乙女ゲーム世界に転生したけど、幼馴染の悪役令嬢がド外道すぎる

marica

1章 勇者リオンの始まり

1話 聖女ディヴァリア

 ディヴァリアという俺の幼馴染は間違いなく外道だ。

 悪だからという理由だけで嫌うことができたのならば、俺の人生はもっと楽なものだったのかもしれない。

 ただ、ディヴァリアがいたから得られた幸せも、間違いなく有ったから。


 大人だった俺は気づいたら赤ん坊に生まれていて、何もできない状況を3年ほど我慢していた。

 その期間で、この世界というものをある程度分かったつもりになっていた。おそらく、剣と魔法の世界。

 ただ、中世のように見える科学技術の水準には似合わないほど便利に生活できていた。よく分からないが、魔法の力なのだろう。

 そして俺は両親に愛されている。必要な教育も、美味しい食事も、なんでも用意してもらえるほどに。

 だから、きっと幸せに過ごすことができるのだろうと。そう考えていた。


 俺が自分の運命を理解したのは、その頃。


「リオンは今日もかわいいな! 俺ゆずりの黒髪も、母さんゆずりの青い瞳もよく似合っている。今日はどんな衣装が着たいんだ、リオン?」


「わざわざ聞いてくるということは、外出ですか? そうですね、暖かい格好がいいです」


 リオンとは俺の名前だ。なんでも、すくすく育ってほしくてつけた名前らしい。理由はよく分からない。

 ただ、幼い子供らしい演技など全くできなかった俺を愛してくれた両親にはとても感謝している。

 だから、できるだけ孝行したいと考えていた。そのために、両親と付き合いのある人間への挨拶はとても力を入れるつもりで。

 とはいえ、衣装の内容に詳しかったわけではない。冬で寒かったから、暖かいものがいいとしか言えないくらいに。


「リオンちゃんが風邪を引いたら大変だものね。今日はリオンちゃんと友だちになれるかもしれない女の子と会う日なの。だから、かっこよく仕上げてあげるわね」


 気合を入れた母さんが服を選んでくれて、だいぶいい仕上がりになったと思う。いつもよりも格調高そうな服だったので、会いに行く相手はきっと偉い相手だ。

 準備を終えたら、何故か家に存在する転移装置で移動していく。


 そして、向かった先で俺は運命に出会う。


 そこで待っていたのは、大人2人とその娘らしき少女。

 俺の友だちになるだろう相手は、長い輝く銀髪に俺と同じ青い瞳を持っていた。通った鼻筋に薄い唇。その両者から鋭い印象を受ける。切れ長の目からは冷徹さのようなものを感じられて。

