2話 メルキオール学園

 俺はメルキオール学園に入学することに成功していた。ディヴァリアも同じようにメルキオール学園に入る。なんでも、主席合格したらしい。

 戦闘能力が重視されるメルキオール学園だから、ある意味当たり前だ。

 なにせ、ディヴァリアは原作ではたった1人で軍隊を文字通り全滅させる人間だから。


「リオン、準備はできた? いつものブレスレット、ちゃんとつけてるよね」


 ディヴァリアの言うブレスレットとは、俺と2人で一緒に買ったものだ。

 対になっているデザインで、片方を俺が右手に、もう片方をディヴァリアが左手につけている。制服は長袖なので、腕が隠れてしまう。だから、俺がつけているのか確認したのだろう。


「当然だろう。俺とディヴァリアの絆の証だからな」


 実際、俺は幼馴染としてディヴァリアを大切に思っている。間違いなく外道であるが、ずっと共に過ごしてきた相手だから。

 生きるためだけならば逃げ出すほうが楽だっただろう。

 それでもメルキオール学園に入学することを決めたのは、ディヴァリアを嫌いになれなかったから。俺が遠ざかっていくことで、きっと悲しむと思えてしまったから。

 きっと俺は愚かなのだろう。だとしても、この情を捨てきれないんだ。


「よろしい。じゃあ、学園に向かいましょう」


 なぜ俺とディヴァリアが共にいるのかというと、転移装置があれば自宅から学園に通えるからだ。おそらく、俺を迎えに来るために俺の家へ来たのだろうな。1人でだって問題なく通えるだろうに。

 でも、わざわざ迎えに来てくれたことを嬉しく感じてしまう。


 それから、メルキオール学園に向かって転移する。

 校舎に入るまでにいったん別れて、別のところへと向かう。入学式でディヴァリアが主席として挨拶するためだ。


「リオン。他の人の話は聞き流してもいいけど、私の話はちゃんと聞くこと。いいよね?」


 ディヴァリアがメルキオール学園の1年生500人の頂点に立つという事実は重い。なにしろ、この学園は俺の住む国で1番と言われる学園だから。つまり、この国でこの年齢では最も優秀だということだ。

 そんなディヴァリアが誇らしいような、羨ましいような。俺はかろうじて合格できただけだったからな。


 それから、入学式が始まった。ディヴァリアの言葉通りに先生たちの話を聞き流して。

 そして、注目されている聖女が壇上に立つ時間がやってきた。


 ディヴァリアは相変わらず美しい銀の長髪をたなびかせながら壇上に立つ。おそらく、何かしらの視覚効果を期待しているのだろう。実際、俺の目は強く惹きつけられた。

 そして、落ち着いた様子でゆっくりと話し始める。


「皆さん、この学園に入学した以上は、本物の才能と努力をあわせ持った方なのだと思います」


 ディヴァリアの声は甘やかでよく通るものだ。とても聞き心地がよく、つい耳を傾けてしまう。

 それだけではなく、優しげな笑顔をしていた。切れ長で冷たさすら感じる目が、作られた表情によって温かみを感じさせている。


「そんな皆さんは、この国アストライアを支えるにふさわしい方々でしょう。皆さんと同じ学び舎で切磋琢磨できることを、とても嬉しく思います」


 そういえば、この学園で主席になった攻略対象がいたような。ディヴァリアが主席になった以上、次席以下ではあるのだろうが。実際のところ、そのキャラクターはどうなっているのだろう。

 原作がおかしくなることを気にしているわけではないが。ディヴァリアに干渉した以上、今更という話なのだから。


「私は聖女として、この学園の主席として、皆さんの目標でいられるように力の限りを尽くすつもりです。皆さんも、どうか私について来てください」


 ディヴァリアが上で、他の生徒が下だと意識させたかったのだろうか。あるいは、従うことが当たり前だと無意識に刻みたかったのだろうか。何にせよ、ただの所信表明ではないだろう。

 常に冷徹な計算を巡らせているのがディヴァリアだから。


「最後に、私は全力で目標へと突き進むことを女神アルフィラに誓います。以上、ディヴァリア・フェリエ・エインフェルトでした」


 そして、ディヴァリアは壇上から去っていく。大きな拍手とともに、聖女様と呼ぶ人間もいた。

 やはり聖女という称号を持つ者の人気はすさまじい。聖女という称号が凄まじいのか、ディヴァリアの戦略が優れているのか。俺にはよく分からないが、何にせよ大したものだ。


 それから、それぞれが各自の教室へと向かっていく。

 俺とディヴァリアは同じクラスで、他にも知り合いが何人かいた。その知り合いたちに手を振ると、振り返してくれる。暇があれば会話に花を咲かせたいところだが、俺には他に目的があった。


