63話 サクラの覚悟

 サクラがディヴァリアに戦いを挑んだ。今は訓練場に移動して、向かい合っている。

 2人の雰囲気からは、悪いものを感じない。だから、憎み合って戦うわけではない。安心して様子を見ることができる。


「ディヴァリア、あたしはあんたを1人にはしない。リオンだって諦めるつもりはないんでしょうけど、あたしだって同じなのよ。この戦いは、その証明よ」


 なるほど。素晴らしいことだ。サクラはディヴァリアに本気の友情を感じている。だから、天上の人であるディヴァリアと同じところまで行こうとしているのだろう。

 サクラの抱いている根拠は何なのだろうか。何にせよ、見守っていれば分かるか。


「サクラ。いちおう言っておくと、前に戦った時は本気とは程遠いからね」


「ええ。知っているわ。でも、今のあたしならきっと! 構えなさい、ディヴァリア!」


 サクラからは強い意志を感じる。心奏具は心の力。ソローオブメモリーが壊れた件でよく分かった。

 だから、今のサクラはきっと強い。期待してもいいのだろうか。サクラがディヴァリアを止められるのなら、ありがたい。

 俺自身だって諦めるつもりはない。ないが、今の俺ではふもとにすら入っていないのはよく分かっている。


 俺はサクラにも置いていかれるのかもしれない。そんな不安が頭をよぎったが、見ていることしかできない。

 ただ、拳を強く握っている自分を自覚して、やはり俺は嫉妬しているのだと理解した。

 情けないことだ。だが、悔しいのならば、もっと努力するしかない。剣技も、魔法も、心奏具の扱いも。


「じゃあ、行くよ。詩歌うたえ――チェインオブマインド」


「あたしはディヴァリアに追いついてみせる! この新しい力で! 覚悟さとれ――プロミスオブボンド!」


 サクラの首元にネックレスが現れた。名前が変わっていることもあるし、心奏具が新しくなったのだろう。そんな事があるのだな。

 ただ、おかしな話ではないか。心奏具は心の形。おそらく、サクラの心が変化したのだろう。

 どんな力なのだろうか。まあ、見ていれば分かるか。どれほど強くなったのだろうな。


「いつでも来ていいよ。私が勝つからね」


「その言葉、後悔させてあげる! まずは小手調べよ!」


 サクラは一度に複数の上級魔法を放つ。レーザー、炎、氷の3つ。すでにソローオブメモリーとの違いは明らかだ。どう見ても強くなっている。

 ただ、ディヴァリアは即座にチェインオブマインドから光を放ちすべてを打ち消す。

 やはりとんでもない実力だ。俺はそもそも上級魔法を使うことすらできないのに。簡単に上級魔法に対処するのだから。


 今のサクラならば、俺よりも明らかに強いだろう。初めて訓練した時は勝てた相手なのだが。やはり俺には才能がない。

 俺が一歩進む間に、誰も彼もが3歩も4歩も進んでいく。気づいたときには、拳を強く握りしめて爪が刺さっていた。

 俺がどれだけ努力しても、簡単に追い抜かれていく。突き放されていく。俺はディヴァリアたちの友達にふさわしいのだろうか。


「小手調べなんだよね。なら、本気はどんなものかな? 今のままじゃ、どれだけ頑張っても私には勝てないよ」


「分かっているわ! なら、これならどう!?」


 サクラは炎と風を組み合わせた様子で、炎の竜巻のようなものを起こしている。

 なるほど。魔法と魔法を組み合わせられるのか。それは応用範囲が広そうだ。

 ただ、ディヴァリアは涼しい顔をしている。とても余裕を感じさせる。炎にさらされているのに、熱そうな顔すらしていない。


「ふふ、便利そうだね。でも、まだまだ。これでどうかな? メガアイスだよ」


 単なる氷の上級魔法だが、ディヴァリアが使うと凄まじい威力だ。炎の竜巻を吹き飛ばし、そのままサクラへと向かっていく。

 サクラは攻撃に対して全力で上級魔法を連発していく。10回ほど放って、ようやくメガアイスは落ち着いていった。


 どう考えてもディヴァリアは本気ではない。なのに、たった一発の上級魔法にあれだけの抵抗が必要なんだ。

