121話 向けるべき刃
俺達は帝国との国境までやってきていた。壁のようなものが立っているな。万里の長城ほどではないが、国境と分かる感じだ。
流石に警戒されているようで、兵士達がたむろしている。城塞のたぐいは避けてきていたが、それでも手間だろうな。
さて、どうしたものか。こっそり侵入することは相当難しそうだが。そうなると戦闘することになるのだが、問題は敵軍に情報が伝わることだ。
俺達が帝国に侵入したと知られたら、暗殺計画に差し障りが出る。
警戒を強められては問題だからな。そうなると、確実にこの場の人間を皆殺しにしたい。情報をここで遮断したいからな。
定時連絡などがあれば伝わるのだろうが、猶予ができるだけで行動の幅が大きく広がるからな。
とはいえ、どうやって敵を逃がさないのが良いだろうか。シルクがいれば簡単だったのだがな。
「リオン、うちに任せておけ。実力を見せるいい機会じゃろ」
シャーナさんが前に出る。そのまま空へと飛び上がり、詠唱を始めていく。
「冷厳なる峰、凍てつく大地、灯りすらも静止する、世界よ砕けろ――エバーフロスト!」
そのまま、俺達から見える範囲の兵士達は全て凍りついていった。
だが、ここからどうするのだろう。今のまま放っておいても良いのだろうか。
まあ、兵士が全滅していれば、どうせ気づかれるか。建物まで凍りついているわけではないから、十分か。
ああ、だから凍らせていったのか。例えばディヴァインカラミティなら、近くにある建物ごと壊れていくだろう。
そうして、すぐに異常に気づかれてしまう。流石に、この辺り一帯が警戒されるのは厳しい。
俺達が帝都まで侵入できてしまえば、ここの問題が知られても良いんだ。
さて、俺達は今から敵に事態が判明するだけの間にどれだけ動ける?
帝都にたどり着いてしまえば関係ない。別の方向へ移動できても、大筋では大丈夫なはずだ。
東からの侵入者だと思われているのなら、西にたどり着いてしまえば発見されづらいだろう。
「これからどうする? 何かいい案はあるか?」
「今のところは、国内の警戒はさほどでもないかな。こっそり動く分には、どんな手段でも良いと思う」
なるほどな。だが、それが一番難しいんだよな。あらゆる可能性から最良を選び抜かないといけない。
帝都に直進するのが良いか、大回りしていくのが良いか、あるいは帝国の中をいろいろ移動するか。
直進するのは、敵の死体が見つかるのと俺達が帝都にたどり着くのと、どっちが早いかという問題になる。
流石にここの問題が見つかったら、まっすぐ帝都へ向かう道くらいは遮断してくるだろう。
だが、他の手段は時間がかかる。敵の死体が発見されて、どこまで広く警戒されるのかが勝負だ。
帝国全土を警戒まではしないと信じたい。だが、希望的観測だからな。
内部に協力者がいれば話は早いのだが、俺にはツテがない。
「どうするのが良いですかね。シャーナさんには何か案はありますか?」
「うちとしては、そのまま帝都に直進で良いと思う」
「なら、そうしますか」
「リオン、ずいぶんとシャーナ先生のことを信用しているのね?」
「そうですねっ。やっぱり、いろいろ教わっているからですか?」
「教師と生徒の禁断の関係だー! なんてね」
「シャーナ殿を信じる、特別な理由があるのでしょうか」
しまったな。シャーナさんだけに意見を聞けば、今みたいになるのは必然だ。
未来視について勝手に語る訳にはいかないし、どう説明したものか。
困ったぞ。これでシャーナさんと他の人の関係に問題が発生すれば、大変な事態だ。
「うちはこれまで何度もリオンに相談を受けておるからの。いつもの癖じゃろ」
「すまない。みんなの意見も聞くべきだったよな」
「ま、いいわ。あんたがあたし達を軽んじてるわけじゃないことくらい、分かるわよ」
