124話 灰の狼

 七色の杖を討ち、さらに王城を進んでいく。その先には、次の敵がいた。灰色の髪をした、大柄な男。

 さて、何者だろうか。これまでに言及された相手ではあるのだろうが。

 誰であろうが打ち破ることには変わりない。それでも、できるだけ楽がしたいところだ。

 皇帝を相手にするのは俺だけらしい。つまり、俺の消耗をどれほど抑えるかが鍵になるはず。

 まさか、俺を追い詰めたいわけではないだろうさ。今の戦術を提案したシャーナさんだってな。


「灰の狼だね。ユリアちゃん、出番だよ」


「分かりましたっ。なら、殺しますねっ」


 確か格闘術の達人だったか。なら、どうやって敵にユリアの剣を当てるかの勝負になるな。

 おそらくは、ユリアの情報を敵は知らない。そもそも敵は皆殺しにしてきたから、どんな顔かすら持ち帰れなかったはずだ。

 いちおう、剣聖という称号をディヴァリアが与えはしたが。だからといって、心奏具の能力は分からないだろうさ。


 まあ、そもそも普通は剣に切られたらおしまいなのだが。

 とはいえ、どんな能力を敵が持っているか次第だ。ユリアの剣が当たれば良いのは変わらないだろうが、俺の剣の有効度も変わる。

 武術の達人だというのだから、ただの剣技では難しいかもな。

 だからこそ、俺とユリアの連携が大事になってくるはずだ。


「……来たか。七色の杖が倒されたのは知っていた。その実力、存分に見せてもらおう」


 さて、どこで七色の杖の情報を知ったのだろうな。連携されているのなら、一度に襲われているはずだが。

 どう考えても、俺達に戦力を集中させれば勝てると思うだろうし。

 まさか、負けるために行動するはずもあるまいし。一匹狼が多いのか?


