158話 祝福の始まり

 今日は王宮へと来ている。

 現状をミナに報告するとともに、王や宰相とも話をする予定だ。

 正直に言って、ミナ以外の相手とは関係ができていないからな。あまり楽しくは無さそうだ。

 まあいい。今後のためには必要な時間だ。しっかりやらないとな。

 ミナの騎士になるのだから、政治的な立ち回りだって必要になってくるはず。


「リオン、よく来てくれました。会話に花を咲かせたいところですが、今は難しいですね」


「仕方ないことですよ。戦争なんてことがあって、忙しくなるのは」


「余とて休む暇を見つけることは難しいからな。ミナの気持ちは分かっているつもりだが、今は許せよ」


「はい、お父様。わたくしとしても、王国の治安は大事ですから」


 治安は、ね。他のものは大事でもないのだろうか。まさかな。あの優しいミナだぞ。

 どう考えても民思いな人間なんだ。変な疑いは失礼だよな。

 これまで、どれだけ王国を支えてきた人かは分かり切っているだろう。

 クーデターでも、帝国との戦争でも、教国との戦争でも、力を尽くしてくれたんだ。


「平和でなくては、様々な状況で不利になってきますからね」


「そうですね。平和とは国の土台。あらゆる争いは、損失にほかなりません」


 まあ、ここで意味するのは競争ではないだろうな。

 実際問題、人が死ねば生産力が落ちる。争いに割かれる労力の分だけ、他の所に手が回らなくなる。

 そう考えれば、国が平和であることがどれほどの財産か。

 平和が当たり前の国で生きてきたからこそ、よく分かるんだ。


「余の力不足とはいえ、何度も国が乱れたからな。復興には手間がかかる。にもかかわらず、帝国と教国の支配にも手をかけねばならん」


「もはや言っても意味はありませんが、教皇の死によってアルフィラ教団はミナ様の支配下に置かれました。これでは、信仰に救いを求めるだけの人々は……」


 宰相はとても悲しそうだな。まあ、熱心な信徒なら仕方ないか。

 それよりも、ミナだ。サッドネスオブロンリネスの力があるとはいえ、よく教団を支配できたな。

 やはり、俺では遠く及ばないほどに優れた才を持っているのだろう。

 俺が同じ王族だとして、ミナに追いつくどころか、影を踏むことすらできないだろうな。

 そんなミナが、これから王になっていく。きっと素晴らしい未来が待っているはずだ。


「ミナ王女が、人々を苦しめるような采配を取るとは思いませんよ。信仰に依存するだけの人ならば、それは間違っています」


「勇者リオン……! あなたは、信仰を弱者の逃げ道だと言うのですか!?」


「それこそ、本人次第でしょう。信仰の道から力を得るもの。信仰に逃げるだけのもの。何もかもが違いますから」


 実際、信仰自体が悪いものだとは思わない。信仰を言い訳にすることは悪だと思うが。

 信じることによって生きる活力を得る人の希望を奪うつもりはない。

 ただ、女神アルフィラは俗世のことに興味が薄いように見えるからな。

 アルフィラの名前を都合よく使おうとするものには厳しい目を向けてしまう。

 教皇ミトラのように、私欲のために信仰を利用しているように見えるから。


 そもそも、信仰を見返りのために行う感覚は理解し難いんだよな。

 前世からつちかってきた価値観だと、自分自身への誓いのために信仰するというイメージが有る。

 自分自身の手で努力して、それを見守ってもらいたいと思うべきというか。

 女神が実在する世界では、アルフィラ本人の感覚次第ではあるのだが。


「あなたの考えはよく分かりました。人は自らの足で立つべきだと、そう思っているのですね」


「そうですね。女神を否定すべきとは思いませんが、よりかかるのは論外かと。いたずらに女神に負担をかけるべきではありません」


「……なるほど。共感はできませんが、納得はできます。勇者として、自らの手で戦ってきたがゆえの考えなのでしょう」


