77話 当然の結末

 俺達の手で、マリオを捕らえることに成功した。そして、すでにマリオの処刑は決まっていた。

 マリオとの関係が元に戻らないことなど分かっていたが、それでも命だけは助けられないか。そんな考えが浮かぶ。

 俺自身の手で捕まえておいて何をという話かもしれないが、マリオの死が目の前にあると思うと、頭をかきむしりたくなった。


 だって、楽しかったんだ。キャッチボールをしたり、ボードゲームをしたり、キュアンの絵を見たりした時間は。

 俺は本気でマリオに幸福になってほしかった。大切な友達だと思っていたから。


 だが、マリオを助けようとすれば、再びアストライア王国に混乱が訪れる。

 分かっているから、何も手出しできない。

 ただの人として生きるくらい、許してやってほしいと思えるが。

 でも、マリオの処刑によって今回の事件は終わりになる。民衆も安心する。

 分かっているんだ。俺がわがままなだけだって。もう終わった話を考えているだけだって。


「リオンちゃん、なにか悩み事? 相談なら乗るよ?」


 俺達は今、王都に集まっている。フェミルはマリオが捕らえられた時点で帰っていて、俺とディヴァリア、ミナ、シルク、ルミリエがいる。


「いや、大丈夫だ。ルミリエが心配することじゃない。心配してくれるのは嬉しいが、どうにもならないからな」


「否定します。言うだけでも楽になることは実際にあります。私達では、頼りになりませんか?」


 シルクは悲しそうな顔をしている。

 今みたいなセリフを言われたら、答えるしかないじゃないか。

 みんなには余計な情報かもしれないけれど、それでも。


「マリオは友達だったんだ。だから、今からあいつが死ぬのがつらくてな。考えても仕方ないと分かっているのだが」


 本当に今考えてもなんの意味もない。結果は決まっているし、何も変わりはしない。

 過去に戻れやしないし、俺が苦しみを見せたところで、いたずらにみんなに心配をかけるだけだろう。

 どうにもならない状況を嘆いているだけの、無駄な行いでしかないんだ。


「わたくし達が居ます。完全に代わりにはなれませんが、リオンの悲しみを受け止めてあげます。慈母のように優しく」


 ミナは可愛らしい外見に似合わず、本当に何でも受け止めてくれそうだ。

 だが、頼り切りになる訳にはいかない。ミナだって大変に決まっているのだから。王都が大変なことになって、王族になにもない訳はない。

 そうである以上、ミナに余計な負担をかける訳にはいかないんだ。


「ありがとう。だが、大丈夫だ。お前達がそばに居てくれるだけで十分だよ」


 間違いなく本音だ。マリオのことは悲しいし、嘆きたいし叫びたい。

 それでも、ミナ達を失うよりよほどマシだった。ミナ達の方を、マリオより優先しただけだ。

 だから、ミナ達が心配してくれるという事実だけでも、大きく癒やされているんだ。


「なら、いいんだけど。リオン、私達はずっとそばに居るからね。どんな手段を使ったとしてもね」


 ディヴァリアは柔らかく微笑んでいるが、怖い。

 どんな手段でもと言うと、本当にあらゆる手段を行使しそうな人だから。

 それこそ、俺以外の世界は滅んだとか、俺の手足を奪ってそばに居るとか、ろくでもない展開が待っていそうだ。

 ただの日常をディヴァリア達とずっと過ごせるのなら、それが理想ではあるのだが。


「無理はするなよ。お前達が居なくなったら、俺はどうしていいか分からないんだから」


 本音だからこそ、俺自身が情けなくなる。

 ディヴァリアは外道で、死んだほうが世の中のためになる人としか思えない。

 そんな相手を、大切な友達だと思うだなんてどうにかしている。

 分かっていても、心は抑えられない。一緒に過ごす時間が幸せなんだ。

 マリオよりも大切だと、心の底から考えてしまっているんだ。


「そうだね。私達はずっと一緒。リオンちゃんが繋げてくれたから」


