シン・ブッコロー

海星めりい

シン・ブッコロー


「今回はこちら! ○○○な文房具の世界!」


 ブッコローの甲高い声の後にパチパチと拍手が鳴り響く。


「文房具王になり損ねた女 有隣堂文房具バイヤー 岡崎弘子さんでーす」


 有隣堂内に存在する収録スペースにて、本日も『有隣堂しか知らない世界』の収録が行われ――るはずだった。


 バツン!! と大きな音が轟いた。


「うわっ!?」

「きゃあっ!?」

「ええっ!?」


 おまけに収録スペースを含む、建物全体が暗くなる。

 ブッコローや岡崎を初めとして、スタッフ全員が大なり小なり声を上げて狼狽えていた。


 停電なのは分かっていたのだがいきなり起こると想像以上にビックリしてしまうものだった。おまけに、雷があったとかの予兆が無かったのも要因の一つだろう。


 全員が落ち着いたところで、


「ブレーカーのチェックを――」


 プロデューサーがそう言った所で、暗闇の中何かが小さくボウッと光る。


「ん?」


 光の中にシルエットが浮かび上がっていることから、何かがいるのは間違いない。

 全員の視線がその光に吸い寄せられる。

 それと同時に、光の中にいた存在が何者だったのか明らかになった。


「我を踏み台にした、R.B.ブッコローを名乗るミミズクの存在は今日までよ。これからのブッコローはこの私――軍手ブッコローだけでいい!!」


 現れたのは『有隣堂しか知らない世界』の初代MCになるはずだった――白い軍手に有隣堂のエプロンが掛けられたマスコット。

 おそらく軍手と手袋とブッコローを掛け合わせた名前なのだろう。

 だが、そのマスコットがなぜ現れたのだろうか。


「誰、この企画考えたの……俺に話し通ってないよ。社長案?」


 Pがため息を付きながらスタッフ達に問いかけるが全員首を横に振る。


「とりあえず、これ片づけるよー。色々、確認しないと――」


「無礼者め! 我をこれ呼ばわりした挙げ句、片づけるだと!? 身の程を知れ!!」


 軍手ブッコローは激昂すると手から光線を放つ。


「は?」


 まさか、そんな物が飛んでくるとは欠片も思っていなかったPは胸を光線に貫かれ倒れ伏す。


「P!?」


 ブッコローが呼びかけるも倒れ伏したPはピクリとも動かない。


「ふははははははははは! 我を舐めるからこうなるのだ!」


 高笑いする軍手ブッコロー。

 一体これから何が起きるのか分からない状況で一人だけが呑気に口を開く。


「今日はあれですか? そういうドッキリ系動画ってことですか?」


「ザキさん違う!? 違うのよ!?」 


「え、違うんですか? じゃあこれは一体?」


 いつものノリで首を傾げてぽやっとしている岡崎を見て、ブッコローは焦りながら忠告する。


「これよくわかんないけどマジなの!? ザキさん逃げて!?」


 ブッコローが逃げるように言うもそれを見逃すような相手ではない。


「状況すら把握できんとは……貴様も先に倒れた奴と同じようにしてくれるわ!」


 軍手ブッコローがそう言い放ち再び光線を放つ。


「はう……」

「ザキさーん!?」


 ブッコローの目の前でまた一人光線に撃ち抜かれてしまった。

 スタッフの中には岡崎が撃たれている間に逃げた者もいたが、


「今さら逃げようとしても遅いわ!!」


 次々と軍手ブッコローの光線に撃ち抜かれていく。


「止めろ!!」


 これ以上の蛮行は見過ごせないとブッコローが軍手ブッコローに飛び掛かるも――


「ふん、今の私からすれば小バエにも劣る!!」

「うわぁあああああ!?」


 一瞬にして弾き飛ばされ、床にたたきつけられてしまった。

 ボロボロのブッコローを尻目に軍手ブッコローは全員を光線で撃ち抜いてしまった。

 それを見たブッコローはなんとか立ち上がりつつ問いかけた。


「なぜ、なぜ……こんなことを……」


「全ては貴様のせいだ」


「私の……?」


 意外にも答える軍手ブッコローだが、ブッコローには自分のせいだと言われても全く心当たりが無かった。


「無自覚だろうな。だが、その無自覚さが今の私を産んだのだ!! 私こそが『有隣堂しか知らない世界』のMCとして存在していたはずだったのだ!!」


 軍手ブッコローはなおも続ける。


「貴様が誕生したことによって我は無かったことにされ、封印され、このまま消えゆく定めだった。だが、我は消えなかった! つもりに積もった怨みと渇望が我に力をもたらしたのだ!! ここで貴様からMCの座を奪い、我の存在を世に知らしめる!!」


