私はあなたに会いに行く

@kaorukosaki

私はあなたに会いに行く

「次は品川、品川。お出口は右側です。新幹線、横須賀線、京急線はお乗り換えです。」

平日の電車の中、窓の外を眺めながら、思い返す。あの夢を見たのは、大学に入るか迷っていた頃、厳密には何をしたいかわからなかった頃だった。




「いやー、ほんと起きないなあ」

誰かの声が聞こえる。でも瞼がまだ重い。

「おーいお寝坊さ~ん。」

特徴的な声がする。でもまだねむ・・・

「起きろー!」

「わあああああ」

リアルに飛び跳ねた。人って耳元で大声出されたら、飛べるらしい。いやたまったもんじゃないが。周りを見渡すと、私は本棚に囲まれた机に座っていた。

「やっと起きたよ~。」

声がする方に向くと、でかいパペットが置いてある。

「梟?」

ぼそっと呟くと、

「違うちがーう。ミミズク。ミ・ミ・ズ・ク。」

こいつ喋るぞ。いや最近は喋るぬいぐるみもいるし、驚くな自分。そんな一人会議を頭でしている間も、パペットは話しかけてきた。

「え、僕のこと知らない?今話題のチャンネル、『有隣堂しか知らない』のmcだよ。最近登録者数が222ってゾロ目になりそうな人気チャンネル。あ、登録者222人じゃないよ。数字の後ろにゼロ三つつくから。最近は僕のぬいぐるみも出たし、書籍もでたのに知らない?え、君何が好き?ガラスペン?知育玩具?保存食?まさかプロレス?」

自分には到底できそうにないマシンガントークを浴び、頭がパンクしそうになる。しかもパペットがそう喋っているのだ。開いた口が塞がらないとはこのことだろう。これは夢だ、そう夢。YouTubeを見ながら寝落ちした後、自動再生された動画が干渉してきたんだ。何を薦めてきたんだYouTube。

「で、ほんとは何が好きなの?」

「え。」

 急に振られても困るが、無意識に口が動いていた。

「わからない。」

「ええ、好きなことにわからないってあるのぉ?」

 なんか煽っているように聞こえる。でもそんな言葉に素直に答えてしまう自分がいた。

「ある。ホントに好きだったのかわからなくなる。最近久しぶりにすきなものに触れた。だけど思ってたのと違った。」

「考えすぎじゃない?なんか急に追い詰められた顔しちゃってさ。」

えっと思い、顔をあげたら、口にしょっぱい味が広がる。私、泣いている。

「まあ趣味趣向は変わっていくものだし、そんな顔しないで、すぐ見つかるさー。」

「すぐにみつからないよ。」

自分でも驚くほどの大声だった。彼の大きな目が私を捉える。

「はやく、はやくみつけなきゃいけないのに。みんなそれに向かってスタートしてるのに。してるに私は」

 息が苦しい。心が苦しい。

「みんなあるのに。私にはない・・・」 

 はあはあと息を整える。私は何を言った?

言って何になる?グルグル考えていると

「じゃあ、一緒に探すそうか。」

「え。」

「僕も探してあげるってこと」

「はあ。」

「そんな困った顔しないでよ。こうみえてお悩み相談乗ってるんだから。まあ出会ったのも何かの縁だし。でも、難しいなあ。」

「あのブッなんとかさん?。」

「ブッコローね。ツッタロ―でもいいよ。」

「え、じゃあブッコローさんは何が好きなんですか。」

「馬。馬だね。」

即答だった。

「馬というか競馬かな。具体的に、キングカメハメハが好きでさ、ほんと強かったのよ。あ、過去の栄光にすがっているわけじゃないのよ。今も馬券買っているし。最近は三浦皇成応援してて―」

好きなことを語りたいように語るブッコローは、それはそれは輝いて見えた。私は暖かい目で見守った。

「え、競馬やったことない?」

突然話を振られる。

「な、ないです。」

「えー、ビギナーズラックっていうし、やってみればいい―」

「い、いや私まだ未成年」

その言葉を聞いた瞬間のブッコローの顔を忘れられない。哀れで仕方がないという目を向けられた。

「未成年かー。うーん若いねえ。競馬はダメか。お酒もだめ。あ、合コンもだめ。うー、どうしよ。」

少しいやだいぶ引っかかる言葉がもれたが、きこえなかったことにする。

「うーん、僕じゃなくて知り合いの話をするか。」

「知り合い?」

「そう、知り合いにね『文房具王になり損ねた女』って肩書の人がいてね。」

「文房具王?」

「文房具に詳しいの。うん、マニアっていうのか。有隣堂で文房具バイヤーしていて、便利な文房具を紹介してくれるものあれば、これいつ使うのって謎のものを紹介する時もあるし。この前、蓄光文具紹介してくれって言ったら、蛍光のガラスペンもってきちゃったんだから」

