101話 変えられた未来1

 意識が浮かび上がると、自分の体を感じなくなった。

 なんというか、映像の中に入り込んでいて、自分ではなにもできない感じか。

 記憶はハッキリとある。シャーナさんの心奏具を受け入れていたはず。

 つまり、これはシャーナさんの能力の影響。なにかは分からないが、見せたいものがあるのだろう。

 今見ている光景は、戦いのようなことが起こっているものだ。


「どうじゃ、今見せている状況は? 正確には、起こるはずだった出来事。お主の言う原作じゃ」


「そうなんですか? だとすると、いつの出来事なんでしょう?」


 自分でもどうやって声を出しているのか分からないが、とにかく話せることは分かった。

 これなら、シャーナさんにいろいろと質問できるな。それにしても、原作か。王都らしき場所が見える。つまり、今見ているのはミナの起こしたクーデターか?


「これは、えっと、その……」


「お主が気遣っていることは分かる。ここでの会話は誰にも聞かれん。お主もうちも、何を言ったところで問題にはならん」


 うちも、ということは何か聞かせたい事があるのかもしれない。俺が聞きたいことは映像を見ていれば分かりそうだから、質問しなくてもいいかもしれないが。

 シャーナさんの伝えたいことはなんだろうか。もしあるのなら、しっかりと聞いておきたいが。

 俺としては、シャーナさんの期待に応えるつもりで居るからな。なにか秘密を共有するくらいなら、問題にはならない。


「なら、これはミナの起こしたクーデターなんですか?」


 王都の至る所に死体が転がっていて、建物もほとんどが壊されている。恐るべき暴虐だ。

 ミナ自身に戦う力はなかったはずだから、これだけの破壊をできる手駒を集めたことになる。

 戦闘能力ばかりが重要視されるアストライア王国で、十分な軍勢を指揮できる手腕。やはり、ミナの才能は凄まじいよな。


「ああ、そうじゃ。お主の力によって回避された出来事。今見ただけでも分かるだろう。お主がいなければ、王都はボロボロ程度では済まなかった」


 まあ、マリオのクーデターでは、王城の人間以外にはそこまで犠牲は出なかったからな。

 今見ている光景を考えれば、大きく犠牲が減ったという言葉には納得できる。それでも、マリオは死んだのだがな。

 本来の原作ではヒーローになれていたであろう存在だったのだが。


「なるほど。そういう意味では、ミナのクーデターを防げたのは、良かったのかもしれませんね」


「ああ、間違いない。リオン、お主がこの世界にいたからじゃ。他の誰にも、ミナを救うことはできなかった」


 そこまでのことだろうか。誰も救おうとしなかったが正解なのではなかろうか。

 まあ、ミナを救えた結果だけがあれば良いのだが。今のあいつは幸せそうだから、それで良いはず。

 結局のところ、原作でミナを認めようとしない人が多かっただけだよな。今では大勢が認めているのだし。

 俺が特別だったわけじゃない。たまたま近くにいただけなのだろう。


「それで王都がここまで酷くならなかったのなら、嬉しいですけど」


「お主は自分が思っているよりも、大きなことを成し遂げているのじゃ。うちが保証してやる。信じてくれ」


 信じてくれと言われてもな。結局ディヴァリアを止められない俺に、どれほどの価値があるというのか。

 ユリアの故郷だって俺が奪ったようなもの。フェミルが戦う羽目になったのも、俺のせい。

 結局のところ、俺の出した成果なんて大したものじゃない。みんなを傷つけて、その上の幸福に立っているだけなんだ。


 ユリアもフェミルも、自作自演で好かれたようなもの。俺に感じてくれている恩なんて、そもそも俺がいなければ問題なく過ごせたはずの未来を奪った上のもの。

 今の俺の出した結果を、誰に対して誇れるというんだ。俺が巻き込んだだけの人がたくさんいるのに。


「分かりました。信じます。シャーナさんの言う事ですから」


「うちに隠し事はできんぞ。だからこそ、お主をここへと招いたのだから。リオンの存在は、うちの望む未来には欠かせないのだから」


 そうか。未来で俺が疑った事実が明らかになれば、逆説的に今の俺は信じていないことになる。

 なるほどな。シャーナさんにウソをつくつもりならば、一生隠し続けるつもりでないといけないのか。

 そこまでしてシャーナさんにつきたいウソなんて、俺にはあるか?

 できることならば、隠さずに済むことは隠したくない。俺自身が罪悪感を抱えないためにも、みんなに真摯で居るためにも。


 それにしても、シャーナさんの望む未来とは何だ? 俺が必要というのは、どんな役割でだ?

 シャーナさんの役に立てるのなら、それは嬉しい。だが、俺に大層なことができるとも思えない。

 可能性としては、俺に自信を持たせるためだけにウソをついているのかもしれないのだから。

 それはそれでシャーナさんの優しさではあるが、そもそもなぜ俺に。

 未来視の魔女ほどの人が俺を求める理由は何だ? いまさらではあるが、大事なことな気がする。


「何で俺が欠かせないんですか? そこが分からないと、納得できません」


「お主がディヴァリアと絆を紡いだからじゃ。人の心を持たぬ存在を、人へと引き戻したからじゃ」


 確かに今のディヴァリアには人間味がある。だが、それに何の関係があるのだろう。

 人の心を知ったからといって、結局のところ外道のままなのに。

 戦争を引き起こすほどの人間であることには変わりはない。それでも、心の存在は大事なのだろうか。

 俺としては、今のディヴァリアの方が圧倒的に好きだが。シャーナさんには関係のない話だろうに。


 ディヴァリアが出した犠牲の数を考えれば、殺したほうが世のためになる人であることは疑いようがない。

 それでも俺はディヴァリアを死なせたくない。大切な幼馴染だから。そんな情はシャーナさんには無いはずだろうに。


「だからといって、俺の存在が必要になる理屈が分かりません」


「ああ、分かっておる。だから、いまの状況を作ったのじゃ。うちの心奏具が映す光景を見せているのじゃ」


 なら、いま目の前にある光景に集中すればいいのだろうか。王都の人間がしらみつぶしに殺されていく映像に。

 ずいぶん記憶が薄れていたが、原作のミナは俺が想像していたものの何倍も残酷らしい。

 クーデターを起こしたことは覚えていたが、ここまで強い意志で皆殺しにしていくとは考えていなかった。


 いま見ているものを考えれば、俺の友達であるミナがどれほど優しいことか。

 民のためを思い、しっかりと良い国にする道筋を考えている。サッドネスオブロンリネスによる監視も、反発するだけのものを殺すためには使わないだろう。

 歴史上の独裁者のように、反対意見を持つものを始末するなんて、今のミナからは考えられない。


「俺が原作から良い未来に変えたって言いたいんですか? だけど、俺は……」


「ああ、分かっておる。お主はディヴァリアを変えたくて、それでも変えられなくて悩んでいることは知っている。だが、うちはリオンを評価しているのじゃ」


「いったいどこを? 俺は弱いままで、多くの人を切り捨てて、ディヴァリアを変えられない……!」


「それを、今から見せる光景とともに伝えていくのじゃ。だから、しっかりと見ておけよ」


 視点が徐々に移り変わっていき、やがてミナへとたどり着いた。王城の玉座の間だ。

 冷徹な笑みをしているミナは、人々が死に絶えている光景に満足そうだ。

 そんなミナのもとに、サクラとマリオがやってきていた。

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