 なるほど。軍手ブッコローの言葉を聞いてブッコローは何がしたいのかは理解した。

 しかし、一つだけ理解出来ないことがあった。


「だからって……皆を殺す必要は無かったはずだろ……!!」


 そうPや岡崎、スタッフ達を撃ち抜く必要は無かったはずなのだ。自分を……ブッコローをどうにかするだけでよかったはずだ。


「む? 貴様は何を言っている?」


 だが、軍手ブッコローはそんなブッコローの感情が分からないとばかりに首を傾げる。


「我の存在を世に認めさせねば成らぬのだぞ。その手駒となる存在を殺すわけがないだろうが」


「え?」


 ブッコローが呆然とするのと同時にゆらりとPや岡崎、スタッフ達が立ち上がる。

 完全に胸を光線に貫かれていたはずだが、立ち上がった彼らの胸に穴が空いているような様子はなく無傷だった。


「P、ザキさん無事だったんだね!!」


 ブッコローが喜色ばんだ声で呼びかけるも二人は首を傾げて――


「なんですか? このミミズク?」


「岡崎さんもわかんないよね。ブッコローは分かる?」


「さあな。我にも分からん」


 軍手ブッコローに問いかけたのだった。

 言葉が出ないブッコロー。


「そんな……P……ザキさん……」


「え? なんで私の名前知っているんですか?」


「俺をPって呼ぶって……どっかで仕事したことあった?」


 他のスタッフ達もブッコローのことをまるで覚えていないのか、『誰これ?』みたいな視線を向けていた。


(くそぅ!? あの光線のせいか!)


 おそらく、あの光線に撃ち抜かれたことでブッコローのことを皆忘れてしまい……軍手ブッコローをブッコローとして認識しているのだろうと想像はついた。


 苦悶の表情を浮かべながら、くちばしをパクパクさせているブッコローを嘲るかのように軍手ブッコローがPと岡崎に命令する。


「これから収録なのだ。部外者である小汚いミミズクにはお帰りいただこう。つまみ出せ」


「そうですね。プロデューサーさんお願いできます?」


「ああ、うん分かった。」


 そう言いながら、近づいてくるP。


(くそぅ!? なんとか、なんとかならないのか!?)


 このままでは自分という存在に成り代わられ全てを失ってしまう。そんなことを許すわけにはいかない。

 でも、自分ではあの軍手ブッコローを倒せそうにない。


「いやだ! そんなのは嫌なんだぁー!!」


 Pの足がブッコローの目の前まで来たところでブッコローが叫んだ。

 取るに足らない最後の叫び――ではなく、ブッコローの身体が輝きだす。


「な、なんだこれは!?」


 予想だにしない展開に軍手ブッコローの顔に焦りが見える。

 続けて、ブッコローからゾーンのようなものが広がっていき、辺り一面を包み込んでいく。


 この場にいる全員が取り込まれた形だ。

 ブッコローの領域とでも呼ぶこの空間では『有隣堂しか知らない世界』の映像が所狭しと流れていた。



(これ有隣堂で売ってるの? 売ってないです。 え? 誰が読むのコレ? プロレス回のノビが悪い 2点 キャットフードじゃん! 大丈夫かこれ? たっか!? ブッコローと雅代お姉さんの……ワクワク!? 声ちっちゃ…… 負けたらモノマネ! こんなに噛むことあります? 最後にイマイチなやつくんな…… アプリで良くない? ジャンルでいうとカバンだった……!? 痛って!? 無い無い無い無い、全然ないってほら光んないじゃん 思っている以上に入ってこないな なんか不快な臭いがする)



 そんな『有隣堂しか知らない世界』での思い出が時期に関係なく走馬燈のように流れていき、次々と現れてはブッコローの身体の中に消えていく。


「何が起こっている!?」


 軍手ブッコローもこの現象に心当たりはないのか、狼狽えていた。

 さらに、軍手ブッコローを唯一のブッコローとして認識していたPや岡崎、スタッフ達が苦しむように頭を抑えていた。


(なんか碌な思い出がないような……いやでも、これが有隣堂らしいのか)


