109話 たどり着くべき心

 なにか白い空間のようなところにいる。

 周りには何も見つからなくて、本当に真っ白だ。さっきの光景から考えるに、世界が滅んだ後だろうか。

 それとも、映像が無いから何も映っていないだけだろうか。

 どちらにせよ、シャーナさんが絶望の未来だと言っていた理由は十分にわかった。世界が滅ぶのならば、当然のことだ。


「いま見てもらったもので、お主が死んではならぬ理由は十分に理解できたじゃろう」


 理解できたどころか、ちょっと重大すぎて困っている。

 俺の命に世界の命運がかかっているというのは、まったく笑えない。

 もし俺が死んでしまえば、結局みんな死んでしまう。だから、どんな手段を使ってでも生き延びないといけない。

 そうしなければ、俺の大切なものを守ることはできない。俺の生から意味が失われてしまう。


 結局のところ、俺の命を軽んじるという考えは間違いでしかない。

 結果論なのかもしれないが、世界が滅ぶやり方はどう考えても正しくはない。

 だから、みんなのために生きるということを実行しないと。

 俺にとって大切な誰かが幸せでいてくれることが、俺の人生のすべてなのだから。


「よく分かりました。死んではいけない。誰でも同じ事を言うと思います」


「そうじゃな。だからこそ、うちはお主にすべてを懸ける。すべてを託す。未来のためにな」


 俺だって、同じ状況なら同じ判断をするだろうさ。

 だからこそ、シャーナさんの期待が重い。俺の肩に何もかもが乗っているのだから。

 そもそも、どうやって生き延びれば良いのだろうか。俺の死因は皇帝レックスに殺されること。

 つまり、帝国との戦争までに解決策を導き出さねばならない。

 ハッキリとしか時間制限がある。あの映像のみんなの姿からして、そう遠くはない。


「いつですか、戦争は。期限がハッキリすれば、目標を立てやすいのですが」


「言ってしまってはダメなのじゃ。うちの見た未来では」


 なら、聞くことはしない。シャーナさんだって本気で避けたい未来がある。

 だから、いま疑う理由はない。ある意味では、運命共同体なのだから。

 秘密を共有する仲間で、同じ未来を夢見る同志。それを信じなくて、何を信じるというのだ。


「そういえば、彼女は女神アルフィラなのですか?」


「そうじゃ。お主が生き延びれば、いずれ出会うこともあるじゃろう。先の話ではあるがな」


 女神に直接会う機会があるとはな。喜んで良い未来なのかどうなのか。

 まあ、これから起こるだろう戦争を生き延びなければ話にならない。

 死んでしまえば女神に会えないというのは、アルフィラ教の信者なら大変な反応をしそうではあるが。

 俺はそこまで信仰しているわけではないからな。良いことがあるのなら歓迎だという程度だ。


 それにしても、女神アルフィラが死ねばこの世界は滅ぶんだよな。

 とんでもない事実を知ってしまった。もし仮に女神を殺そうとするものが居るのならば、全力で止めなければならない。

 もう1つ気になるのが、感情が力になる世界だということ。心奏具も、心奏共鳴も、女神が望んだ力なのだな。


 そうなると、絆が大事だというのも、また感じ方が変わってくる。心奏共鳴がこの世界で最強とされる力だということも。

 女神が見たい光景が、絆を紡ぐ姿だというのなら。それはディヴァリアを許せないはずだ。

 だって、たった1人で最強となる存在なのだから。あるいは、世界を滅ぼさせないというのは建前の可能性だってある。


 まあ、いま考えるべき事は遠い未来の話ではなく、目の前にあるであろう帝国との戦争だ。

 俺は何をしていけば良いのだろうか。実力を上げることは当然ではあるだろう。

 他に、何がある? 周りに頼れというのはシャーナさんに言われた。それだけで足りるのか?


