90話 突然の問題

 今日はサクラと一緒に孤児院へ来ている。

 サクラに誘われたことがきっかけだ。めずらしい機会だよな。まあ、ディヴァリアの孤児院を大切に思ってくれているのなら、ありがたいことだ。

 俺としては、エルザさんとエリスが気になる。親しい人は2人くらいだからな。


 もちろん、他の子供達も大事ではあるのだが。それでも、身内とまで思えるのはエルザさん達だけだ。

 ノエルも大切だったのだが、今では俺の使用人として一緒にいるからな。


「ようこそ、リオンさんにサクラさん。歓迎します。子ども達と遊んでくださると、嬉しいですね」


「ああ、構わない。というか、ここの子はいい子達だからな。こちらから頼みたいくらいだ」


「あたしも問題ないわ。この孤児院は好きだからね」


 ここの居心地がいいのは、間違いなくエルザさんの力だからな。この人が穏やかで優しくて、それでいて芯のある人だから。

 孤児たちには暗い過去があることがほとんどなのに、エルザさんがしっかりと導いている成果だ。


「お兄ちゃん、お姉ちゃんは元気?」


「ああ、フェミルはしっかりやってくれている。幸せそうだと思うぞ」


「そうね。あたしから見ても、リオンとフェミルはうまくやっていると思うわ」


「だったら、エリスもお兄ちゃんの使用人になれるように、がんばるね! エルザさんにいろいろ教えてもらってるんだ!」


 エリスなら、きっと大丈夫だと思える。少なくとも、人格的には信じて良いと感じられるからな。

 それに、エルザさんが色々と教えているのなら、きっと素晴らしい教育だろうから。安心して良いはずだ。


 エリスを皮切りに、俺達の周りに子ども達が集まってきた。

 普段この孤児院に来ると、礼儀正しい感じなのだが。今は元気な子供といった様子だ。

 だから、新鮮な気分になれる。ディヴァリアは強く尊敬されているから、きちんとしないといけないのだろうな。


 ノエルがここに居た時なんて、ディヴァリアを悪く言った人間はとても嫌われていたからな。

 今でも同じなのかは分からないが、ノエルは特に過激だったから。ディヴァリアの敵は死ねばいいとまで言っていたほど。


 気持ちがまったく分からない訳ではないのだがな。命の恩人なのだから、悪く言う相手は嫌いになって当然だ。

 それでも、極端だという思いもなくはなかった。たぶん、ずっと一緒にいたノエルだから、引いたりしなかったんだろう。

 他の誰かだったのなら、もうちょっと困るというか、対応を考えていたかもしれない。


 ノエルに対する思い入れはとても強いからな。少しくらいの問題なら、気にすることはないだろう。

 そんなノエルが今では使用人として俺のそばに居る。ありがたいことだ。大切な相手と共に過ごせる時間は楽しいからな。


 まあ、考え事は後でも良い。今は目の前にいる子ども達だ。全力でかまってほしそうにしている。

 可愛らしいことだが、疲れそうでもある。それでも、せっかくの機会なんだから、楽しんでいこう。


「リオンお兄ちゃん、遊んで遊んで!」


「サクラちゃん、こっちに来て!」


 あちらこちらから引っ張られて、俺もサクラもすごくもみくちゃだ。まあ、悪い気分ではない。

 ひとりひとりの相手をすることは難しいので、一斉に遊べることを考える。

 追いかけっこをしてみたり、トランプで遊んでみたり、いろいろあるよな。


 この孤児院は頑丈にできているから、走ったくらいでは問題にならない。

 だから、激しい動きの遊びをすることもできる。外だと子供には危ないときもあるからな。そのあたりを考えて作られたのだろう。


「それで、何をして遊ぶんだ? かけっこでもするか?」


「リオンお兄ちゃんには勝てないからダメ! ねえねえ、お人形遊びしよ?」


「あたしも混ざっていいかしら? 結構楽しそうよね」


「いいよ、サクラちゃん! サクラちゃんは恋敵ね! リオンお兄ちゃんは旦那さん!」


「結婚している相手に手出ししちゃうのね……大変な役だわ」


 本当にませているというか。結構小さい子供なんだがな。

