水青のクイド

灯村秋夜(とうむら・しゅうや)

1話「死贄・1」

しにえ【死贄・死に穢】

1.人や獣の死骸を供物とすること。また、その死骸。多く黒魔術で用いられる。

2.土地に定着したけがれ。

(旧故出版刊『邦辞園』第八版・電子版より引用)


 ◇


「対策書ってのは、要するに何でも屋だ。捜査もするし戦いもやる、プロファイリングもできなきゃ話にならねえ。体力も頭脳もそこそこ以上に要る、危険も並みじゃねえ。人間を相手にするのとはわけが違う」

 怪人対策書、禍都マガツ支部のエントランスホールにて――城田警部補は、見学に来た学生たちに説明をしていた。揃いも揃って真っ黒い制服に身を包んでいる禍都第二高校の生徒たちは、まったく遠足のようにそれを楽しんでいる様子である。

「はい、質問!」

「おう、なんだ」

 元気よく手を挙げた丸刈りの少年は、「今までで一番強かった怪人はどいつですか!」と、いかにも少年らしいことを聞いた。

「強いっつっても、そりゃ犠牲が出てる前提だぜ。ルールの決まったマッチングじゃねえんだ、分からんな」

「まあまあ警部補、そう言わずに。やはり「コダチマタチ」では?」

「ああ、ありゃクソみてぇな相手だったな。刃物持ってるやつと撃ち合いなんぞする羽目になった」

「へぇー、すっげ!」

 指定悪鍋都市していあっかとし――怪人を数多く抱え、それらが昼夜問わず大小さまざまのトラブルを起こすという、最悪のカオスを言い換えた言葉である。そんな街に生まれ育った生徒たちが、一体なぜこんなにもふざけた態度で怪人犯罪に接しているのか。その理由をよく知っている城田は、しかし納得がいかず、最近同僚になったばかりの大友にその場を任せて抜け出した。


 二階奥の廊下、自動販売機のすぐ横にあるベンチに腰かけた城田は、裏から仕入れた情報にあった文言を反芻した。

(第二高校には手を出すな、か……)

 ここ数か月で噂されるようになった「掟」は、この街にゆがんだ平和を作り出していた。駅前通りと禍都第二高校では怪人犯罪が起こらず、遺体が発見されることもほとんどなくなっている。そのため、新しく高校生になった子供たちはひどく平和ボケしているというのである。

 平和がもたらされるのであれば、それに越したことはない。危険極まりない怪人が、ほかの都市の数百倍の密度でひしめくとされる禍都では、平和な場所があると確認されることがなかった。わずかな隙間があるだけでも、警察組織の一部である対策書にとってはありがたいのだが……事態は、そう簡単なものではなかった。

(件数自体は減らねえうえに、週に一回「欠落体」だかの被害者が必ず出る、か。まともになんぞなっちゃいねえ、どでかいバケモンが押さえつけてるだけだろう)

 死んだ同僚は、指定悪鍋都市を「ラスダン」と表現していた。最強の怪人が支配する土地であり、それが代替わりして延々と悪が栄えていく地獄。魔王城、という言い方をされればなるほどとも思ったものだが、納得したわけではない。対策書は、怪人を打倒し平和を手にしなければならない立場にいるのだ。

「どうした城田、浮かない顔して」

「増山さん。いや、第二高校の子供たちがですね」

「……まあ、言いたいことはだいたい分かる。平和なのはいいが、平和ボケしすぎだってところだろう?」

「かないませんね、増山さんには……」

 対策書の刑事としてのキャリアをすべて禍都で積み上げてきた、文字通りの超人である。いわゆるヒーロー=「対策員」ではないものの、刑事として増山に並べる日は来ないと考えてしまうほどに、偉大な存在だった。ハゲは男の勲章という言葉が世界一似合う、対策書でもかなりの古株は、コーヒーを買ってから城田の横に座った。

「あの件……ほれ、欠落体の。どうなった」

「まだまだ、何も。行動範囲が広すぎて、模倣犯か複数体かすら絞り切れていません」

「やつら、そう長く生き残れないだかって話だったのになあ。もう六週間、ずっとだ」

「狙う人間の傾向も、まったく。看護師にじいさんにフリーター、不良ども大学生おばさん連中と来て一家丸ごと……こっちがマークしてた怪人も混じってますからね」

 学生が平和を謳歌しているうちはいい。裏側では普段とまったく変わらず怪人が活動しており、その規模も増しつつある。見せかけの平和が終わる日も近いのかもしれない。そんなことを考えた城田は、大友が駆け寄ってくるのを見やった。

「お前まで抜けていいのかよ」

「案内は専門のお姉さんがいるじゃないですか。僕らの仕事は、あの子たちがずっとああやって平和ボケしてられる時間を守ることです」

「違いないな。立派な対策員が入ったんだ、気張れよ城田」

「はい」

 仕事を任せられる人員がおり、そうやって空いた時間を本業に費やすことができる。改めてそのありがたみを噛みしめながら、城田は対策室に戻った。




 地図と写真を張ったホワイトボードを前に、大友はすらすらと述べる。

「現在集まっているデータは、きわめて広範囲かつ無作為に近いほど乱雑に相手を選ぶ、という……要するに何もわかっていない状態です」

「困ったもんだな。ふつうの怪人なら、能力の痕跡やら傷口でだいたい判別できるもんだがなあ。普通なら老人を殺す怪人なんていないってところは、かなり特徴的かもしれんが。しかし……」

 怪人とは、怪人因子を励起し異形の姿を得た人間のことである。検査を受けて一定以上の因子濃度や能力発現が認められた場合は、国家認定を受けて「認定怪人」となる。この中から志望者が「対策員」となり、未認定かつ悪事を働く怪人を取り締まる任を負う。

 因子の励起、つまり怪人への覚醒や能力の行使には、本人の持つ強い感情が大きく影響する。もともと人間だった何者かが、何週間も連続で人を殺し続けるためには、非常に強い動機が必要だ。因子による精神構造の変容は、一般人が考えるよりもずっと小さなものであり、こと犯罪行為に際しては、怪人と人間とはあまり変わるものではない。

 被害者の傾向やおもな殺害方法、現場に残る痕跡や遺体の損傷をくわしく調べることで、怪人の能力や犯行動機はおのずと知れる。もともとが人間であるために、プロファイリングは怪人に対しても有効なのだ。

「身分が特殊な人間もいねえ、人数もまちまちで週二回やることもあった、か……相当な気分屋だな。遺体がぜんぶ同じ死に方じゃなけりゃあ、何も分からんぜ」

「過去にも例が少ない「欠落体」ですからね。ずっとこのペースでやられるかもしれないとなると、逃しちゃいけない」

 唐突に、電話が鳴る。電話を取った大友が、メモを取ってページをさっと破った。

「市民からの通報です。怪人の被害者と思われる遺体を発見、道が塞がれているとのことです……かなり混乱しています、すぐ現場に向かいましょう」

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