 俺がディヴァリアの目の前にいたら、もう心が折れていたのかもしれない。そう感じて、サクラの表情を見た。

 サクラは笑っていた。獰猛どうもうな獣が獲物を見つけたかのように。凄まじいな。あの状況で笑っていられるのか。


「さすがディヴァリアね。自分で強いというだけの事はある。だからこそ、届かせてみせるのよ!」


 サクラの右腕に剣が現れる。おそらくは上級魔法で錬金したのだろう。いや待て。錬金には元となる素材が必要なはず。

 ああ、そうか。土の魔法を使って素材を出現させたのか。周りに土が残らないとなると、かなり正確な操作ができているな。


 相変わらずの才能だ。だが、俺の目の前に見本がある。俺は上級魔法は使えないらしいが、それでもこのレベルで下級魔法を使えれば、俺の手札はもっと広がるはずだ。


 そのままサクラはディヴァリアに向けて駆けていく。軽く反撃されるが、上級魔法を連発してしのぐ。

 やがて近接戦闘に移行するが、ディヴァリアはすべての攻撃をかわしていく。穏やかな微笑みをキープしたまま。

 やはり、ディヴァリアは恐ろしく強い。サクラは明らかに強くなっているのに、まるで近づいた感覚がないんだ。


「うん、強くなったね。もしかしたら、リオンよりも。でも、私には届かないよ」


 やはりディヴァリアも俺と同じ意見のようだ。サクラは俺よりも強いだろう。それでも、ディヴァリアははる彼方かなた

 どうすれば少しでも近づけるんだ。勝てるようになるんだ。想像することすらできない。何をすればいいのか、可能性を想像することもできない。


 俺はどうすればディヴァリアを止められる? 戦争が起こる未来を避けられる? 言葉で届くとは思えない。

 なにせ、これまでずっとディヴァリアの質問に答えて誘導しようとして、全く効果がないのだから。


「そうかもね。でも、今すぐでなくても、かならず追いついてみせる! あんたと対等な友達になるために!」


 俺だって、できることならばサクラと同じ目標を持っていたい。でも、今の光景を見てどうやって方法を考えればいいのか分からない。

 がむしゃらに突き進んだところで、絶対に無駄だと言いきれるほどの差があるんだ。

 俺は諦めたくない。諦めるつもりはない。それでも、現実は大きな壁として襲いかかってくる。


「ふふ、これだけの力の差を知っても言えるんだから、サクラはすごいよね。どこかの人とは大違い」


 俺のことではないと信じたい。ディヴァリアに軽んじられている可能性を想像しただけで、胸が締め付けられそうになる。

 ただ、サクラは本当にすごい。俺だったら諦めていたかもしれない。他の人間だったら、そもそも初めて戦った時に諦めていただろう。


 そしてサクラは顔つきを変え、全力での攻撃を予感させる。俺の想像した通り、とんでもないことを始めた。


失墜しっついする星、砕け散る星、燃え尽きる太陽、すべてを飲み込め――ディヴァインカラミティ!」


 サクラから黒い光が放たれて、次いでプロミスオブボンドから複数の上級魔法が放たれる。

 恐ろしいことだ。最上級魔法は使えるだけの人ですら、この世界では数えられる人数しかいない魔法なんだぞ。

 ただでさえとんでもない最上級魔法に、複数の上級魔法を重ねられるのだから。

 その気になれば、都市ひとつくらい簡単に滅ぼせるほどの戦力になってしまった。ただ、ディヴァリアは微笑みを崩さない。


「チェインオブマインド、私の心を具現化して」


 以前にも飛び出してきた光の龍。それがサクラの魔法をすべて飲み込んでいった。

 これがディヴァリアの力。最上級魔法ですらまともにダメージを与えられない。強すぎる。

 今の光景を見たサクラは、あきれたように笑ってから両手を挙げていった。


「はぁ。今のあたしじゃ相手にもなっていないわね。あたし1人じゃきびしいかもね。でも、希望は見えた。心奏共鳴ができるのなら、きっと。だから、待っていなさい」