「女神アルフィラが実在するなんて、驚きでしたね。まあ、いまを乗り切るのが先ではありますが」


「ああ、そうじゃな。お主が死ぬことだけは、何があっても避けなければならん」


「ですよね。そのために、俺がすべきことは何かありますか?」


「お主が自分の心を理解すれば、道は開ける。じゃが、薄い可能性じゃ」


 俺の心を理解する? 俺以上に俺の心を知っている存在などいるとは思えないが。

 サクラに以前言われた、自分の心を誤魔化しているようなことだろうか。

 俺の大切なものはハッキリしているし、好きな相手だってハッキリしている。

 自分にウソをついているような心当たりなんて無いけどな。

 それでも、複数人に似たようなことを言われているのだから、ある程度は事実なのだろう。


 さて、どうすれば俺自身の心を理解できるのだろうか。

 いったい何を誤魔化しているのだろうか。まったく分からない。

 だが、みんなの未来がかかっているんだ。何が何でも見つけないとな。


「シャーナさんは、答えを知っているんですか?」


「うちから直接伝えても、お主は本心から遠ざかるだけ。結局はお主が自覚する必要がある」


 まあ、お前の本心はこうだと伝えられて、素直に受け入れるかどうかは怪しいよな。

 だから、きっとシャーナさんの判断は正しい。だからこそ、悩ましいのだが。

 俺以外の誰かに答えを求められない以上、俺自身と向き合い続けるしか無いのだろう。

 それで本当に答えにたどり着けるのか? どうしても焦ってしまう。

 世界の運命がかかっているんだ。そしてもっと大切な、ディヴァリア達の命だって。


 ディヴァリアとの出会いから、俺の人生は始まったようなものだ。

 どうにかして導けないかと工夫して、追いつくために努力して。

 良かったか悪かったかはともかく、俺の道を語る上でディヴァリアの存在は欠かせない。

 俺が紡いできた多くの出会いも、ディヴァリアがいたからこそなんだから。


 サクラだって、主人公だというだけでは会おうとは思わなかった。

 ディヴァリアを止めるための仲間を求めていたからこそ、主人公の力を必要としたんだ。

 ノエルだって、孤児院を開く計画がなければ、きっと出会えなかった。

 ユリアやフェミルは、戦争を引き起こされたからこそ知り合えた相手なんだ。


 俺の人生を語る上で、ディヴァリアの存在を外すことはできない。

 何もかもが影響を受けているのだから。外道でさえなければ、誰よりも信じられたのにな。

 大切な幼馴染で、ずっと一緒だったんだ。能力だって人格だってよく知っている。

 比較できる相手などいないほど強くて、あらゆる手段を実行できるほどに賢くて。

 だからこそ、俺からは遠く感じてしまう相手だ。幼馴染でなければ、関わることすらできなかっただろう。


 だが、ディヴァリアの存在と俺の心に関係はあるのだろうか。

 サクラやミナ達、あるいは他の誰かという可能性は?

 本当に難しいんだな。自分の心を知るということは。


「難題ですね……時間がかかりそうです」


「じゃろうな。だが、それでいい。簡単に、自分の本心など理解できんよ」


 そういうものだろうか。

 まあ、戦争で生き延びるためには周りの協力も、俺自身の実力を伸ばすことも必要だ。

 それらと並行で、俺の心と向き合っていかないといけないのだろうな。

 大変ではあるが、絶対に必要なことなんだ。逃げる訳にはいかない。


「分かりました。理解できるように頑張りますね」


「ああ。お主が自分と向き合い続けることで、いずれ本心に出会える。その瞬間こそが、運命の分岐点になるだろう」


 俺の心が運命を決める。大変なものを背負ってしまったな。

 だが、絶対に投げ出すことはできない。俺の望みは大切な人の幸福。みんな死ぬ未来など、許せるはずがないのだから。


 俺が生きるため、みんなの幸せのため、絶対に勝ってみせる。死の運命に。

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