19話「しろくしろくしろ・6」

 戦闘要員として別件の対応に回っていた桜は、たった一日で集まった情報の数に驚いていた。

「こ、こんなに!?」

「先生も先輩方も、仕事は早ぇからな」

 日頃から怪人犯罪による死者や負傷者は非常に多いため、対策書もそれらの対応には慣れっこだ。通常の死亡者と怪人被害者の調査は明確に分けられ、また警察組織の中でも対策書はかなり強引な調査を行う権限を持っている。

「怪人たちの様子はどうだった?」

「いつも通りですね。小競り合いです」

 人口比に対しての平均的な怪人の数が多い禍都は、怪人同士のくだらない小競り合いが多い。反社会的勢力の団体数も人数も数倍に増えたと考えれば、そうなるのも当然だ。

「どうも、よその組織が禍都にちょっかいかけようとしてるって話でな。「天音の家」だかっていう組織なんだが……公にはNPOで通ってる」

「それじゃ、捜査は難しいですね」

「裏から仕入れたネタは、表じゃ使わねぇのが鉄則だからな。後出しで聞き込みをしてましたって体ならいいが、根拠にするには偏りすぎだ」

「挙がってる情報だと、ただお世話になってた人が亡くなっただけですもんね……」

 家族や関係者への聞き込みという形式であれば、まだやりようもある。しかし、自ら反社会的勢力とのつながりを明らかにしたうえで、彼らに肩入れするようなことを述べ始めることは、大きな問題となるだろう。

「どうにか、法律面からでも食い込めればな……」

「ご遺族の方には連絡できなかったんですか?」

「身元保証人は親戚だな。かなり疎遠で、遺骨の引き取りにしか来ないらしい」

「寂しいですね……」

 両親もすでに他界したフリーターで、拠り所もNPOしかないのであれば、むしろそちらの責任者あたりが保証人になっていてもおかしくはない。被害保険もそちらで受け取るということなら、保険金殺人のようなケースだと考えるのも危険だ。

(どうも、怪しみすぎちまってるな。認定怪人がひとりでもいますってことなら怪しまずに済んだんだが……)

 怪人たちの中でも、同族の匂いをかぎ分けることに長けたものがそう告げたのであれば、天音の家には多くの怪人が所属していることになる。人間から見て人間とチンパンジーの区別が容易であるように、彼らには人間と怪人をはっきりと見分けることができる。

「まずは、聞き込みを念入りにするところからですね。怪人犯罪の疑いがある不審死ですから、徹底的にやりましょう」

「こればかりは遺族がどうのと言ってられねえからな。装備はいいか?」

「問題ありません。先輩は」

「こいつに手入れなんか必要ねえよ。してるがな」

 不可思議な銀色の自動拳銃をスーツの内側にしまって、城田は車を出した。


「大牧ゼンジ……? ゼンジって名前だったのか、あいつ」

「知らなかったのか、同じ職場なのに」

「名札には名字だけだしさ、端末ぽちぽちやってて話しかけづらいのなんのって……。なんにも知らないよ、マジな話」

「仲のいいやつとか、しゃべる相手なんかは」

 さあ、と同僚だったはずの男は言った。

 どこへ聞き込みに行っても終始その調子で、関係のありそうな人物のほとんどが、名前さえろくに覚えていない始末である。まともな人付き合いはなく、言葉少なに事務的な連絡をするのが日常だった、と誰もが語った。

「道理で端末に入ってる連絡先が少なかったわけだ。あっちの関係者とバイト先くらいしかなくて、残りはゲームアプリ……なんつう人生だ」

「そういえば、食事は外で摂ってたんですよね。食器がほとんどないとかで」

「ああ。カップ麺だのカロリーバーだののゴミはあったんだが、それもかなり少なかった。かなりの頻度で外食してたと考えるのが自然だ」

「お金、貯まらなさそうですね」

 言うなよ、と心当たりのある城田は目を逸らした。

「と、なると。やっぱり「天音の家」にはかなりお世話になってたんですね」

「だろうな。通りがかったときも、旨そうな匂いがしてたからなあ」

 無料とは言わないまでも、かなり値段を抑えた街中食堂である。昼食を簡単に済ませていなければ、何か食べていってもよかったかと思われるほどだ。

「行ってみるか。ここを経営してるスタッフも、商店街関係者だからな」

「ええ。視線も感じますし」

 場末の古い食堂といった風情の店は「さば」と名付けられていた。

「あんまり印象のよくない名前ですね」

「さばってサバだろ? さかなへんに青の」

「あはは……また後で」

「それもそうか――失礼します、怪人対策書のものです」

 勧誘ポスターに写っていた顔のひとつ、柔和な顔立ちの老爺が応対をした。

「ああ、今日来られる予定だった、隣町の。さすがにタフそうなお方で」

「そいつぁどうも。こちらの団体は、若者の貧困に手を差し伸べる理念をお持ちだとか」

「わしは小椋です。正直に言いますとな、商売ですな」

「あ、あっさりですね」

 商売の立て直しは商売ですからなあ、と小椋は笑う。

「商店街の活性化を、というのが最初の目標で。若いもんを呼び込んで住んでもらいましょう、次世代をここから作りましょうと、そういうお話です」

「地域密着型のプロジェクトなんですね」

 ここに住んどりますんでね、とうなずいた。

「過疎地じゃありませんが、若者は都会に出ますからな。住むくらいしてもらわんと、どうにもならんのです」

「じっさい、かなり深いとこまで世話になってた人もいるみたいですが」

「企業さんの方とも提携して、アパートを寮にして、便利に使ってもらったりもしておりましてね。毎日の食事をここで、という人もいますな」

「今回亡くなったのが大牧ゼンジさんという方なんですけど、覚えてらっしゃいますか?」

 桜の質問に、小椋は首をかしげた。

「おおまきぜんじ、ですか。申し訳ないが、よく話しかけてくれる子以外はあんまり覚えとりませんでね」

「毎日のようにここに来てたようですがね。あまり他人と話さない、端末をいじってることの多い青年……」

「いやぁ、ここへ来てる子たちはねえ、そういうタイプも多いですから。ぽつぽつ話しかけてくれるようになれば、こちらでも何かとは思うんですけどもねえ」

「そうでしたか。そいじゃあ、怪人とは関係ない話でもしますかね」

 桜の戸惑いをよそに、城田は難しい顔をやめてにこやかに話し始める。

「地産地消でコストを抑えてるみたいですが、肉やら魚となるとそうもいかんでしょう」

「いやもう、とにかく節約節約でやっておりますんでね。残飯を畜産農家の方に持って行って安くで卸していただいたり、淡水魚なんかも積極的に取り入れたり」

「なるほど。かなり現実的なやり方ですね」

「こんな田舎から、簡単にイノベーションが起こせればね。まあ、ぼちぼちでやっていくしかないと、そういうことです」

 手が空いたのか、調理をしていたスタッフも顔を見せた。

「桑原です。警察の?」

「ええ。城田です」「桜です。よろしくお願いします」

 柔らかな笑顔を見せた若い女性は、そして言った。

「何か食べていかれますか?」

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