10話 主人公と悪役

 さて、今日の予定はここからが本番だ。

 サクラにみんなを紹介するためのパーティ。身内だけでおこなうものだから、こじんまりしたものではあるが。

 とはいえ、サクラを大規模なパーティに参加させるのは酷だろう。


 すでにみんなは待っている様子。

 ただ、サクラに心の準備をさせてからのほうが良いだろうな。俺達はある程度待つことには慣れているのだし。

 サクラが緊張して変なことをしでかさないほうが大事だ。


「あ、あたし、王女様と歌姫に会うのよね。失礼をしちゃったりしないかしら」


「わざわざケンカを売らなければ大丈夫だ。サクラなら心配しなくて良い」


「だね。みんな優しいから。いつも通りで大丈夫だよ」


「ならいいけど。それにしても、楽しみだわ。2人がそこまで言う人だもの」


 サクラの言葉は嬉しいものだ。俺達のことを強く信頼してくれている証のように思える。その期待に、俺もこれから応えていきたいものだ。


「サクラ、これから3人の所に向かうね。準備はいいかな?」


「ええ。まだ緊張はしているけれど、これ以上落ち着かないでしょ。待たせるのも悪いし、そろそろ向かいましょう」


 そして俺達はパーティ会場へ向かう。

 サクラは会場の様子を見て、口を開きながらぼーっとしていた。おそらく、豪華さに慣れていないのだろうな。

 とはいえ、これ以上質素だと、侯爵家が開くパーティとしてはちょっとな。

 まあ、飾りも料理もしっかりしているから、なじめば楽しめるだろうさ。


「いまさらだけど、こんなパーティにあたしみたいな平民が参加してよかったの?」


「これくらいなら、質素なくらいかな。今より豪華だと、サクラが困っちゃうと思ってね」


「俺達と仲良くするなら、そのうち慣れてもらわないとな。よくあることだから」


「そ、そうなのね。何か汚しちゃったらどうしよう……」


 サクラの心配は無用なのだが。どうせ今回限りで使い捨てるようなものがほとんどだ。

 仮にサクラが汚したところで、大した問題にはならない。とはいえ、それを伝えて良いものかどうか。まあ、様子を見ながら考えるか。


「あまり心配しなくてもいいからね。汚しても大丈夫なように準備しているから」


「こんなにきれいなのに? 無理に気を使わなくても大丈夫よ」


「いや、本当に心配はない。こういうパーティでは、大抵のものは1度しか使わないからな」


「は? いや、そんな事があるわけ……え、その顔、本当なの?」


 ああ、サクラをとまどわせてしまった。とはいえ、ディヴァリアの言葉がウソだと思われたままではな。


「じゃあ、紹介するね。もう見えていると思うけれど、あそこにいる3人だよ」


 ディヴァリアの指差す方には3人がいた。こちらから見て左から、ミナ、シルク、ルミリエの順だ。


 ミナは瞳の色と似た青いドレスを着ている。金髪が映えるデザインで、愛らしい顔つきのミナに気品を生んでいるんだ。

 いかにも物語の王女様という風情で、目をひきつけられる。


 シルクは薄い黄色のドレスを選んだようだ。青い髪との対比が印象的で、シルクの黒い瞳がワンポイントのようだ。

 穏やかな印象が更に増しており、とても癒やされる。


 ルミリエは灰色のドレスだ。特徴的な赤い髪と瞳に、より強い印象を残している。

 また、いつもは後ろで軽くしばっている髪も、今日はおしゃれにまとめている。

 いつも活発に見えるルミリエも、今日はまた違う雰囲気だ。


「俺から紹介しようか。こちらから、ミナ、シルク、ルミリエだ」


「わたくしはミナ。この国アストライアの第4王女。リオンとディヴァリアの、まさに竹馬の友。あなたとも、そんな関係になりたいですね。ミナと呼んでくれて構いません」


「出番ですね。私はシルク。回復魔法が得意です。リオン君とディヴァリアさんとは、共に支え合う仲です。怪我をしたのなら、頼ってくださいね。シルクでいいですよ」


「私はルミリエだよ。歌姫って呼ばれてるね。リオンちゃんとディヴァリアちゃんにはいっぱい助けてもらったんだ。あなたにキラキラを届けてあげるね。ルミリエって呼んでね」


