第14話 朝のひと時
「
翌朝、目を覚ますと同時に真奈実からにやにやと聞かれる。
こんな定番の文句を娘から言われるとは思ってもみなかったけど、思わず昨晩の出来事がフラッシュバックする。
初めてキスをした事は、脳裏に鮮明に焼き付いているみたいだ。
あんな出来事忘れてたまるか。
途中から完全に盛り上がっていたけど、深夜のテンションが引き起こした一種の事故だ。
ただし後悔はない。むしろ良くやったと褒めてやろう。
だけど、それを娘に知られるのは別問題。
しかも同じ年の。
昨日寝返りを打ったようだけど、やっぱり起きていたのだろうか。
「……何の事でしょうか。別に昨夜は特に何もしてませんが」
「ふ~ん。しらばっくれるんだね。……まあいいや。でも抱き合って寝るなんて幸せですな~お父さん」
「え?」
視線を下げると、そこにはあどけない寝顔ですうすうと眠る明音の姿が。
抱き合って眠ったのは覚えているが、まだ体勢は変わっていなかった。
思わずキスをしたくなる衝動に駆られる。
もしかして昨日の深夜テンションが残ってる?
このままだとマズイと感じたので、腕をほどいて体を起こす。
真奈実は呆れたような、でも羨ましそうな視線を逸らして一言。
「朝ご飯にしようと思うんだけど、お米かパンどっちが良い?」
どちらが良い、聞かれても俺の記憶が確かなら今この家にパンは無いはずなんだが。
「じゃあ米で」
「そう言うと思ってすでに準備しておきました!」
「じゃーん」といってテーブルに手を向ける真奈実に釣られてテーブルを見ると、お茶碗と鍋に入った味噌汁、少量のポテサラが配置されていた。
すぐにでも朝食に出来そうだ。
「ここでパンと答えていたらどうなっていたんだ?」
真奈実はフッと笑い一言。
「さあ朝ご飯にしよう!」
「最初から選択肢無いじゃん!」
「いいでしょ~別に。杉本家は昔から朝と言ったらお米一択だったんだから」
「む、それはまあ確かにそうか。今も朝にパンは滅多に食べないしな。それにしても、朝ご飯作ってくれたのか」
「うん。キッチン勝手に借りちゃった」
申し訳なさそうに真奈実は言うけれど、朝ご飯を作ってくれたのはありがたい。
今朝は昨日の夜ご飯の余りを食べようかと思っていたが、それだけだと3人で食べるには足りなさそうだった。
「それは全然構わないけど……。ありがとな」
「いいえ~。それで? 起きてご飯にする? お母さんとまた眠る? それとも軽く10kmぐらい走ってくる?」
食べるか寝るか、その選択肢はまあ良いとして。
1つ、突っ込みたいことが。
「最後の選択肢だけおかしくないか」
どうして朝から10kmも走らないといけないんだ。
マラソン選手じゃないんだから。
走ったら1時間ぐらいかかるよなきっと。
「大丈夫だよお父さん。走るのは大変だけど自転車なら楽だし直ぐだよ。朝はまだ涼しいし、ちょうど良いんじゃないかな」
「凄い推してくるな。真奈実は俺にサイクリングしてきて欲しいの?」
「いや別に?」とコテンと否定される。
「運動すればモヤモヤも解消されるかなーって。昨夜はお楽しみ出来ませんでしたよね?」
「やっぱお前起きてただろ」
「さあどうだろうね~」
クルンと反対を向いてキッチンへと向かう真奈実を見送って、俺は未だ安らかに眠る明音を起こすかどうか迷う。
折角真奈実が作ってくれたわけだし、冷めないうちに頂きたいと思う。
ただ、気持ちよさそうに眠る明音を起こすのも忍びない。
悩んだが、今日は起こすことにした。
「明音―、朝だぞ」
「んんー、もう少し寝るー」
「朝ご飯出来てるぞー」
「起きるー」
起きるとは言ったが、中々目が覚めない。
肩を揺らして本格的に起こしにかかる。
「んー? 柚希?」
「おはよう、明音」
ようやく起きてきた明音に挨拶をする。
「おはよう」
「えっ」
朝の挨拶をすると共に、これも挨拶だと言わんばかりに明音からキスをされる。
柔らかく、ぷにっとした感触。
朝一だというのにこの潤いだ。
「どうしたの柚希? 驚いた顔して」
朝が弱い彼女はまだ完全に覚醒していないのか、トロンとした目でこちらの様子を窺う明音。
自分が何をしたのか理解していない、いや、覚えていないのか?