 宰相は敵意のようなものを飲み込んだようだ。

 ここで自分を制御できるからこそ、宰相の立ち位置にまで上り詰められたのだろうな。

 ただ感情に振り回されるだけの人間ではないと、よく分かる。

 ミナの味方になってくれるのならば、心強いのだが。

 イエスマンばかりで固めるのが好ましいとは思わないからな。反対意見をしっかりと言える人間の存在は大事だ。


「リオンはいつでも、自らの力で試練を乗り越えてきましたからね」


「ミナ王女を始めとして、仲間達の支えがあったからこそです」


「人が力を貸そうと思うこと。それも才よ。ミナとて、同じ力を持っている」


 国王の考えは、アストライア王国のものからは遠いな。何かきっかけがあったのだろうか。

 原作ではミナは認められていなかった。純粋な力を持たないがゆえに。

 いや、思いつく理由はあるな。自分の力の限界を感じたのかもしれない。

 教国との戦争の前に、力に対する諦めのようなものが見えたからな。

 もしかして、ディヴァリアの力を知ったのだろうか。ならば、容易に納得できるのだが。


「確かに、ミナ王女には手を貸したくなる魅力がありますね」


「王として、最も必要な力だ。余が知ったのは最近であるがな」


 それでも、クーデターでの立ち回りを始めとして、乱れる王国をまとめ上げた実力がある。

 単なる凡人にはできなかった事だろうさ。まあ、俺の慰めなんて必要ないだろうがな。

 それよりも、ミナが王になったあとだな。俺だって支える1人になりたいのだから。

 今までのように、単に力を身につけるだけではダメなのだろう。

 だからこそ、今のうちに立ち回りの実力を上げておきたい。


「陛下が自らを卑下する必要はございません。アルフィラ様の導きがあったからこそ、今なお治世が保たれているのですから」


 まあ、宰相の言葉通りに優れた成果だ。王国が崩壊してもおかしくない状況だった。

 俺が戦っているだけの時間に、様々な働きをこなしてきたのだろう。

 間違いなく、尊敬すべき人間の1人ではある。過去にミナを追い詰めたことには、少し物申したいが。


「リオンは、状況が安定したらディヴァリアと結婚するのですよね。わたくしも、ささやかですが祝いたいと思います」


「聖女と、あなたがですか。勇者リオン。あなたは聖女を愛しているのですか?」


「もちろんです。結婚するのですから、愛し愛される努力をするのは当然でしょう」


「……そうですか。では、私も結婚の祝いの準備をする必要がありますね」


「めでたいことだ。救国の英雄と、慈悲深き聖女の結婚はな。国を挙げて盛大な式典を開かねばな」


 面倒ではあるが、勇者と聖女の名声を考えれば仕方ないよな。

 ミナだって、名高い人間と近しいと思われるメリットは大きいだろう。

 だから、しっかりと結婚式を成功させたい。俺とディヴァリアだけではなく、みんなのためにも。


「ありがとうございます。復興の象徴になれるように、努力しますね」


「良い考えだ。これから前を向いていくアストライア王国の慶事にふさわしいであろう」


「リオンとディヴァリアの結婚式は、わたくしも楽しみです。ただの友人としても、王女としても」


「聖女ディヴァリアの活動を考えれば、大勢が祝う場にするのが良いでしょうね」


 孤児や娼婦といった社会的弱者に愛されるディヴァリアだからこそ、結婚式は開かれたものの方が良いだろうな。

 俺の勇者という称号も、国のために力を尽くしたと考えれば、ディヴァリアと似ている部分はある。


「リオン、あなたとディヴァリアが結ばれること、我が事のように嬉しいです。わたくしの全霊をかけて、素晴らしい式にしますからね」


 ああ。俺としても、ミナの力になる結婚式を目指すよ。

 それが、これまで俺を支えてくれた恩返しの、第一歩になるだろう。

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