでさえもすべて、何もかも。


 マルセルの言葉のすべてが嘘だったとは思いたくなくて、アンテリーゼは泣きそうな表情でフィオナを見つめたが、氷の女神は静かに目を伏せただけだった。


「真珠の首飾りの留め具に使われていたルビーなのですが、ここの一覧の下から三番目にルビーがあしらわれた指輪の紛失が記録されています。実物を拝見したことがないので何とも言えませんが、本物の隠れ蓑として偽物の中にあえて仕込んで、頃合いを見てルビーを取り出して本物の指輪の中に戻そうとしたのかもしれません。魔石ではありませんが、鳩の血色と呼ばれるかなり高品質の素晴らしいルビーですから、売ってもそれなりですし指輪として売れば価値は数千倍に跳ね上がると思います」


「………」


 何か言わなければと思うのだが、アンテリーゼの意思とは裏腹に言葉は浮かび上がらない。開いては、また閉じるを繰り返すことしかできないのだ。


「ちなみになのですが、メルツァー伯爵家の領地の収支報告書を拝見すると、宝石売り出身の商家の出身としては、とてもではありませんがこちらの耳飾りを購入するゆとりはないかと思います。特別に作らせたのでしたらなおのこと。親指よりは小さめですが、この大きさのアンデシンラブラドライトで透明感のある石質で虹の光沢がはっきり見られる品質の宝石は、少なく見積もっても邸宅一軒をまるで新しく新調するようなものです。原石でさえ貴重すぎてほとんど手に入らないか小粒での採掘がない上に、流通量は通常のサファイア以下です。太陽の石であるスファレライトを金貨の大きさにくりぬいて探せ、の方がまだ現実味があります。ですが、現実にこちらの耳飾りはアンデシンラブラドライトで製作された、おそらくこの世に一対きりの耳飾りかと思いますので、現状として支払いは完了しているもしくは莫大な金銭の借り入れが予測されます」


「つまり、ざっくり言えば大金が払えるわけがない一般貴族のくせに、使ってる額が釣り合っていないということですわね」


「そういうことかと」


 沈黙が冷気のように重くのしかかってくるのを感じながら、アンテリーゼは自分の立ち位置について客観的に考えてみた。


 知らなかったとはいえ、王家の宝物庫から違法に盗み出された宝飾品を持っているアンテリーゼ・フォン・マトヴァイユという人物のことを。


 模造品真珠の首飾りに本物から取り外したルビーをはめ込んだり、魔石を抜いて翡翠をはめ込んだ指輪を所持している婚約式を数日後に控えた女性。婚約者は王家の宝物庫に自由に出入りできる宮廷勤めの役人の一家出身で、婚約者であるアンテリーゼに隠れ蓑のように盗品を持たせた。

 婚約式で身に着けてほしいと渡された首飾りが「本物」であると知らされて、アンテリーゼは自分の首を知らずに撫でていた。もし、当日、何も知らずに。――いや、これまでは何も知らずに婚約式を迎えていたのだが、王家の宝物庫にあるはずのこの首飾りを身に着けて式に出ていたとしたならば。


 アンテリーゼたちの婚約式には次期王太子妃となる予定のエヴァンゼリンや、王家の血を引くデルフィーネ、もちろん王太子も出席する予定だ。彼らがこの首飾りを身に着けているアンテリーゼを見たら、何と思うだろう。それに、フィオナは何と言っていた?


『殿下たちがお探しだった首飾りは、まさしくこちらだと思いますよ』


 そう言っていなかったか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る