「さっさと殺しますっ! 因縁れ――ホープオブブレイブ!」


 俺も剣と盾を構えると、敵は即座に突っ込んでくる。

 盾で防ぐと、そのまま盾を掴まれた。右手の剣を振り下ろすと、敵は避けて盾を離す。

 なるほどな。これまでの敵とは何もかもが違う。盾の防御力に頼るのは難しそうだ。

 おそらくは、敵は盾を奪うなり俺を投げ飛ばすなりを狙っていたはずだからな。

 だから、慎重な立ち回りが必要になる。安易な行動をすれば、俺もやられかねない。


「ユリア、気をつけろよ! 思っていたよりやっかいだ!」


 シャーナさんに名前を挙げられない程度だと思っていたが、慢心だったな。

 だが、もう気は引き締めた。ユリアだって一緒にいるんだ。負ける訳にはいかない。

 どうやって勝てば良い。心奏具は使えるのだろうか。使えるとして、どんな能力だ。

 情報を集めていきたいな。うかつな行動をすれば危険ではあるが。


「分かりましたっ! しっかり切り捨てますっ!」


 言葉は過激だが、しっかりと警戒している様子だ。

 やはり、腕を上げたな。知り合った頃のユリアだったら、普通に突っ込んでいたはずだ。

 剣聖という称号に見合う強さを手に入れているのだと、とても感じる。

 心奏具の力あってのものではあるが、大抵の剣士を殺せる存在だからな。

 俺よりも近接戦闘では強いだろうな。だからこそ、今は頼りになる。


「2人がかりか。実力に自身がないのか?」


「そうかもな。俺は誰かに頼らなきゃやっていけない弱い存在だからな」


 安い挑発を流しているのもあるし、本音でもある。

 俺が1人で皇帝に挑むという事実に、つい緊張しそうになっているからな。


「そっちこそ、勝てないと思っているから挑発してるんじゃないんですかっ?」


 ユリアもだいぶやる。相手の挑発に乗らず、むしろやり返すなんてな。

 やはり、だいぶ場馴れしてきたよな。頼りになる使用人だことだ。

 初めて出会ったときの弱々しさからは考えられないよな。

 こういうところでもユリアの成長を実感できて、嬉しくなる。


「挑発か。だが、乗ってやろう」


 敵はユリアに向かって駆け出すが、俺もエンドオブティアーズの剣を伸ばして牽制する。

 かわされて、ユリアに殴りかかられるが、ユリアは見事に対処していく。

 相手の拳を避け、剣で反撃して動きを制限して、また敵の攻撃を避ける。

 その間に俺も近づくことに成功し、完全に2対1になる。


「ユリアにばかり任せられないよな!」


 俺も敵に切りかかっていき、それでも敵を捉えきれない。

 やっかいなものだ。俺とユリア、どちらか1人では勝てなかったかもな。

 だが、さしたる問題ではない。結果として勝てるのならば、それでいい。

 七色の杖にだって、ノエルの協力がなければ勝てなかったんだ。

 俺が活躍するかどうかなんて、本当に些細な問題だからな。


「リオンさん、いきますよっ!」


 ユリアが剣を振り下ろし、それを避けたところに俺が突きを放つ。

 またかわされるが、今のところ反撃には移られていない。

 さて、このまま勝てるだろうか。ユリアの剣を当ててしまえば勝ちではあるが、当たるかどうか。

 俺がサポートしたいところだよな。ユリアよりも戦いに慣れているつもりだからな。


 何度も攻撃を繰り返していると、敵は反撃に移りだした。

 俺の方をめがけて攻撃しており、都合がいい。

 うまくユリアが攻撃を当ててくれれば、それだけで勝てるからな。


「さあ、来い!」


 俺に集中してくれれば楽だと思いながら声を出す。

 敵は激しく拳や足を放ってきて、まさに獰猛どうもうな獣のようだ。灰の狼と言われるのも納得だな。

 だが、盾で受けたりかわしたりしながらなんとか凌ぐ。

 ときおり反撃するが、どれも避けられてしまう。


「リオンさんの邪魔はさせませんっ!」


 ユリアが切りかかっていき、かわされる。

 そのまま敵は反撃に移っていく。俺がユリアをかばおうとするが、間に合わない。

 拳がユリアに直撃し、彼女は吹き飛んでいく。


「きゃあああっ!」


 このままではまずい。急いで敵に攻撃を仕掛ける。絶対にユリアに追撃されないように。

 悲鳴を上げていたから、まだ息はあるはずだ。だから、ここで倒さなければ。

 ユリアの様子を確認している余裕はない。焦りが襲いかかってくる。本当にユリアは無事なのか。

 分からない。分からないが、それでも灰の狼を討ち取らなくては。


 エンドオブティアーズの剣も盾も攻撃に利用していく。

 剣は振ったり突いたりして、盾は拡大の勢いを利用して、厚みを増しつつ殴ったり側面を伸ばして攻撃したり。

 どれもかわされていくが、一度チャンスが訪れる。

 敵はこちらに反撃を仕掛けてきて、盾をつかもうとする。そのタイミングで盾を小さくしたら、敵は体勢を崩した。


 そこで、エンドオブティアーズで切りつけていく。間違いなく当たる。そう確信した。

 だが、直撃したはずなのに、まるで敵は傷を負っていない。


「ははは! 滑稽だったよ。俺には剣など通じないと知ら――」


 上機嫌に話していた敵を、ユリアが切り捨てていった。


「残念でしたねっ。私に切れないものなんて、リオンさんくらいなんですよっ」


「ありがとう、助かったよ。ところで、大丈夫か?」


「ユリアちゃん、戻ってきて。シルクちゃんに治療させるから」


 ルミリエの言葉と同時に、フェミルがやってくる。


「ユリア、あなたどうせ無理をするんだから。ちゃんとリオンを安心させてあげなさい。大丈夫。リオンは勝つわ」


「……そうですねっ。リオンさん、では、帰りますっ。絶対に、無事に帰ってきてくださいねっ」


 ユリアは顔に出していなかったが、ルミリエがすぐに呼び出すあたり、重症なのだろう。

 だが、心配はしていない。シルクならば絶対に治せるからな。

 ノエルもユリアも帰っていった。その分の思いも受け継いで戦うだけだ。

 さあ、次の敵は誰だろうか。おそらくは、シャーナさんが名を挙げた敵になる。

 つまり、これまで以上の激戦が待っているはずだ。なんとしても、みんなを傷つけずに勝ってみせる。

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