フクロウまたはミミズクの事情

@teraume

冬と夜

 考えてもわからないことは、投げ出したくなる。鳥は今、投げ出したくなっている。それでも最近、立て続けに周りで騒がれたものだから、考えずにはいられない。



「仕事は過去に比べて複雑になっているのに、専業主婦がいないって、まともな生活を送るの無理じゃない?」

 鳥は考える。近年、一人暮らしをする鳥は増えた。そもそも、つがいを求めていない鳥も多くいる。自分だけで生活している鳥だ。昔はつがいを迎えることが当たり前だった。巣に帰ればメスがいて、雑事は全て任せていた。しかし今はそうではない。巣にメスのいない鳥は全体の半分より多く、また、社会が複雑になったことにより、仕事も以前より難しくなっている。いくら家電が発達し、家事が楽になったからと言って、任せていた鳥がまるまる一羽いなくなったのでは負担のほうが大きい。

 鳥はまた考える。それでも雑事をこなす鳥が普通なのだろうか。自分が特別に出技の悪い鳥だから、こんなにも苦しんでいるのだろうか。比べる相手のいない鳥は、問の答えを出せずにいる。

 

 

 

「プライドじゃなかったのか」

 鳥は呟いた。鳥が守りたかったものは、プライドだった。少なくともそれを守りたいと思っての行動だった。しかし半端な正義感と正直さがそれを邪魔して、結果プライドは余計にないがしろにされた。

 仲間の鳥たちと集まって、久しぶりの近況報告になったとき、鳥は自分の話をした。半分くらいは自慢に近かった。鳥は自分がメスの鳥にモテるということをアピールした。モテた体験を話した。

「あのメスは俺に惚れている」

 鳥は話した。

「そのメスの心の中はわからないだろう」

 仲間の鳥には、モテるアピールは通用しなかったらしい。

 もう少し、誇張して話せば違ったかもしれない。あるいは、もっと鳥に話術があれば。しかし嘘はつきたくなかった。嘘をついて、話を盛ってマウントをとるか、誠実に事実のみ話して軽んじられるのか、ニつに一つだった。鳥は誠実さを優先した。というよりかは、選択肢は見えておらず、ただ嘘はつきたくなかっただけである。ただそれもまた、「自分は嘘をつくような汚い鳥とは違う」という、鳥の自尊心を守るための正直さであった。結果、鳥の自尊心は傷ついたままである。守りたかったのは、自分のプライドではなかったのか。鳥の行動の意味は、何だったのか。聞く相手のいない鳥は、疑問を消化しきれずにいる。 

 

 

 

「おじさんになってから、やっておば良かったと思わないように」

 そんな言葉でパーマやカラーを勧められた。髪がなくなった後になって髪型で遊びたいと思ってもできないから、やりたい髪型は今のうちに試しておいたほうがいいとのことだった。これは美容師からのアドバイスだが、同じような理屈で、先輩から恋人づくりを勧められた。老いてから恋人を作りたいと思っても手遅れだから、若い今のうちに試しておいたほうがいいと。それは恋愛に興味がなくてもやるべきだと

 。目的なく恋人を作ってもデメリットは無いし、後から悔やむことへのリスクヘッジができる点がメリットだと話していた。

 今まではそんな話もスルーしていたが、その話を聞いた鳥の中に浮かんだ言葉は、自分でも意外なものだった。

「そうかもしれない」

 鳥は、今まで切り捨てていたものと、向き合うかもしれない。

 

 切り捨てることは得意だ。でも、折り合いをつけることは苦手。友達とうまくいかないから、縁を切る。会社に馴染めないから、業務が向いてないから出世は別にしなくていいや。周りの人に気を使って、自分だけ余計に疲れてる気がするから、いい人として振る舞うことを諦める。自分の中の、損な誠実さを切り捨てる。仕事が遅いと怒られるなら諦める。会社を辞める。最終的には生きることを切り捨てることもできるように思える。それに比べて、折り合いをつけて「うまくやる」ことは手間だ。いくらか努力もしなければならない。では、その手間を受け入れて努力もする覚悟を決めたのかと自問すれば、別にそうでもないと答えが返ってくる。ただ、「別にそうでもない」心持ちのまま何かをすることに対して、昔感じていたほどの大きな抵抗はなくなったのだと気づいた。


同期の鳥はつがいと同棲を始めるらしい。あいつはこの前プロポーズに成功した。彼女は離婚したらしい。彼は相変わらずつがいがほしいと嘆いている。

 

 

 もし自分につがいがいないことを公開する日が来たら、その後はどうしようか。 ……その後? その日が来るとわかっても、何も変わらないかももしれない。何も行動できないかもしれない。

 

 4月は鳥にとって、まだ肌寒い日々だった。それでも少しずつ、日は長くなっている。

 できればゆっくりと、暖かくなるといい。

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