「や、えっと……。今明音にキスされたんだけど……」
「え? キス? ……私、が……?」
言われて思い出したのか、みるみるうちに顔が真っ赤に染まっていく。
「えっと、これは違うの。まだ夢かと思っていただけで、昨日の続きが出来たら良いなって思っていただけよ。だからそこまで深い意味は無くて……」
「あ、明音落ち着いて。なんか墓穴掘ってるみたいになってるから」
やはりまだ頭は回っていないらしく、普段の落ち着いた姿とはかけ離れている。
ただ、こういう一面も可愛くて俺は好きだ。
「はい、寝起きコントはそこまでにして、朝ご飯にしますよー」
麦茶とコップを持ってきた真奈実が間に入る。
今のやりとりはがっつり見られていたみたい。
まあ部屋とキッチンの間にドアは無いし、声も筒抜けだから仕方無いんだけど。
「……真奈実。おはよう」
「うん、お母さんおはよー」
気まずそうな明音に対して、それはもうにっこり笑顔な真奈実。
怒っているのか呆れているのか、それとも嬉しいのかは不明だ。
最初は俺達への反応に戸惑いのようなものも感じたが、今はもう吹っ切れたように見える。
俺が起きたときから揶揄ってきたしな。
まあひとまずそれは置いておいて、今は朝ご飯を頂くとしよう。
「「「いただきます」」」
白米に味噌汁、それから昨日の余り物のポテサラ。
ポテサラ含め、全て真奈実が作ったものだ。
「ん、この味噌汁美味しいな」
「本当ね。お出汁がしっかりと効いていて味が深いわ」
赤味噌を使い、玉葱とワカメが具材としてラインナップされている。
昨日豆腐も買っておけば良かったなと内心で反省する。
そして親2人から褒められた娘は、得意げに胸を張っている。
結構嬉しそうだ。
「まーこれでも一人暮らしをしているわけですから、わたしだってそれなりに料理は出来ますよ。この味噌汁だって週に4、5回は作ってるからね~」
「でもこれ味噌だけじゃ出来ない味だよな。今家に顆粒出汁は無いから自分で出汁取ったのか?」
だとしたら結構な手間が掛かるはずだけど。
普段からこれを自分のために作るのは凄いなと素直に感心する。
「出汁はね、鰹節を入れたんだよ。レンジで加熱して粉末にしたものを入れれば簡単に出来るよ。まあ他にも色々調味料使わせてもらって作ったんだけど」
だとしても俺だったら誰かのために作るとき位しか凝ったものは作らない。
特に朝からなんて。
……誰かのため?
えーと、つまりそういうことか?
気になったので聞いてみた。
「もしかして真奈実ってさ、この味噌汁毎回累っていう彼氏に作ってる? というか同棲でもしてる?」
「ふぇ? い、いや~まあそうとも言うしそうじゃないとも言えるかなー?」
分かりやすく動揺する真奈実。
悪いことしたのを咎められるかのような表情をしている。
「なるほど、同棲はしていないけど通ってはいると」
「わたし何も言ってないよ!? 何で分かったの」
「何となくそう思っただけ」
というか反応がわかりやすすぎた。
散々俺達にイチャついているだのコントだのと言っていたが、その本人も同じような感じだった。
それに彼氏についての話題になった途端慌てていたその様に、既視感を覚えた。
一昨日の明音みたいだな、とふと感じた。
やはり2人は親子なんだとしみじみ思いながら味噌汁を啜る。
「それにしても凄いな。思ったほど手間ではないのにここまで美味しいなら毎日飲みたいぐらいだよ。いやいっそのこと俺も作れるようになればいいのでは?」
「そうね。累君が羨ましいかも」
「だったら作ろうか? 居候させてもらってるわけだし、それぐらいなら全然良いよ」
「いいのか? 俺としてはありがたいけど」
嬉しい申し出だ。
お願いすると、真奈実はさも当然といった風で了承してくれる。
「私も泊まりに来ようかしら」
明音までこう言っている。
つまりは明音と過ごせる頻度も高まるということだ。
これからの父と娘、そして母の3人で送る生活が楽しくなってきた。
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