 ルミリエ達が幸せで居てくれるのなら、俺の人生にも意味があるのだと思える。

 だって、マリオを捨ててまで選んだ人たちなんだから。マリオを殺してまで。

 そこまでして失われてしまうのならば、俺の人生は何だったというのか。

 だから、ディヴァリア達だけは失いたくない。俺の大切な友達だけは。


「同感です。だから、マリオ君が居なくなったとしても、リオン君はひとりじゃない」


 それで良いのだろうか。誰かの代わりとして、シルク達を扱って。

 みんなが幸せになれるのならば、俺の不幸など我慢すべきだ。

 分かっている。みんな俺の不幸を悲しむ人だって。それでも、考えを止められない。

 だって、楽じゃないか。誰かの犠牲の上に幸福を得ているなんて考えないで済むならば。

 俺の手でマリオを殺すんだ。そんな俺が幸福になって良いのだろうか。そのような考えをしなくて済むならば。


「わたくし達はあなたに救われた。あなたは犠牲だけを産んだわけではないのです」


 そうだな。マリオはこれから死ぬが、王都の人間は大勢助かった。

 人数で言えば、救ってきた数のほうが多いはずなんだ。それで十分なはずだろう?

 どうして、こんなに苦しいんだ。悲しいんだ。もっと喜んで良いはずなのに。

 ミナに実績を作れたのに。王に近づく手助けができたのに。

 もともとの王位継承者であった第1王子オルギアは死んだのだから。


「ありがとう。救われる気持ちだよ。お前達が友達で居てくれて良かった」


 みんな微笑んでくれて、この人達の笑顔は素敵だなと改めて思えた。

 だから、ミナ達を選んだことは間違いじゃないはずなんだ。マリオがクーデターを起こした時点で、どちらかしか選べなかったのだから。

 あるいは、もうマリオの運命は決まっていたのかもしれないのだから。


 もうマリオは処刑を待つだけだ。何もできない。せめてなにか最後に話したい気もしたが、ののしられるだけだろう。

 俺はハッキリとマリオに敵対したのだからな。心配したところで、どの口がとなるだけだ。


「じゃあ、もうリオンは大丈夫だね。心配だったんだ。なにか悩んでいるみたいだったから」


 ディヴァリアにも分かるくらい沈んでいたのか。当たり前だよな。友達を自ら殺すようなものなのだから。

 それでも、今この手の中にある大切なものを取り零さないために、前を向こう。

 今俺にできることなど、他にはないのだから。


 改めて決意をして。そしてマリオの処刑当日がやってきた。

 指揮を取るのは、行方不明になっていた現王レント。何でも、危険を察知して即座に身を隠したらしい。

 大したものだ。状況が悪くなってすぐに判断できるとは。おかげで、今すぐ国が割れなくて済む。

 王が死んだとなれば、後継者争いが激化しただろうからな。助かった。


 俺とミナ、ディヴァリアも処刑場に集められた。

 なんでも、功労者として居てほしいとのことだ。まあ、分かる。マリオが悪なのだから、倒した正義が必要だよな。

 王は皆の前に立つと、威風堂々と言った様子で語り始める。


「これより、逆賊マリオの処刑を執り行う。この者は、愚かにも自分に王位が手に入らないと知り、凶行に及んだ。許しがたい行いだ。ただ、マリオの暴虐を止めたものが居る!」


 俺達は前に出るようにうながされた。つまり、ここに居る人間に紹介されるということだろう。


「作戦を立てた第4王女ミナ、兵たちを集めた聖女ディヴァリア。そして、マリオを打ち倒した勇者リオンだ!」


 処刑場に居る観衆から歓声がわく。ただ、手を振りながらも気分は乗らない。


「さあ、勇者たちの紹介よりも、見たいものがあるだろう! 長い話はいらない! さあ、やれ!」


 処刑台にかけられたマリオに、刃が振り下ろされる。

 最後に見たマリオの顔は、こちらにすがるかのようだった。

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