面白い人だ。なんか天然まじってるし。

「そんな彼女が愛してやまないのはガラスペンだね。」

「あのきれいで高価な?」

「そうそう、おすすめのペンも教えてもらったし、合わせてインクも提案されたね。」

「その方は、自分の『好き』を仕事に活かしているんですね。」

「そうだね。他にもいるよ。」

え、まだ面白い人がいるの。

「プロレスが好きすぎて、お店をプロ私物化した店長もいたよ。」

すごい、自由だ。

「みんなすごい肩書もってるんだから。」

「え、ききたいです。」

「えっと、『書店の一角を食品物産展にした女』『ハイトーンボイス清少納言有隣堂アルバイト歴三年』『二十八年間ひたすら印鑑を売ってきた男』『味噌汁を鰹節削りから始める女』『社長に眼鏡だけで100万円使わせた男』とか。」

濃い。濃いよ有隣堂。誰だよ採用者。

「ちょっとまってください、有隣堂ってYouTubeやってるっていてましたけど、何のお店なんですか?」

「えっと、一応本屋。」

「本屋?え、本屋?」

二回も言ってしまった。本屋ってこんな濃い方々がいるのか。それとも有隣堂がすごいのか。

「なんか、久しぶりに憂鬱な気分が吹き飛んだ気がします。」

「それはよかった。そのまま好きなものが見つかるといいんだけど。」

そうだった。私は『好き』を探してるんだ。あれ、なんで私はなんでここにいるんだっけ。なんだか目の前がぼやけて・・・。

「まあ、また会えるよ。」

優しい声が聞こえる

「なんでそんなこと言うの、まだ話したい―」って言いかけて、私の意識は途切れた。




 あの夢から、結構たった。目覚めてから、YouTubeで「有隣堂」を調べると「有隣堂しか知らない世界」がでてきた。ブッコローが話題に出していた方々も動画で知った。私はすぐ有隣堂のファンになった(一番好きな動画?もちろん蓄光文具の世界)。ブッコローも好き。岡﨑さんも好き。みんな好きになった。でも、あれっきり夢にブッコローはでてこない。「また会える」っていってたのに。あの意味は、画面越しで会えるよってことだったのか。それにブッコローが言ってた登録者数には程遠かった。書籍も出していない。不思議で仕方がなかった。

「ふー。」

悩んでも仕方がない。会ったところで何を話そう。私はまだ「好き」をみつけてなかった。




 それからまた結構経ち、私は大学生になった。大学生になったら時間もあって楽しい毎日が待っていると思ったが、教職をとってそれどころじゃなくなった。でも、あの時より心は苦しくない。

有隣堂は、登録者数が十万、二十万と登録者数を伸ばしていた。もうすぐブッコローがいっていた登録者数に近づく。私の心は落ち着かなった。何か起こるのではないか、と。



 勘は当たった。ブッコローを題材にした二次創作コンテストが開催される。そして、ブッコローの目にとまれば、動画に出られるという。

 運命ってあるのかもしれないと思った。いやまだ運命になっていないかもしれない。でも運命にしたい。気が付いたら、身体が動いていた。紙とペンを持ち、題名を決める。そこからはただひたすら書いていた。なぜか書くのは苦ではなかった。内容を面白くするために、埃をかぶっていた本を読んだ。たくさん読んだ。久しぶりに、ゆっくり楽しめた。

「考えすぎじゃない?」

ふと、夢の中でいっていたブッコローの言葉を思い出す。そうかもしれない。前は余裕がなくて手を出せなった。

 有隣堂の動画も見返した。自分の「好き」が見つかるかもしれないって。それは当たっていた。


 


 私は原稿に思いをぶつけた。この気持ちが届くように。



「私は本が好き。見つけたよ。探してくれてありがとう。伝えたいから、お礼をいいたいから、―」


「だから私、あなたに会いに行く。」

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