111話 願いと約束
今日はディヴァリアと一緒に過ごすことにする。相変わらず俺の家だ。
帝国との戦争で死んでしまえば会えないし、ディヴァリアごと世界も滅ぶ。
そう考えると、急に顔を見たくなったんだ。もう、限られた時間かもしれないからな。
相変わらずキレイな銀髪に、澄み切った青い瞳。穏やかな微笑みも合わせると、本当に聖女に見える。
この顔も、しっかりと目に焼き付けておかないとな。俺には時間がないのだから。
もちろん、生き延びるつもりではある。そのために準備もしている。だとしても、不安は消えない。
本当にみんなを助けられるのだろうか。弱い俺が。そんな心に押しつぶされそうな瞬間もある。
「リオン、不安そうな顔してるけど、大丈夫?」
死ぬかもしれないと、言うべきなのだろうか。
お前が死ぬ未来が恐ろしいと、伝えるべきなのだろうか。
ディヴァリアは優しく手を握ってくれるけど、どうしても遠く感じる。
手のぬくもりを感じている。吐息すらも聞こえてきそうなほど近くにいる。
それなのに、星々に手を伸ばしているかのような気分になるんだ。
「どうだろうな。ディヴァリアの顔が急に見たくなったんだ」
「ふふっ、私を選んでくれて嬉しいな。リオン、ずっと一緒にいるからね」
今だけはということだろうか。これからもということだろうか。
問いかけることが恐ろしい。意気地なしだと自分でも笑える。
それでも、ディヴァリアの心に触れることを恐れている。
どこまで俺との時間を大切に思ってくれているのだろうか。本当は演技なのだろうか。
そう考えただけで、震えそうになってしまうほど。
情けない限りだが、自分で自分を制御できない。
ディヴァリアの死ぬ姿を見たからだろうか。俺が死ぬことを恐れているからだろうか。
自分の心に向き合うべきだと分かっていても、答えを知るのが怖い。
俺の弱さの根源が、今の感情のどこかにあるような気がするから。
「ありがとう。ディヴァリアがそばに居ると、安心できるよ」
「いいね、2人だけの時間も。サクラやミナ達、ノエル達だって一緒にいるのは楽しいけどね」
「ああ、そうだな。俺だってお前と居るのは楽しいよ。もちろん、他のみんなとも」
「ふふっ、リオンはみんな大好きだもんね。でも、今日は私と一緒だから」
ディヴァリアと2人きりだと、とても緊張する。
きっと、恐怖がどこかにあるのだろう。あくまで外道であるディヴァリアだから、何を考えているか分からないという。
それでも、俺を大切にしてくれているのだと信じたい。大切な幼馴染なんだ。ずっと一緒にいて、絆を紡いできたはずなんだ。
俺だって、ディヴァリアの心の中心にいるのだと思いたいんだ。
子供の頃から、ずっと隣にいた相手として。俺との時間を楽しいと思っていてほしい。
ディヴァリアが幸せを感じてくれているのならば、暴走の可能性は減るのだと信じているから。
俺がいないから世界を滅ぼしてもいいという考えが、本音なのだと信じたいから。
「ああ。2人きりというのは、緊張するな。今までずっと一緒だったはずなのに、おかしいよな」
「ふふっ、私だってドキドキしてるよ。確かめてみる?」
どうやって確かめるというのだろうか。茶目っ気にあふれる表情はとても可愛らしいものだが、心が読めない。
相変わらず、ディヴァリアの表情や言葉からは本心が見えてこないな。
確かに心はあるはずなのに、どうしても手が届かない。何をすれば触れられるというのだろう。
俺がずっと追い求めているものなんだ。ディヴァリアの心が解れば、大抵の問題は解決するはずだから。
俺はずっとそばに居ながら、幼馴染の本心に届いていない。
本当に情けない限りだ。ずっと導こうとしてきた相手の心を知らないままなんてな。
ディヴァリアの幸せだって、俺にとっては大切なもののはずなのにな。
相手の本音を知らないままで、どうやってたどり着くつもりだったのだろうか。
