22話「しろくしろくしろ・9」

 研究室で資料を整理していた文月に、城田は説明を求めた。

「うん? 寄生虫がどこからやってくるかって……言ったでしょ」

「あのときの説明じゃよく分からなかったんだ、もう一回頼む」

 まあいいけど、と言いながら文月は手近なホワイトボードにさらさらと必要事項を書き込んでいく。

「寄生虫は、栄養を吸うことと産卵すること以外の能力を極端なほど切り捨ててる。だから、移動能力もほとんどないんだね。だから、体内から体内に移動するためには「捕食」を使う」

「そんなに都合よく行くのか?」

「肉食の生き物は、だいたい獲物の種類を決めてるからね。まず草食動物の体内に侵入する。その後、それを食べた肉食動物の体内に入る。あとは排泄に卵を乗せて一生が終わりだね」

「消化されたりしねえのかよ」

 そんなやわな生き物じゃないよ、と文月は苦笑した。

「消化管にいるわけだから、そこの環境で死なないようにできてるんだ。魚が海水で死なないかって言ってるようなものだよ」

「んなバカにしなくたっていいじゃねえか……それで、その卵がどこから来るかだ」

 いろいろだね、と解剖医は肩をすくめた。

「無節操に栄養を摂れるわけだから、そりゃもう乱雑に卵を産むわけだけど。水棲だと、プランクトンとして取り込まれてから、体内で活動開始するのが一般的かな? 陸生だと、糞食の生き物もけっこういるからねえ。未知の寄生虫かつ怪人由来で、感染経路だけ特定しろって言われてもね」

「とりあえず、何か食わないと始まらないんだな?」

 城田は、真実に近付きつつあった。

「免疫系はけっこう優秀だからね、血液に無理やり何か入るなんてことはめったにないよ。当然そこの無理を通せる生き物なんてほとんどいないから、もっと大きな単位で動くんだね。すると、口から入って内臓から血を吸うのがいちばん安泰になるわけ」

「飲み物とか食べ物とか、そういうものか」

「火を通してない川魚とか豚肉なんかが危険だね。激甚な反応が起こらない場合でも健康は損なうし、外見の変化が起こることもあるよ」

「起こってることは、寄生虫の常識そのまんまなんだな……」

 ヒントは出揃った。

「ありがとな、先生。だいたい全部分かったぜ」

「うん、それならよかったよ。早く解決してね」

 ああ、と城田は笑った。




 日が沈もうとする残照が、古い血のような色をにじませる夕刻。

 白い人物が、食堂「さば」の前に出てきた。手近な場所にあったメニューの看板を裏返して、裏面にあった「特別メニュー」の文字にチョークで目立つ色を付ける。

「考えてみりゃ、何一つ不思議なことはなかったな。最初っからヒントは出揃ってたし、隠せてなかった」

「思っていたより早かったですね。警告もしたのに」

 怪人は、くつくつと笑う。

「あれで止まるわけあるかよ、ナメてんじゃねえぞ。あのポスターを配ってたやつは怪人だって情報だったが、写真に写ってたのは「天音の家」のメンバー全員だ。遠隔操作で人を殺せるようなやつが、わざわざ危険地帯に行くわけねえよな」

「これから人を殺すのに、そんな薄弱な証拠でいいんですか?」

「人権が認められてんのは認定怪人だけだぜ、無登録の怪人犯罪は執行猶予なしだ。肌の下にもぐり込む寄生虫なんて気色悪いモンを、一体どうやってあんな大勢にばら撒くのか。簡単だよな、食堂なら」