「そうですねっ。リオンさんが決めた道に、どこまでも着いていくだけですっ」
「実際、シャーナ殿は頼りになりますからね」
「ノエルは難しいことは分かんないから、別に気にしてないよ」
助かった。正直に言って、いま不和が起きると困る程度ではすまないからな。
無事に帰ってからなら、俺がどれほど疑われようと構わないのだが。
とにかく、みんなの命に関係するミスは避けたい。
俺自身が生き延びねばならないことが、難しいところだよな。
誰かを切り捨てるつもりなど無いのだから、どうにか無傷で勝たなければならない。
「ありがとう、助かるよ。流石に、みんなの命を預かっていると思うと緊張してな」
本音だからこそ、ある程度はごまかせるだろう。
シャーナさんの未来視について知られれば、きっと問題が発生する。
本人だって大勢に知らせていない以上、俺の考えは当たっているはずだ。
だからこそ、慎重に行動したい。どんな問題なのかは分からないにしろ、しっかりとな。
「リオンお兄ちゃんは優しいよね。ノエル達は大丈夫なのに」
「でも、嬉しいですっ。大切にされてるって実感できますからっ」
「まあ、悪くない気分よね。それでも、あたしはリオンの力になりたいの」
「そうじゃな。うちも似たような理由じゃ」
力を貸してくれる人の存在は、とてもありがたいものだ。
俺1人では絶対に届かない目的がある以上、絶対に他者の力が必要だから。
それを抜きにしても、親しい人が俺のためを考えてくれるのは嬉しい。
だからこそ、受け取った喜びを全力で返したいんだ。
俺が1人で戦っていたら、いまごろ死ぬか折れていただろうからな。
「小生達に勇気を与えてくれたリオン殿だからこそです」
「ですよねっ。リオンさんの戦う姿が、わたしに希望をくれたんですっ」
「うんうん。みんなに優しいリオンちゃんだもんね」
「ありがとう。そこまで褒められると、むずがゆいな」
実際に俺がしたことと、彼女達の評価は見合っているのだろうか。
まあ、相手の気持ちを否定するのは論外ではあるが。
俺が助けた命だってあるのだから、全くの無から生まれた評価ではないんだ。素直に誇るべきかもしれない。
「お主が救ってきたものは確かにある。その流れを紡ぐためにも、皇帝に勝つぞ」
「リオン、あたし達だって全力で力になるわ。だから、心配しなくて良いわ」
「うんうん。私達の力を合わせて勝てない敵なんて、どこにもいないんだよ」
「リオンさんの敵なんて、全部殺してやりますっ!」
「そうだよ。リオンお兄ちゃんの敵なんて、この世界にはいらないんだから!」
ユリアとノエルの極端な過激さが、今は心を落ち着かせてくれる。
そうだよな。2人と同じ気持ちくらいでちょうどいいだろう。
俺の大切な人を傷つける人間をすべて殺し尽くしてでも、俺は未来を手に入れる。
生きてみんなと幸せな日々を過ごすために。もう決めた。仮に女子供が敵になろうとも、切り捨ててやるだけだ。
「絶対に勝とうな。俺達の手で、皇帝を討つんだ!」
「はい。小生も全力を尽くします」
「うちとて、この期に及んで見るだけのつもりはない」
「リオンちゃんがいてくれるなら、絶対に勝てるよ!」
「そうね。あたし達だっているけど、やっぱりリオンよ」
「リオンさんの敵は私の敵ですっ。だから、皇帝も殺しますっ!」
「ノエルだって頑張るからね。リオンお兄ちゃん、一緒に戦おう!」
心強い仲間がこれだけいる。だから、きっと勝てるはずだ。
油断は禁物とはいえ、自信を持てる状況だ。
さあ、向かうは帝都だ。あらゆる敵を薙ぎ払い、皇帝に刃を届かせてみせる。
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