「ディヴァリア、俺をからかっているのか?」
「そうかもね。別に、心臓の音を聞いてもいいよ。リオンならね。私が生きているって証だから」
何も伝えていないのに、俺の心は知られているのだろうか。
それとも、不安を感じている相手への定番の回答としてだろうか。
どちらにせよ、ディヴァリアの心音なんて聞こうとすれば、胸に触れてしまう。
それを許す相手なのだろうか。いくら幼馴染とはいえ、セクハラと思われないだろうか。
きっと、ディヴァリアの生を確かめれば安心できるのは事実なのだろうが。
つい、ディヴァリアの胸元に視線が引き寄せられてしまう。
自分でも自覚できるくらいに露骨に見ている。大丈夫だろうか。嫌われやしないだろうか。
もう自分がよく分からなくなってきた。何がしたいのか、何を求めているのか。
ディヴァリアに生きていてほしいこと、大切な存在であること、道を誤らないでいてほしいこと。
みんな本音のはずなのだが、もっと大切なことがあるような気がする。
「大丈夫だ。俺は確かに不安だが、ディヴァリアに嫌な思いをさせてまで元気になりたくない」
「それなら、心配しなくてもいいのに。リオンなら、私に何をしてもいいよ」
だからといって、殺そうとしたら許さないよな?
いや、死んでほしい訳ではないのだが。ディヴァリアの許すラインがどこなのか分からない。
なんとなく、性欲のような感情を向けそうになっている俺がいる。
ディヴァリアは誰がどう見ても美人だろうから、ある意味では当然のことなのだが。
それでも、相手が相手だからな。簡単に変な感情を向けられない。
いや、抵抗しない相手なら良いわけではないか。
ノエルやサクラ、ミナ達や他のみんなだって、性欲を向けていい相手とは思えない。
誰もが俺よりも素晴らしい人達なんだ。本来は俺なんかが触れていい相手じゃないんだ。
分かっていても、親しい人のそばに居たくなってしまう。
ディヴァリア達がそばに居てくれる喜びを、もっと味わいたくなってしまう。
「何をしてもって、何でもか……?」
俺は何を口走っているんだ。もっと冷静になれ。
いくらディヴァリアが魅力的だからといって、相手は外道だぞ。
それに、相手を不快にさせる言葉だろう。親しき仲にも礼儀ありだぞ。
「ふふっ、私のどこに触れたいとか、ある? リオンなら、別にいいんだよ?」
ディヴァリアは可愛らしく小首をかしげている。
なにかの罠か? あるいはテストのたぐいか? まさかとは思うが、本音か?
どう考えても俺の頭はゆだっている。ディヴァリアの魅力に負けそうになっている。
それを見抜かれているのか? だとして、何のために今のセリフを?
「なら、手を握ってくれないか……?」
意識もしていないところから、勝手に言葉が出てきた。
手を握ってほしいって、どれだけ俺は不安だったのだろうか。
その不安の根源は何だ? やはり、絶望の未来か?
「もちろん良いよ。もう片方の手もってことだよね。私の手、あったかいでしょ」
確かに、繋がれたディヴァリアの手のひらからは、ぬくもりが伝わってくる。
それにしても、もう手を握られていたことを完全に忘れていたな。
ディヴァリアの手は小さくて、いかにも女の子って感じだ。
この小さな手のひらの上に、俺も乗っているのかもしれない。
それでも、そうだとしても、ずっとディヴァリアのそばにいたい。間違いなく俺の本音なんだ。
「ああ、暖かいな。ずっと、こうしていたいくらいだ」
「ふふっ、私も。ねえ、リオン。これからも、また今みたいな時間を作ろうね。約束だよ」
「ああ、約束だ」
この約束を守るためにも、絶対に生きのびなければならない。
俺はいつまで、ディヴァリアの隣にいられるのだろうか。
分からない。それでも、せめて少しでも長く、今みたいな時間が続くように。心から願っていた。
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