「……業務妨害ですか?」

 あくまでしらを切ろうとする怪人に、城田は鋭い視線を投げかけた。

「どこにもないものをどこから仕入れてるのか、誰も知らなかったぜ。カドツマってのは、お前が能力を使うための媒介なんだろ?」

「大人気の特別な食材のことを、あまり悪く言わないでください」

「じゃあ聞くが、いったいどこから搬入されて、どういう経路でこの食堂にたどり着いたんだ? 農家にも運送業者にも強権を行使させてもらったんだぜ、こっちは」

「……ほんの三日ほどで、よく調べたものですね」

 あくまで静かな微笑みをたたえたまま、怪人はその雰囲気をがらりと変えた。

「貧困層やら怪人被害者を囲い込んで私兵に仕立て上げて、旅行させちゃ死なせて保険金に変えるたぁ……なあ。こんなクソみてぇなやり口、なかなか見ねえな」

「お金が必要なんですよ。たくさんの人が安心して暮らすためには、たくさんのお金がいるんです。お金を渡せば、この方法に賛成してくれる人だっていました」

「後村だな。お前の件が終わった後に、なんなりとやらせてもらうぜ」

「すでに分かっているんですね。手間ひまかけて大きくしたのに」

 ウソこけこの野郎と城田が言うと、怪人は寂しそうな顔をした。

「最後の決め手は、いったい何だったんですか?」

「あんただけ、健康診断に引っかかってたからだ。ほかのメンバーは健康体なのに指紋がおかしくなってたが、あんた一人だけ……指紋はマトモなのに、骨に穴が開いてるだとかいうわけの分からん引っかかり方をしてる。勧められたはずの因子テストは結局受けてないよな? 最初っから結果を知ってるんだから」

 認定怪人の中にも、自分の能力や怪人態を知らないものがいる。因子濃度や体の変化から怪人化が判明しても、国家認定を受けるだけ受けて力を使わない生き方を選ぶものがいるからだ。逆に、力を悪用するものは認定を受けないまま犯罪に走ることになる。

「商店街再生をしようって計画の発起人に、店を畳んだじいさんや流れ者のオッサンが入ってるのは理解できる。だが若い娘はどこから来たって話だ。桑原梨花さん、あんた真崎に縁もゆかりもないんだって? 小椋さんがどこかから連れてきたって以外、誰も何も知らないみたいだが」

 地味なTシャツにサブリナパンツ、その上に大きめのエプロンというひたすらに地味な女は、とろりと濃い笑みをにじませた。

「小椋さんは本当にいい人ですよ。力の使い方が分からなくて、そのうえ怪人だってバレて職場を追い出された私を拾ってくれた。踏んだり蹴ったりだった人生なのに、真っ当な人生を送れるようになったんです」

「だったら、そのまま生きればよかっただろ」

「私の過去を知っているやつが来たんです。当然、さっさと殺しましたけど……その方法も何もかも、後村に見られた。もっともっと儲かるって聞かされて、いつでも殺せるならと思って話に乗りました」

「イカレてやがる……!」

 怪人に商売を持ちかける男も、それに乗る女も、とても正常な思考を持ち合わせているとは思えない。

「分からないんですか? 人材を誰よりも効率的に使って、どこよりも大きな利益を出しているじゃないですか。怪人と戦うことしか頭にない対策書の人には、うまい商売なんて思いつかないんでしょう?」

「商売ってのはな、なくならねえものを回すんだよ。誰かがカスミさまとやらに黙って打ち明け話でも始めれば、その瞬間に破綻するだろうが……保険会社が金庫番でもやってると思ってんのか?」

 風景がぐにゃりと歪み、地味な女はひどくなまめかしいマネキンのような怪人へと変貌した。頭には円周上にトゲが生えて冠を象り、透けたドレスは一種の神聖な儀式における礼装とも見える。

「白い、冠……か。そのまんまじゃねえか」

「記憶や力を食われても、人間はいちばん大切だった人のことを思い出すものです。私が愛されていたなら、その命をどうしようと私の勝手」

 しゅるしゅると無数の虫たちが寄り集まり、苦しみにもがく手を模したような錫杖が生まれた。

「しょせん命なんてコストなんです。死んでもいい人間をお金に換える、それで世の中は回っているじゃありませんか。残った人間が生きていれば、それでいい」

 瞬間的に何十もの人間を殺しながら、怪人はあざ笑った。

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