157話 進む準備

 今日は久しぶりに孤児院へとやってきた。ディヴァリアと一緒だ。

 やはり、落ち着いた気持ちになれる場所だよな。エルザさんの穏やかさがあってのものだと思うが。

 エリスとも会いたかったし、ちょうどいいよな。

 これから忙しくなると、しばらくは来られないかもしれないし。

 ディヴァリアの計画次第ではあるが。結局のところ、何を狙っているのだろうな。


 まあいい。今は孤児院での時間を楽しもう。

 シャーナさんが教えてくれないあたり、聞かないほうが良いのだろうからな。

 そのあたり、とても信頼している相手だから。


 建物の中に入ると、エリスが飛び込んできた。抱きとめると、頬ずりをしてくる。

 やはり、強くなつかれているな。嬉しくはあるが、少し心配だ。

 なんというか、エリスの世界は少し狭いものなんじゃないかって気がする。

 子供の世界は狭いものだと言われれば、納得する範囲ではあるのだが。


「お兄ちゃん、ようこそ。まってたよ」


「ああ。お前と会えて、嬉しいよ」


「リオンさん、聖女様、よくいらっしゃいました。いろいろと噂は聞いていますよ」


「私もリオンも、大きく活躍しましたからね」


 よそ行きのディヴァリアは、久しぶりに見る。

 こうして敬語を使っているディヴァリアを見ていると、懐かしいような、違和感があるような。

 聖女としての顔は、いま見ている姿なのだが。普段の話し方や顔とは違うよな。

 今は優しそうな雰囲気を出している。普段は、もっと落ち着いた様子だな。

 まあ、人前で猫をかぶるのは当たり前ではあるのだが。それでも、変化の度合いが大きい気がする。


「お兄ちゃんが、わるい教皇をやっつけたんでしょ?」


「そうだな。王国を攻めてくる敵だったからな。お前達のためにも、頑張ったよ」


「聖女様との結婚式のためにも、ですよね。私達の未来にも関わる話ですから」


「そうですね。この孤児院でのエルザさんの仕事は、誰かに引き継いでもらう予定です」


「実際、もう準備は進めているんですよね。仕事のあれこれも教えていますよ」


 だとすると、これからエルザさんはどうするのだろう。

 なにか別のことをする予定だから、孤児院での仕事をやめるんだよな。

 そうなると、いったい何がある? 気になってきたな。


「エルザさんは、孤児院をやめてからどうするんだ?」


「聖女様と話をしまして。リオンさん達の子供の面倒を見させていただきます」


「エルザさんなら、信用できますからね。子育てに不慣れな私達を、支えてくれるでしょう」


 まあ、実際のところ、貴族の子供は完全に夫婦で育てたりはしない。

 ノエル達に任せることも考えていたのだが、エルザさんのサポートもあった方が心強いか。

 いちおう、使用人達とは知り合いだから、関係の面でもちょうどいいだろう。

 エルザさんを信頼できるというディヴァリアの言葉に異論はない。

 俺としては、安心して任せることができる相手だ。


「俺もエルザさんなら賛成だ。頼りにさせてもらう」


「ありがとうございます、リオンさん。あなたの望む子に、育ててみせますね」


 エルザさんは穏やかな顔だが、ほんの少しだけ怖さを感じた。

 俺の望む子ということは、子供当人の望む未来ではないのだろう。

 エルザさんの過去を考えたなら、おかしなセリフではないと思えてしまう。

 暗殺者が育つような環境なんて、意志をねじ曲げるものとしか想像できないからな。

 まあ、ゆっくりとお互いに理解を深めていけば良い。


 実際問題、貴族としての役割がある以上、完全にのびのびとは育てられないからな。

 うかつな領地運営をして民の生活を悪くするなど論外なのだから。しっかりと教育を施す必要性は理解できる。

 そのあたりもふまえて、ディヴァリアやエルザさんと話し合うことになるだろうな。


「エルザさんに育てられた子なら、きっと健やかに成長してくれるだろうな」


 孤児院の子ども達の笑顔を思えば、そう外れた考えではないはずだ。