「あたしはサクラ。リオンとディヴァリアの友達よ。2人が信頼する人だもの。あたしも信じるつもりよ」


 サクラ達はお互いに自己紹介を済ませた。和やかな雰囲気なので、お互い第一印象は悪くないのだろう。

 まあ、みんな感情を隠すくらいはできるが。ただ、この場でそんな事をするようなやつらではない。

 だから、本当にうまく行っているはずだ。


「ところでサクラはリオンに助けられたとか。リオンはまさに勇気ある者ですからね。ただ、わたくし達のために無理をしがちなのが気がかりですが」


「確かにね。あたしを逃がした時も、大勢に1人で足止めしようとしていたし。でも、今度はあたしも一緒に戦ってみせるわ」


「なるほど、あなたも勇気をもつ者なのですね。あるいは、あなたとリオンは相棒となる定めなのでしょうか」


「分からないけど、リオンは友達だから。助けるのは当然でしょ。王女様にできることが有るのか分からないけど、ミナも遠慮なく頼ってくれていいわ」


「では、サクラもわたくしを頼って構いません。これでも王女ですから、できることは多いのです。例えるなら、盤上遊戯の指し手として」


 ミナとサクラはある意味では正反対かもな。

 真っ直ぐなサクラと、策を弄するミナ。平民のサクラと、第4王女のミナ。

 他にも色々あるかもしれないが、お互いに無いものを補う関係になってくれれば。


「交代ですね。サクラさん、あなた、昔大怪我をしませんでしたか? 私が癒やしてあげます」


「なんで分かったのよ? でも、ありがたく受け取っておくわ」


「経験ですね。では、始めます。ホーリーヒール」


 シルクが手をかざすと、サクラが白い光に包まれる。しばらくして光が消えると、サクラは驚いた顔をしていた。


「まさか、本当にあの怪我が治るなんて。シルクってすごいのね」


「当然ですね。無理をするリオンを何度も治してきましたから。あなたも、また頼ってください」


「ありがとう。このお礼は必ずするわ。困ったことがあったら言ってね」


「了解です。共にリオンたちを支えていきましょう」


 サクラが昔大怪我をしていた。そんな事は知らなかったな。原作での設定にあったのだろうか。

 まあ、何でも良い。サクラが笑顔をみせてくれた。それで十分だ。

 とはいえ、サクラの苦しみに気づけなかったのだとすれば。俺も、もっと観察眼を身に付けないといけないな。


「次は私の番だね。最高にドキドキできる歌を聞かせてあげるね。喜悦べ――ハピネスオブフレンドシップ!」


 ルミリエの心奏具はマイクのような形をしている。その見た目通り、遠くに声を届けることができるんだ。

 ただ、使い方次第では届けた声で攻撃することもできる。それでルミリエが悩んでいた事もあったのだが。今では楽しく歌を歌えているようだ。


 そのままルミリエは歌っていく。

 相変わらずのきれいな声と高い技量。輝くようなルミリエの笑顔も相まって、とても素晴らしい。

 思わずみんな一言も発しないまま聞き惚れていた。

 そしてルミリエが歌い終わると、みんな全力で拍手していた。


「歌姫ルミリエの歌をこんな間近で聴けるなんてね。何が良いって、ルミリエが楽しそうな所。思わずあたしも楽しくなっちゃったわ」


「楽しんでくれたのなら嬉しいな。サクラちゃんをワクワクさせる歌、これからも聞かせてあげるね」


「それは嬉しいわね。またリオン達と一緒に聴きたいものよ」


「うんうん。やっぱりリオンちゃん達が相手だと、やる気がグングン伸びるんだよ」


「なるほどね。大切な人とどうでもいい人なら、それは違うものね」


 ルミリエは強くうなずいている。

 やはり俺達は幸運だ。ルミリエの本気を聴くことができるんだからな。


「みんな、サクラのことは気に入ってくれたかな? これからも、私達と遊んでいいと思うかな?」


「ええ、構いませんよ。サクラはまるで太陽のよう。わたくし達を明るく照らしてくれるでしょう」


「同感です。私達にとって、新しいきらめきとなるはずです」


「うんうん。とってもキラキラしてると思う! また遊ぼうね、サクラちゃん」


「みんなにそう言ってもらえて、嬉しいわ。これからもよろしく」


 うまくいくとは思っていたが、良好な関係が築けそうで良かった。これなら、お互いにとって良い未来に近づいてくれるはず。

 俺にもサクラにも苦難が待っているだろうが、きっと乗り越えられる。


 それから、パーティはつつがなく進行して終わりを迎えた。俺はサクラを寮まで送っている。


「みんないい人そうで良かったわ。リオン、紹介してくれてありがとね」


「礼を言われることじゃない。お前なら、きっとうまくやれると信じていたからな」


「それでもよ。ねえ、リオン。あたしを見つけてくれてありがとう。おかげで、今が楽しいの」


 サクラはとても暖かさを感じる微笑みを見せてくれた。嬉しいな。俺の行動でサクラが楽しいと感じてくれているのは。


「なら良かった。お前と出会えて楽しいのは俺も同じだからな」


「ふふっ、悪くない気分だわ。ただ、もっと早く出会えていれば……」


 サクラは何を悩んでいるのだろう。俺ももっと早くサクラと出会いたかったものだが。


「これから楽しい思い出を作っていこうじゃないか」


「そうね。そうするしか無いわ。もう寮についちゃったか。名残惜しいけど、またね」


 そう言ってサクラは去っていく。

 今日は楽しい一日だった。これからも、こんな平穏な日々が続けばいいのだが。

 ただ、きっと難しいのだろうな。悲しいことだ。

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