175話 信頼の距離

 使用人とディヴァリアとの関係も、ある程度は大事になってくる。

 ということで、フェミルとも仲良くしたいと言われた。

 納得できる話ではある。俺が結婚しても、使用人は雇い続けるつもりだから。

 ディヴァリアから関係を作りたいと言うのだから、大丈夫だろう。

 人と仲良くすることに関しては、とても得意な人間と言えるから。


「聖女様は、もともとリオンの家の使用人を決めることにも関わったのよね? つまり、アインソフ家とは親しかったの?」


「そうだね。子供の頃に、私とリオンを紹介し合う関係ではあったかな」


 完全に幼馴染だものな。それにしても、完全に外堀を埋められていたんじゃないか?

 俺の使用人の選定に関わるとか、それこそ結婚相手でもなければおかしいだろう。

 父さんも母さんも、ディヴァリアと俺が結ばれるようなことは言っていた。

 冗談だと考えていたが、本気で結婚に向けて進んでいたのかもしれないな。


「人の家の使用人を選べるとか、とんでもない関係だよな。流していた俺はどうにかしていたぞ」


「リオンって、なんというか鈍いものね。ちょっと心配になるくらいよ。支えてあげたくなる感じよね」


「決めるべきところでは決めてくれるから、余計にね。フェミルが支えてくれるなら、少しは安心できるかな」


 否定はできない。ディヴァリアが悪意を持っていたら、俺は終わっていたんだから。

 信じているといえば聞こえは良いが、ちょっと問題があるよな。

 違和感に気づけるようにならないと、妙な策に引っかかりかねない。

 ディヴァリアにも多少は頼るだろうが、自分の能力も高めないとな。


「ディヴァリアにも色々と迷惑をかけた気がするからな。申し訳ないよ」


「気にしなくて良いよ。それ以上に、たくさん助けてもらったから」


「そうね。私だって、エリスと私の命を助けてもらったんだから。迷惑をかけるくらいでちょうど良いわ」


「ありがとう。迷惑をかけることもあるだろうが、よろしく頼む」


「リオンが言っていたことでしょ? 友達ってのはお互いに迷惑をかけあうものだって」


 よくあるセリフだという印象だし、確かに言っていてもおかしくはない。

 正しい内容でもある。ある程度親しい相手に迷惑をかけないなんて不可能だ。

 それに、多少の嫌なことは許せてこその友達だからな。

 免罪符にするつもりはないが、極端に相手への迷惑を忌避するべきでもない。

 結局のところ、別の形で余計に迷惑をかけて終わりだろうからな。


「そうだな。限度こそあるだろうが、親しいなら当たり前だよな」


「ええ。友達ではなくて使用人だけど、私も同じよ」


「そうだね。私だってフェミルだって、リオンに迷惑をかけることもあるよ」


「確かにね。人生を預け合うんだから、当然のことよ」


 いずれはフェミルとも結婚をするわけだからな。完璧を目指しては、絶対に破綻する。

 配慮を忘れるつもりはないが、ある程度は諦めるべきだよな。

 俺だって、ディヴァリアやフェミルに多少の問題があったところで、受け入れるんだから。


「そうだな。それに、そもそも全く迷惑をかけないなんて、できないものな」


「ええ。リオンが私を雑に扱わないってことは分かるわ。だから、大丈夫よ」


「うん。お互いを尊重できる関係に、きっとなれるよ」


 ディヴァリアから出てくる言葉とは思えない。

 どちらかというと、上から支配を押し付ける人間だったからな。

 原作と比べても、昔と比べても、ぜんぜん違う人になったよな。

 俺としては嬉しいから、良い変化だと思って良いはずだ。


「フェミルとディヴァリアも、俺から見ればうまくやっていけそうだな」


「リオンが選んだ相手なんだから、当然よ。あなたの使用人なのよ?」


「私は、リオンを大事にしてくれる相手とは仲良くできるよ」


「リオンが基準なのね。でも、だからこそ仲良くできそうだわ。大切なものは同じだから」


「そうだね。フェミルは、少なくともわざとリオンを傷つけたりはしない。そう信じられるから」


「嬉しいわ。私の本心が伝わっているようで。リオンになら、すべてを捧げられるのよ。私はね」


 以前も似たようなことを言っていたな。