 とはいえ、人形遊びで結婚なんてのは、子供らしいと思える。


「お兄ちゃんのお嫁さんは、聖女様じゃないかな?」


「わたしも同じ気持ちだけど、旦那様ができそうなの、リオンお兄ちゃんくらいじゃない?」


「そうだね。他の男は、ちょっとたよりないかな?」


 もう男を見定めているのか。なんというか、強いな。

 だが、しっかりしていて、むしろ安心できる。孤児である以上、立ち回りは大切だからな。

 エルザさんにはツテがあるとはいえ、すべての子供に仕事を紹介できるわけでもないだろうし。

 ちゃんと結婚相手を捕まえられるのならば、それはそれで大切な技能だ。


「ふふっ、男を見る目はしっかりあるのね。でも、ディヴァリアから奪うのは許さないわよ?」


「分かってるよ。ちゃんと、ごっこ遊びだから。わたしも、リオンお兄ちゃんと聖女さまの結婚式に参加したいからね」


「私としても、聖女様とリオンさんの結婚式は楽しみです。この孤児院のみんなで、お祝いしたいですよね」


 なんというか、どこでも俺とディヴァリアが結ばれることが既成事実になっている気がする。

 とはいえ、俺の知り合いの間でだけだからな。子供の遊びといえば口が悪いが、立場が認めないだろう。


 ディヴァリアは公爵家の人間で、俺は侯爵家の人間。そこだけならば、かろうじて相手になれなくもない。

 だが、聖女の名声はあまりにも大きすぎる。結局のところ、俺では釣り合わないだろう。

 それに、ディヴァリア自身に好かれているという感覚もない。俺とディヴァリアが結ばれることはないだろうな。


「それよりも、人形遊びの話は良いのか? せっかくだから、遊ぼうじゃないか」


「忘れてた! じゃあ、リオンお兄ちゃんはわたしの旦那さまね!」


「それで、あたしが恋敵よね。大変そうだわ」


「エリスはお兄ちゃんの娘さん!」


 そうして人形遊びが始まった。子供らしい遊びなのだが、設定がドロドロしているな。

 今みたいな感じが普通なのだろうか。あるいは、変わっているのだろうか。

 何にせよ、今の遊びをしっかりと楽しまないとな。子ども達を楽しませるためにも。


「ねえ、リオンお兄ちゃん、わたしというものがありながら、その女は何? どうしてこの家にいるの?」


「そ、それはだな……と、友達だよ」


「ウソ! だって、リオンお兄ちゃん、キスしてたもん!」


「そうよ。リオンはあたしを選んだの。あんたみたいなつまらない女じゃなくてね」


「お父さん、エリスと遊んで?」


「子供は黙っててよ! 今は大人の話をしているの!」


「あーあ。子供を大切にできないなんて、だから浮気されるんじゃないの?」


 どうしてこんな事になってしまったんだ。

 楽しいお人形遊びかと思えば、やっているのはひどい修羅場じゃないか。

 ちょっと、みんなの勢いに押されてしまっているぞ。というか、俺はどういうセリフを言えば良いんだ。


「エリス。こっちで遊ばないか?」


「子供を盾にするつもりなの、リオンお兄ちゃん? わたしはそんな人を選んだ覚えはない! 実家に帰らせてもらいます!」


「ねえ、リオン。なら、エリスとも一緒に遊びましょうよ。あたし達は、本当の家族になるの」


「お父さん、もっと遊ぼう? そこの人も一緒に」


「お母さんって呼んでくれても良いのよ。リオンの子供なら、あたしの子供でもあるわ」


「お母さんは1人だけだから。でも、ありがとう」


 そんな感じで、もうめちゃくちゃだった。

 とはいえ、エリスもサクラも発端となった子も、みんな楽しそうだったんだよな。

 だから、十分だろう。そう考えながら次の遊びを考えていると、視界に変なものが入った。

 心奏具を展開すると、子供に向けて変なものが近寄る。

 よく見ると、絵の具で書いたような、奇妙なモンスターだった。


 そして、子供に対してモンスターは攻撃を仕掛けていく。みんなを守らないと!

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