 心奏共鳴は1人ではできない。だから、誰かと協力するつもりなのだろう。その相手が俺であるとするならば、もっと努力していかないとな。

 ただ、確かに心奏共鳴には可能性を感じる。LV1と付いているから、レベルがあるのだろうとは思っていたが。


 そういえば、原作には絆レベルというものがあったな。関係していそうな気がする。

 サクラとユリアが相手のときはLV1、ノエルが相手だとLV5。つじつまが合う。

 だったら、これからもっとサクラと仲良くなっていけば。いや、もしかしたらディヴァリアとも心奏共鳴できるかもしれない。

 俺の心が直接伝わり、ディヴァリアの心が俺に伝わるのなら、もしかしたら変化のきっかけになるかもしれないのだから。


「ディヴァリア。俺はかならずお前を1人にはしない。だから、待っていてくれ」


「そうね。リオンと協力して、あんたが孤独じゃないって教えてあげるから」


「楽しみにしているね、2人とも」


 ディヴァリアの暖かい微笑みに、俺は確かに未来の希望を見た。これならば、良い未来が作れるのではないか。そんな希望を。



――――――



 ノエルを私達のそばにおいておくための計画。スヴェル帝国との戦争でメルキオール学園の生徒を減らし、ノエルを入学させるもの。

 うまく行きそうではあったけれど、サクラの件があったから、念のためにノエルの実力を確認しておきたかった。


 ノエルがサクラみたいに心奏具を壊されたりしたら、悲しいからね。

 それに、リオンのお父様を説得する材料としてもちょうどよかった。私の孤児院の人間として、ノエルはある程度知られていたから。

 完全に親なしと知られている相手を、侯爵家の使用人とするためには、確かな実績が必要だった。


 ユリアやフェミルは、身内も知り合いも王国にはいないから、ある程度はごまかせたんだよね。

 だから、ノエルには頑張ってもらいたかった。私としても、できるだけそばに居たかったから。


――ある程度の身分を持った人は友達を選んだほうが良くて。というのも、与えるだけの関係は、いつか歪むから。


 リオンの言葉からすると、ノエルはきっと大丈夫。私達に尽くしてくれると思うし、十分な能力もある。

 だから、ノエルには試練とは言いながらも、内心では応援していた。


 結果として、ノエルはリオンと心奏共鳴までしてくれた。おかげで、サクラも目覚めるおまけ付き。

 さすがは私達の妹だよね。強い心も、確かな才能も、私達を慕う想いも、全部が役立ってくれた。


 それで、サクラはやっぱりリオンを好きになっちゃったみたい。いまさら殺したくはないから、サクラの行動は心配だったんだ。

 でも、私が思い描いていたより、サクラはずっと私達を大切に思ってくれていたみたい。

 恋敵だからと敵視するんじゃなくて、私との関係を優先しようとしてくれていた。

 だから、サクラとはずっと友達でいられると思う。それが私の本音かな。


 それから、サクラは私に戦いを挑んできた。どうにも、私と対等になりたいらしい。嬉しいけれど、正直に言うと、無理だと思う。

 でも、サクラが諦めるまでは見守っていようと思う。サクラの想いには、本当に喜べたから。


 戦いではサクラの心奏具が変わっていて、やっぱり心が心奏具に影響するんだって思えた。

 つまり、ソニアの戦い方が変わったのは、私への恐怖で心が変わって、心奏具も変わったから。

 やっぱり、ソニアは大したことのない人だね。あらためて、サクラのすごさが分かった気がする。


 結局、私に何も通用しなかったサクラだったけど、それでも希望は捨てていなかった。

 だから、応援してるね。いつか強くなって、リオンが英雄になるのを支えてほしい。


 ね、リオン。いつかあなたが英雄になった時、サクラにも結婚式を祝ってもらおうね。



******



 これで2章は終わりです。

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