 確か、俺になら殺されても良いとまで思っているとまで言われた。

 そんな相手を軽く扱いはしないよな。ありがたいことだ。

 いくら命の恩人だからって、簡単にすべてを捧げられはしない。

 恩を仇で返すような人間だって、珍しくはない。


 だからこそ、救った相手がフェミルで良かったと思える。

 俺を大切にしてくれて、俺にとっても大事な相手で。

 間違いなく、命をかけるだけの価値はある人だった。

 帝国との戦争なんかで死ぬべき存在じゃなかった。


 フェミルはディヴァリアが仕向けた戦争での被害者なんだよな。

 今が幸せそうだから、大丈夫だとは思うが。

 故郷に大切な人が居たりはしなかったのだろうか。

 結局は、自作自演のようなものでしか無いのだろうか。


 とはいえ、真実を明かしても誰も得をしない。

 秘密を抱える苦しさはあるが、耐えるべきことだろう。

 フェミルがディヴァリアに敵対すれば、エリスごと死んでしまいかねないのだから。


「ありがとう。でも、フェミル自身の幸せだって大事なことなんだからな」


「ええ。そんなリオンだからこそ、大切に思っているのよ。私とエリスを本気で心配してくれる人間は、リオンだけなんだから」


「リオンは優しいよね。恋人としては、少しだけ思うところもあるけれど」


「そうよね。女ばかりと仲良くして。でも、性欲に支配されてってわけじゃないからね」


「うん。仮にフェミルの言うような人だったら、好きにはならなかったよ」


「使用人なんて、手を出すのにちょうど良い相手なのにね。でも、何もしない人だから」


 当時から、ディヴァリアのことが頭の片隅にあったのだろうな。

 想い人がいる状態で、他の女に手を出すことが嫌だったんだと思う。

 俺は聖人君子ではないから、性欲だって感じていたのだし。

 ノエルもユリアもフェミルも、みんな綺麗だったり可愛かったりするからな。

 よく我慢できたものだ。自分で自分を褒めたいくらいだ。


「結構頑張って我慢していたんだぞ。ユリアとノエルは特に押しが強かったからな」


「大好きだって、全身から表現していたものね。私が男なら、間違いなく手を出していたわ」


「一緒にお風呂に入っているんだよね。それでも何もしないなんて、すごいよね」


「リオンのお父様から聞いたの? あれは、大変だったわよね」


「ユリアやノエルは裸でも平気で抱きついてくるから、結局フェミルにばかり頼んでしまったな」


「ああ、やりそうだよね。話を聞いていると、よく我慢できたなって思うよ」


「そうよね。他の男だったら、絶対3人とも抱かれていたはずよ」


 流石に全員に手を出したりはしないんじゃなかろうか。

 それでも、ノエルとユリアの誘惑は危険だった。ディヴァリアの前で言うことでもない気はするが。


「フェミルも大変だったよね。1人だけ選ばれると、ちょっとしんどいからね」


「リオンには細かい機微はわからないものね。でも、結婚してからは聖女様も居るわけだから」


「私と一緒に、お風呂に入ろうね。リオン。ユリアやノエルも、混ぜてあげてもいいけどね」


「聖女様は寛大だわ。私なら、嫉妬してしまいそうだもの」


「仕方のないことだからね。使用人は、絶対に必要なものだから。立場上、理解はしているよ」


 一緒に風呂に入ることまで必要だったのか……?

 いや、分かっている。身の回りのことをさせて、仕事を生み出すのも大事なことだと。

 だからこそ、ユリア達の行動を受け入れようとしていたのだから。


「これからは、ディヴァリアを優先していくつもりだ」


「ありがとう。だけど、大丈夫だよ。ノエル達を使用人に勧めたのは、私だから」


「だけど、聖女様を一番に愛するのは大事よね。第一夫人なんだから」


「そうだね。でも、リオンはちゃんとやってくれるから。周りとの関係も、大事にしてほしいんだ」


「なら、私もよね。聖女様に好きになってもらえるように、頑張るわ」


「私もだよ。リオンの大切な人を、同じように大切にできるように。だから、リオンも私を大切にしてね?」

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