 あたりを見回すと、目的の相手がいた。隣の席に。

 桃色の髪を肩辺りまで伸ばした、りりしい女の子。キリッとした黒い目と、厚い唇が特徴かな。この子が誰なのかというと、原作の主人公。確かデフォルトネームはサクラ。この世界でも同じだろうか。


 答えがどうであれ、俺は主人公と関係を築きたい。ディヴァリアが暴走した時、止めることができる相手だろうから。

 もちろん俺も手を尽くすつもりではあるが。だが、俺1人でどうにかできると思うほど楽観的ではないつもりだ。

 俺は意を決して、主人公に話しかける。


「ちょっといいか? 俺はリオン。君と同じクラスだ。せっかく隣なんだから、仲良くしたいと思ってな。これから、よろしく頼む」


「あたしを口説いてるの? 冗談よ。ええ。よろしくお願いするわ。これも縁でしょうからね。あたしはサクラ。リオンはどんな家の人なの?」


 サクラは遠慮がない性格と言えばいいのか。

 原作では、現在ディヴァリアの称号である聖女と呼ばれることになるのだが。サクラは聖女とは名ばかりの、超火力アタッカーにして強気な女の子だ。だが、そんな性格だからこそ、問題だらけの攻略対象に踏み込むことができる。


「俺は侯爵家の人間だな。アインソフ家と言って分かるか?」


「名門じゃないの! あたしなんかと話していていいの?」


 ディヴァリアの家であるエインフェルト家に比べれば1段落ちるのだが。

 まあ、サクラはただの平民だが才能を見出されてこの学園に入ったはずだ。とはいえ、父さんも母さんも平民だからと気にする相手ではない。

 そして、ディヴァリアは孤児院を設立したことで名声を高めている。だから、サクラが平民であることは、俺にとっては問題にはならない。


「サクラさんの家は知らないが、友だちになるのなら、そんなことは関係ないだろう?」


「そう、ね。みんながあんたみたいなら……。ごめん、忘れて。あたしのことは呼び捨てでいいわ。リオン、あんたとちゃんと友だちになれるといいわね」


 今となってはハッキリ覚えていないが、サクラには平民だからという悩みがあったはずだ。とはいえ、今は入学したばかり。周りの問題を気にするほどなのだろうか。

 まあいい。そんな質問をするのはぶしつけだろう。サクラとは初対面なのだからな。


「ああ、これから仲良くしていきたいな。おっと、そろそろ授業か。また後でな、サクラ」


「ええ。お互い頑張りましょう」


 教室に教師が入ってきて、今後の授業がどのように行われるか説明される。

 魔法についての座学と実践。剣を始めとした武器の訓練。他にも、一般常識と言えばいいのか、いわゆる勉強だな。それらを別々の専門家に教わっていくらしい。まあ、学園ものでイメージする通りといえばいいだろう。


 それから少し授業を受けて、次は魔法の実践。校庭の一部で行うので、移動しながらサクラと話していた。


「魔法は生活には便利だが、戦闘に使えるようには思えないな。ディヴァリアは戦闘ですら完璧なんだが」


「ディヴァリアって聖女様? あたしみたいな平民の希望よね。あの人なら、この国を変えてくれるかもしれないわ」


 どうだろうか。ディヴァリアは確かに平民から愛されているが。あるいはサクラの敵になるかもしれない。

 原作では典型的な覇道を貫くものであったから、今では大丈夫な可能性はある。今のディヴァリアは敵対しなければ安全だから。


「ディヴァリアは相当な成果を残しているからな。俺など足元にも及ばないほどに」


「あたしだって足元にも及ばないわよ。でも追いつけるように、お互い頑張りましょうよ」


「そうだな。切磋琢磨できると嬉しいところだ」


 そして、サクラにはもっと成長してほしい。

 俺自身も当然努力するつもりではあるのだが。ディヴァリアほど強い相手に1人ではどうしても難しいからな。


 それから実技の授業に入ってしばらく。突然周囲が騒がしくなっていた。どういうことかと周囲を見渡すと、生徒が何人か倒れている。

 下手人らしき相手は、大きな翼の模様を入れた服で揃えていた。


 つまり、有翼連合。原作のとあるルートの黒幕であるテロリスト。終盤でサクラが戦うはずの相手に、学園を襲撃されていた。

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