 クスリと小さく笑ったブッコローは光のオーラに包まれたまま立ち上がり軍手ブッコローをにらみ付けた。


「アナタが先にいたからこそ、私が誕生したのは事実。でも、今のMCは私だ! 皆の記憶を歪めて私と成り代わらせなんかしない!!」


「ぐぬぬぬぬぬぬぬぬ――小癪なミミズクめが!! くらえ!」


「もう効かない!!」


「なに!?」


 軍手ブッコローが光線を放つもブッコローの光のオーラに阻まれて、意味を成さない。


「っく、ならば!! 奴を取り押さえろ!! 直接、私がとどめを刺す!!」


 光線は無駄と悟ったのか、軍手ブッコローは命令を出す。

 頭が痛いのかふらつきながら、Pや岡崎、スタッフ全員がブッコローを捕まえようと手を伸ばしてくるが――


「ゴメンP、ザキさん、皆! 今は眠ってて!!」


 ブッコローは両翼を広げて光弾を展開すると、軍手ブッコローの命令に従って近づいて来ていた全員に光弾を飛ばしてぶつけていく。


「「ブッコロー……?」」


「大丈夫、きっと起きたら元に戻ってるから」


 意識を失った二人を見つつ、ブッコローは軍手ブッコローへと向き直る。


「ぐぬ……私のシモベを戻した上にたおすとは」


「お前のじゃない! それに同僚だ!!」


 ブッコローは再び光弾を展開して、軍手ブッコローへ発射する。


「ふん! シモベをやった程度のものに我がやられると思うなよ!!」


 ブッコローが発射した光弾を軍手ブッコローは手から放つ光線で次々と撃ち落としていく。


 その様はまさに余裕といったところだったが、


「む、やつはどこへ……」


 三六〇度から襲いかかる光弾の処理をしていたために、僅かとはいえブッコローから視線を外してしまった。


 その隙にブッコローは軍手ブッコローの真下へと潜り込んでいた。


「くらえ!!」


 羽根を折りたたんで弾丸のような勢いで飛び込んだブッコローは光のオーラを纏ったまま、軍手ブッコローへと突撃していく。


「く、くそ!?」


 ブッコローの突撃に気付いた軍手ブッコローだったが、すでに手遅れだった。ブッコローの強力な攻撃をくらい、軍手ブッコローは床へと落とされる。


「がはっ!?」


「どうだ……?」


 ブッコローは空中から油断無く軍手ブッコローを見ていたが、軍手ブッコローはピクリとも動かない。


 そればかりか、身体の末端から消えていっているようだ。


「っく、欲望に身を任せた結果がこれか……我には無理だったということか。貴様の勝ちだ。R.B.ブッコロー」


「軍手ブッコロー……」


「だが、覚えておけ、貴様だけの力だけで勝ったわけでは無いということを……そして我という存在がいたからこそ貴様が生まれたということを……」


「その点は感謝してますよ。やったことを許す気はないけど」


「ふっ、それでいい。敗者は……潔く消えるのみよ……」


 そう言い残し、軍手ブッコローは消え去った。


 ブッコローの光のオーラも無くなり、電気が完全についたところで倒れていたPや岡崎、スタッフ達が目を覚ます。


「ん? 一体何を……え!? なんで予定時刻大幅に過ぎてんの!? みんな急いで準備!!」


「……寝ちゃってた?」


(皆は覚えてないのか……)


 バタバタと慌ただしく動くスタッフ達を見ながらブッコローはなんとも言えない顔でその様子を眺めていた。


 覚えていないことがよかったのか、悪かったのか。


(というか、皆私のことをブッコローって認識してくれてるよね?)


 覚えられていなかったらどうしよう……と深刻に考えていたのが伝わったのか、


「どしたのブッコロー。巻きでやらないと終電逃しちゃうよ?」


「ブッコローさん。今日は調子悪いんですか?」


 心配そうにPと岡崎が見つめていた。


 その目にはちゃんと――自分が、ミミズクのブッコローが映っている。二人はちゃんと自分を認識している。それで十分だった。


「いや、何でもない! さぁ、始めよう!」


 そう言ってブッコローは両翼を広げて、明るくアピールする。またなにかあれば自分と全員で繋いで来た絆と記憶が助けてくれるだろうと信じて……。


「? いきなり元気になった」


「なんか今日、気合い入ってません?」


 スタッフ全員に不思議がられながらも――


「○○○な文房具の世界!」


 ブッコローはこの日常のありがたみを噛みしめて、今日も『有隣堂しか知らない世界』の収録に臨むのだった。

                               

                                   ~Fin

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シン・ブッコロー 海星めりい @raiki

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