【超短編】世界最高の探偵P 朝食前の難事件

茄子色ミヤビ

第1話

 Pと呼ばれる探偵が存在した。

 彼についての情報は一切秘匿されていたが、唯一分かっていることは代理人がアジア人の女性だということだけだった。

 そんな身元も分からない彼の下に、なぜ世界中から様々な相談が持ち込まれるのか?

 その理由は簡単だ。

 相談者の周りにP以上の頭脳を持つ人間が存在しなかったからである。

 Pは相談者が把握している情報を全て送るように毎回指示していた。

 Pからのの回答は、提出される情報の精度によっては真実の特定に到らないことはあっても、問題解決の糸口にならないことは一度も無かった。

 誰しもが認める名探偵P。


 そんなPのもとに『送信者不明』のメールが届いた。


 いつもメールをチェックする時間よりも遥かに遅い時間であることを除いては、Pは普段通りメールをチェックしていたところ、コレを見つけたのだ。

 そしてPはメールを読んだ瞬間、頭は冴えわたりニヤリと笑った。

「昨日の今日でこれか…」

 そう、Pは半年間ほど難航していた事件を昨日ようやく解決したばかりだった。

 なぜ彼は不敵に笑ったのか?

 それはPに対してこのようなメールが届くはずがないのだ。

 彼に届くメールは代理人が全て検閲・選定している。

 つまりこの送り主は(Pと得意分野は違えど)彼とほぼ同等の能力を持つ門番を潜り抜け、彼の下にメールを届けるほどの知恵を持つ人間だということだ。


『ダイタノボルは、お前のすべてを知っている』


 そんな知恵者がくだらないウィルスを送りつけてくるわけもないと、無造作に開いたメールには、このような一文が書かれていた。

 

 Pが「世界最高の探偵」と呼ばれ始めたのは5年前の話である。

 ただ有名になったのはその頃であり、当然Pはその遥か以前から活動していた。

 職業柄、的外れな復讐に遭うことも多くなり、個人で動くことに限界を感じ始めた彼は早々に代理人を用意し「P」と名前を変え人前に出るのを辞めた。

 そんな彼の探偵歴はもはや30年を数える。

 様々な事件に携わり、今回のように極端に情報が少ないケースは少なからずあった。

 (…私とつながりのある人間の中に必ず「ダイタノボル」が存在する)

 偽名なのか暗号なのか。

 単純に本名だとすれば日本人なのか。

 犯人からの思考誘導であっても、Pはその誘導に決して溺れない。

 目の前の事実を、ひたすら組み合わせて真実へと辿り着くのがPなのだ。

(全てというからには…名前を捨て私が「P」となり…今日までの活動全て…そして代理人と私の関係…これらを含む私の人生全てということなのだろう…)

 これは考えすぎではない。送信元不明のメールが直接Pに届くとはこういうことなのだ。

(挑戦状か悪戯か…悪戯だとしたら相当阿呆な暇人だな…)

 Pは無造作にパソコンのメモ帳に、まずダイタを漢字に変換して入力する。

 代田、代多、台田、大太…今まで知り合った人間の「本名」をPは自身で完璧に記憶している自信があった。あくまで補助として漢字を眺めているだけだ。しかし、一向に思い当たる節がない。

「昼ごはん出来てますよ」

 Pの代理人こと、彼の妻が書斎の戸をガチャリと開けながらそう声をかけた。

 考えに耽っていることが多いPは、ノックの返事がない場合はそうするよう妻に頼んであるのだ。そして彼女はパソコンの前で珍しく唸るPの様子に「どうかされました?」と近寄りながらモニターを覗き込んだ。

「…なんですか?これ?」

「どう思う?」

 Pは滅多に人に意見を求めない。

 求めるときがあってもそれは確認であることが多い。

 だから妻は混乱しながらこういった。

「どうって…?」

「君の素直な感想が聞きたい」

「貴方が貴方のことを全部知ってるのは当然でしょ?」

 そのときPの脳裏に電流が走った。

 台田昇。

 台形は英語でPolygon。

 妻が好きだったアニメキャラクターの名前でもあったことから、その頭文字を取って『P』を自身の名前にしたこと。

 そして昨日の難事件解決祝いに、ひとりで秘蔵のウィスキーを一本空けたことを。

 

 



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【超短編】世界最高の探偵P 朝食前の難事件 茄子色ミヤビ @aosun

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る