番外編:変遷 ⑫



「俺の気持ちが信用できないのも分かっています」



「サム……」



 上手く気持ちを整理できずにいたジョアンナを見透かすように、サムは悲し気に笑った。真面目で不器用な彼のことだ、女性と一夜を共にしたことの責任を取ろうとしているのではないかという考えが、ジョアンナの頭からどうしても離れなかった。



「なので信用してもらうためにこちらを」



 サムは懐から一枚の紙を取り出した。ジョアンナは驚きのあまり言葉が出ずに口をぱくぱくとさせた。





「なっ……こ、これ……」



「どうしてもこちらを書いてほしくて」



「何言って……これ、婚姻届じゃない!な、なんで」



 ジョアンナを驚かせたのは、紙に書かれたサインだ。妻となる者の両親の欄には見慣れた文字が並んでいた。そう、ジョアンナの両親の名だ。夫となる者の両親の欄も既に埋まっており、サムの両親の名であることが察せられた。



「ジョアンナさんのご両親には今朝ご挨拶に行って参りました。お二人とも歓迎してくださって”娘が頷くのであれば結婚しても良い”と仰っていました」



「な、な……」



 それはそうだろう。ジョアンナの両親は適齢期を過ぎても結婚しない娘を酷く心配していた。結婚の申し出があれば諸手を挙げて歓迎するだろう。



「うちの両親も大喜びでした」



「あ、貴方ね、こんな大事なこと……もっとちゃんと考えるべきだわ!」



「ちゃんと考えたからこうなったんです」



 真っすぐと見つめられそう断言されると、怒りたいのに涙が浮かんでしまう。




「も、もっともっと若くて可愛い女性と結婚できるのに」



「ジョアンナさんじゃなきゃ嫌です」



「わ、私は性格も良くないし」



「この性格が好きです」



「……すぐおばさんになっちゃうんだから」



「それも楽しみです」





「私……きっとまた不安になって貴方のこと疑うわ」



 サムは嬉しそうに頷くと「そしたら何度だって抱き締めて愛を誓います」と囁いた。もう、ジョアンナに反論の言葉は見つからなかった。



 誤解だと告げられた時、婚姻届を見せられた時、期待でいっぱいになった心をもう誤魔化すことはできなかった。





「……それでも、私の気持ちも確認してから婚姻届は準備してほしかったわ」



 思わず拗ねた声でそう漏らすとサムは不思議そうに首を傾げた。







「だってジョアンナさん、好きじゃなかったら一夜を共にしたりしないし、こんなに抱き締めさせてくれないでしょう?」




 ……やっぱり狡い人だ。




 ジョアンナが自覚するより先に、この想いに気付いていたなんて。



 ジョアンナはとうとう腹が立ってきて噛みつくように彼に口付けた。心底嬉しそうに受け入れた彼と、まだ取り換えていない寝具になだれ込み、愛を強請った。




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