21話「しろくしろくしろ・8」

「持って帰ってきた資料をざっと読んだ。おかしい点も見えてきたぞ」

「証言が矛盾してたことと、なにか関係が?」

 対策書の第一節室に集まった増山たちは、するどく目を光らせていた。

「交通費が異常に高いな。クサいなと思って調べてみたんだが、こいつがまた匂う」

「ゼニ儲けのために節約をって言ってるのにですか」

 対策書の内部資料を開いた増山は「ここだ」と指で示す。

「有名な怪人の模倣犯が、あっちこっちで出てきてる。被害者は全員がほかの街からやってきた「運の悪かったやつ」だった。フィアーサインの偽装も、ここ一年ほどで異様に増えた。怪人ならやるはずがないことだ」

「やつらは、怪人なりのルールで動きますからね……」

 禍都が一種異様な偽りの平和を保っているのも、クイドという最強の怪人あってのことだ。彼の所属する「ハウス」という組織がルールを立ち上げたことで、禍都の怪人はそれに絶対服従している。

「上級怪人は、自分の犯行には自信を持ちますもんね。自分のやり方を汚されたと思ったら、何か仕掛けるはずです」

「模倣犯は、すでに「ナバリオオタチ」「アグニ」「水青のクイド」、三人のバケモノの地雷を踏んでる。対策書が決着をつけないと、何が起こるか分からん」

 いずれも指定悪鍋都市に君臨する支配者であり、ひといきに数百人を虐殺できる四神級怪人だ。彼らが衝突すれば、人ひとりどころかまともな更地さえ残るかどうか分からない。

「節約がどうのと言いながら、どこのものとも知れない食材を使って云々と言ってましてね……カドツマとかいう。そんなもの、どこにもないんですよ」

「新発見の食材なんぞ、どこも飛びつかないわけないからな」

 テレビ局の取材を断ったという話もあり、きな臭さはさらに増している。

「どうもな、やり口が見えてきたぞ。団体で指定悪鍋都市に出向いて被害者を拾い上げる、そんでもってちょくちょく行方不明者を出す。発見された身内の遺体は天音の家が引き取って、怪人被害保険もそのままいただくって寸法だ」

「当たり屋の真似事ですか……よく今まで隠れてましたね?」

「保険会社から通報があってな、ここ二か月で何度も同じ人物が別名義で受け取り人になってたそうだ。ヒゲもじゃの小男らしい」

「そいつは、こんな顔じゃありませんか」

 すかさずポスターを出すと、増山は「ああ、こいつだな」と団体の写真に写っている男を指さした。

「後村、か。これだけ証拠があれば、詐欺罪で引っ張って因子テストもできるぞ」

「裏の話だと、天音の家はかなりの数を怪人で固めてるって話でしたがね……」

 そうなんですよ、と桜はうなずく。

「害度は低そうですけど、数はかなり多いみたいです。それに……今回の敵は、力を与えたり奪ったりできるような気がして」

「なんだそれは? あの虫は、そんなことをしてるのか?」

「確かに、なんだか妙でしたよ。怪人態の色も蝋っぽくて、虫が抜けると色が抜けたみたいになってましてね」

「クイドほどじゃないとしても、鬼級以上の害度はありそうだな」

 多彩な力を持つ怪人は少ないが、略奪や模倣などで後天的に獲得できる可能性はある。敵がそのような力を持っているとすれば、きわめて危険な相手になるだろう。

 そこで、城田は電話を取った。

「もしもし、先生ですか。ああ、やっぱり……どうも、ありがとうございます」

「ビンゴか」

「ですね。記憶だけじゃなく怪人因子まで抜いて、食ってやがる」

「もう、ほとんどクイドじゃないですか……!」

 隣町にまでこのような危険な怪人が現れたとなれば、よりいっそう禍都の治安は悪くなることだろう。そして、敵がこの街にちょっかいをかけているとなれば、全面戦争が起こりかねない。

「それで、だが……誰が「カスミさま」なんだ?」

「今はなんとも言えませんね。因子テストは血液一本、二時間くらいでできますけど、誰がどんな能力を持ってるかは分かりません」

「お前みたいに、何も出てこないかもしれねえからな」

「ええ。それに、敵の能力は遠隔操作で人を殺傷できるものです。真っ先に本体を叩かないと、死者だけ無意味に増えるかも」

 敵がどのような能力を持っているのかは、未だにはっきりしていない。そのような状態でこれ以上歩を進めるのは、単にリスクを増やすだけである。

「徹底的に捜査を進めるぞ、城田、桜。敵も現実に生きてる人間だ、こんなずさんな組織がボロを出さないでやっていけるわけがない。すでに分かってることと組み合わせて、わずかでも証拠を見つけるんだ」

「はい」「了解です!」

 そして、捜査はさらに進んでいった。


「不審な情報しかないのに、その正体が分からない状態って……すっごく、もやもやしますね」

「クリガミはどうなった?」

 対策員「桜アルマ」の飛ばす式神のようなもの「クリガミ」は、折り紙でできた使い魔である。虫の行き先に付いていったはずのクリガミは、襲撃から二日近く経った今もほとんど見つかっていない。

「それが、ひとつ以外どこを探しても見つからないらしくて……」

「そのひとつは、いったいどこにあったんだ?」

「真崎の公共のゴミ捨て場です。近くに監視カメラが少ないのと、ついていた指紋が例の寄生済みのものみたいで」

「隠蔽しようって意図は見える、少なくとも部外者じゃねえってことはわかったな」

 怪人の存在が一般に広く知られている以上、普通に考えれば超常現象には関わらないのが吉であり、常識である。折り紙が動くという明らかに怪人の能力らしきものを見つけて触れ、動きを止めたうえで捨てるという行動はいかにも怪しい。それが例の寄生虫を体内に飼うものの行動ともなれば、なおさらだ。

「クイドに比べりゃまだ追いやすい、瞬間移動もしねえ、証拠もバカほど多いんだからな。少なくとも、俺たちが行った範囲の中に本拠地がある」

 疑わしい人物を尋問した途端に、本体でなければすぐさま人命と情報が失われる。真崎の怪人対策書とも深く連携して、速やかな解決を図らねばならない。決意を固めた城田は、解剖医の文月のもとに再び向かった。

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