 同じ年の相手だから、きっと気のせいなのだろうが。そんな考えは、自己紹介の言葉で打ち砕かれた。


「わたしは、ディヴァリア・フェリエ・エインフェルト。よろしくね」


 その名前は、前世で妹がプレイしていた乙女ゲームにいた登場人物のものだ。

 作中で最も多くの人間を殺したとされる、とてつもない悪役。だから、俺は命の危機が近くにあるのかもしれないと考えた。

 想像通りの人間だとするならば、人の命などなんとも思っていないから。


 ただ、俺はある考えを思い浮かべた。今のうちにディヴァリアを軌道修正することができれば、危険は訪れないのではないかと。だから、これから親しくなろうと決めた。


 その日は軽い挨拶だけで終わって、何度か遊んでいるうちに機会が訪れた。

 ディヴァリアが俺にした質問が始まり。


「ねえ、どうして人を殺しちゃいけないの?」


 一般的な倫理観の話を求めているわけではないとすぐに分かった。ディヴァリアは心の底から疑問に思っているようだったから。

 俺は目的達成の第一歩として、真剣に回答した。


「アリは殺しても仲間を呼ばないけど、蜂は仲間がやってくるでしょ? 人はもっと危ないんだ」


「なら、みんな殺しちゃえばいいよね? わたし、強いよ?」


「力だけならね。食べ物に毒を入れたり、寝ている間に襲ったり、いろいろな手段があるから」


「そうなのね。じゃあ、殺さないほうがいいかな」


 ディヴァリアの言葉で、教育していくという道筋に希望を持った。だから、向こうからの質問には何でも答えていった。


 しかし、それから月日が流れて、俺が14歳の頃。ディヴァリアは外面を取り繕う手段だけを向上させていた。

 結局、人を殺すこと自体はためらっていないようで。


 単に反対意見を言っただけで殺されるわけではない。激論を交わしている人間だっている。

 ただ、ディヴァリアという人間そのものを軽視したならば、その人物は必ず死ぬ。


 例えば、ディヴァリアを妾にしようとした者。若造だからと無視していた者。自分より血筋が劣るからと、蔑称を用いた者。


 ある者は首をくくり。ある者は出先で盗賊に襲われ。ある者は妻に刺殺された。


 そして、今俺の目の前に同じように死にそうな者がいる。


「聖女様。私の息子との結婚、考えてくれましたかな?」


 ディヴァリアはいつからか聖女と呼ばれるようになっていた。まあ、普段の清楚な笑顔はたしかに聖女という称号にふさわしいと思うが。


「いいえ。あなたの息子と私では釣り合わないでしょう」


「なぜです? そこの男よりも、はるかに優秀ですぞ」


 なぜかは分からないが、ディヴァリアにここにいるように頼まれていたんだ。

 ただ、正直居心地が悪い。明らかにディヴァリアは機嫌を損ねている。目の前の男は分かっていないようだが。


「リオンは私のことをよく支えてくれていますよ。あなたの息子とは比べ物にならないほどにね」


「聖女と言われても、所詮小娘でしたか。我が子の才能を理解できないとは。では、失礼しますぞ」


 俺の予感はあたっていたようで、次の日には男が落石で死んだとの報告が上がってきた。それに対するディヴァリアの反応はこうだ。


「リオン、運が良かったね。リオンを馬鹿にする人が死んでくれて」


 ディヴァリア。普通は人が死んだ時に運がいいなどと言わないんだ。

 まあ、直接伝えたところで、理由を聞かれたら答えに困るからな。伝えないでおこう。


「俺はあまり喜べないがな」


「なんで? まあいいか。どうせ死んじゃったんだから、何もできないよ」


 これだ。本当に人の死をなんとも思っていない。今など笑みすら浮かべているのだ。見とれてしまいそうなほどのきれいな顔を。

 だから、あの男が死んだことを心から嬉しいと思っているのだろう。別に大きな敵というわけではあるまいに。


 何にせよ、ディヴァリアの逆鱗げきりんに触れたものは必ず死ぬ。それは変わらない。だから、俺も機嫌を損ねたら殺されかねない。

 実際、原作でも周囲の反発する人間を皆殺しにした事件があったはずだからな。

 俺は生きるために、ディヴァリアだけは敵に回さないと決めていた。


 ただ、ディヴァリアの外面は完璧なようだった。聖女としてとても評判が高い。

 とくに慕っているのは、孤児や娼婦などの社会的弱者。孤児院を設立したり、娼館の待遇を改善したりした結果だ。


「ねえ、リオン。リオンはどこの学園に通うの?」


 ディヴァリアは相変わらずこまめに俺に質問をしていた。強い意志を秘めたような青い瞳をいつものように俺に向けて。


 俺はこの世界の主人公に出会うために、原作の舞台である学園を目指していた。


「メルキオール学園だな。あそこで学べることは多そうだ」


「なら、私もそこに行くね。楽しみだね、リオン」


 メルキオール学園に向かえば、嫌でも原作にかかわることになるだろう。

 それでも、俺には生きるために仲間が必要だから。ディヴァリアが暴走したとしても、止めることができる同志が。

 これからの未来に希望があると信じて、改めて決意を固めた。



――――――



 私にとって、ディヴァリアにとって、リオンとは唯一の理解者だった。

 どうして人を殺してはいけないのか。そんな私の質問を軽く流さなかったのは1人だけ。だから、リオンだけは信じてもいいと思えた。それからは、気になったことは何でも質問していた。


――ねえ、誰にも気づかれないように殺したら、私は安全なんじゃないの?


――1人ならね。殺し方が同じなら、共通点を見つけられる。そのうち犯人にたどり着かれるんじゃないかな。


 リオンの言葉は私にも納得しやすいもので。だから、リオンと過ごす時間が心地よくなっていた。


 そんなある日、リオンの知り合いがリオンを娼館に誘ったらしい。私は怒りで頭がどうにかなるかとすら感じた。

 結局、リオンは誰も抱かなかったらしいけれど。だからといって、許せることではない。


 本音のところでは、すべての娼婦を殺したいところではあった。だけど、リオンの言葉が思い浮かんで。


――お酒とか、博打とか、ある程度の人間が必要とすることは絶対に排除できない。だから、権力者がコントロールすることはとても大切なんだ。


 そんなリオンの意見は理解できたから。

 娼婦をすべて殺すことは不可能だろう。ならば、リオンに手出しできないように娼館を管理するしかない。そのために、どんな娼婦でも働きたくなる場所を生み出したかった。

 そして、リオンがそこに近づかなければ。


 だから、お父様にその構想を話し、私の名のもとに娼婦の待遇改善をおこなった。

 ついでに、リオンを誘ったであろう男も、リオンの視界に入ったであろう売女ばいたも冤罪で殺して。


 次に私が憎悪を抱いた相手は孤児。リオンのつけたブレスレットを奪おうとした相手。

 だから、孤児もまとめて葬ってしまいたかった。けれど、子供なんてどれだけでも生まれてくるものだから。そんな風に悩んでいた私を助けてくれたのも、リオンの言葉だった。


――子供の頃の価値観って、大人になっても案外変わらないものらしいよ。だから、小さい頃からの教育が大事なんだって。


 その考えに基づいて、私の手駒として使える子供を育てる方針を立てた。

 ただ、どういう形で孤児たちを育てるかに悩んでいて。


――相手を選びさえすれば、恩は恐怖や恨みよりも人を縛ることができるんだ。


 またリオンの言葉に助けられた。

 恩を感じないような相手など、処分したところで感謝されるだけ。だから、不遇だとされている孤児に高い水準の生活を与えれば。きっと私に恩を抱いて手駒とすることができる。


 そう考えて、孤児院を設立するために動いた。

 当然、リオンのブレスレットを奪おうとした孤児も、その親も探し出して殺した。


 それからも似たような事をおこなっているうちに、いつしか私は聖女と呼ばれることになった。

 私の名声に、リオンのような単なる子供では釣り合わないだろう。だから、リオンが活躍できる戦場を、いくつでも用意してあげるね。

 そして、英雄になったリオンと聖女である私で、誰からも祝福される結婚をしてみせるから。


 楽しみにしていてね、リオン。

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