 先ほどの不安だって、大きな問題として表面化するとは思わないからな。


「私達だって育てるんですからからね、リオン?」


「もちろん分かっているよ。父さんと母さんのように、しっかりと子供を愛したいからな」


 俺が今幸せである大きな要因として、父さんと母さんの存在は欠かせない。

 だから、俺だって同じような親でいたい。難しいかもしれないが、努力していこう。

 割と結構な頻度で茶化してくるところだけは、困った両親だと思っているが。


「聖女様とリオンさんに愛されるのですから、素晴らしい子になるでしょうね」


「まあ、まだ気が早いけどな。結婚式だってまだなんだから」


「エルザさんも、私達の結婚式には招待しますからね。大切な友人なのですから」


「ありがとうございます。お2方の想いで、心が満たされるようです」


 エルザさんは本当に嬉しそうで、絶対に素晴らしい結婚式にしたいと感じた。

 そういえば、エリスのことはどうするのだろうな。エルザさんの後任に引き継ぎが終わった後も、この孤児院に居るのだろうか。


「お兄ちゃん、エリスもおいわいしたいよ」


「もちろん、エリスも来てくださいね。フェミルさんだって誘うつもりですから」


「ありがとう、エリス。お前が祝ってくれるなら、とても嬉しいよ」


「だいすきなお兄ちゃんだから。あたりまえだよ」


 相変わらずギュッと抱きついてきて、癒やされる。

 妹はノエルの役割ではあるが、似たような感情を持てる相手だからな。

 ずっと甘えてくれて、可愛いばかりだ。帝国との戦争も、悪いことばかりではなかったな。

 フェミルやエリスと出会えたのは、戦争があったからこそなのだから。


「エリスには、私達の子供のお姉さん役を任せてもいいですね」


「お兄ちゃんの子どもなら、エリスだいすきになるよ」


「なら、お願いしたいな。エリスなら、きっと良い姉になってくれるだろう」


「ふふ。リオンさんの子供は大勢になるでしょうし、孤児院に比べても退屈はしなさそうですね」


 まあ、結婚相手の多さを考えればな。今の調子だと、親しい人はだいたい奥さんになりそうだ。

 どういう形で子ども達を育てるのが良いのだろうな。家督の継承とか、家どうしの関係とか、考えることは多そうだ。


「私とリオンの子供が、一番人数が多いんですからね、リオン?」


「授かりものだから、絶対とはいかないだろうけどな。努力はするよ」


「聖女様とリオンさんの子供は、さぞ可愛らしいのでしょうね。つい、期待してしまいます」


「妹と弟がいっぱいになりそうで、エリスうれしいよ」


 結婚した後も、大変なことは多そうだな。

 でも、今までの苦労よりはよほど素晴らしいものになるだろう。

 俺だけではなく、親しい人とも一緒に乗り越えていけるはずだ。

 だから、きっとうまくいく。そう信じられる。


「エルザさんの役割は乳母になる可能性もありますね。ね、リオン?」


「聖女様、ありがとうございます。望外の喜びでございます」


 つまり、エルザさんとの間にも子供を作れと?

 嫌ではないが、ディヴァリアもすごいことを考えるな。

 というか、子供の順番はどうするつもりなのだろうか。

 乳母にしようと思うと、なかなか面倒な事態が考えられるが。


「ディヴァリアとの子供が一番になるようにすると、なかなか難しいんじゃないか?」


「私の家にも、リオンの家にも、乳母の役割をこなせる人間はいます。ですから、おいおいですね」


「リオンさんと聖女様の子を育てる日が、本当に待ち遠しいです。私は幸せ者ですね」


「エリスだって、ふたりの子どものお姉ちゃんになるの、たのしみ!」


 俺達の子供は、今から歓迎される準備が整っているな。

 子供には、俺にとっての父さんと母さんになれるように頑張ろう。

 まだ未来の話ではあるが、心構えだけでもしておかないとな。

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