中身

@Fu-Yu-rei

第1話

「ブッコローになろうイベント?」

 頓狂な声色が会議室にのった。その反応に郁さんが思わずといったていでほくそ笑みつつ説明してくれた。

「ええ、まぁ、ありていに言えば黒子体験です。期間中、実店舗にブッコローを展示、有料チケット購入でブッコロー体験ができるというイベント案が挙がっておりまして……」

 もちろんYoutube収録に使用しているやつですよ、とにこやかに付け足してきたので、収録はどうするの?と聞くと既に収録日を避けたイベントスケジュール案もできているらしい。そばにいた若手スタッフがスッと僕の前に企画資料を並べてきた。なんだ珍しく準備万端じゃないか。どうも(案)と言う割にはほぼ“確定”(案)らしい。まぁそろそろ決算だし、有隣堂としてはもうひと踏ん張りしたい時期なのだろう。企画資料を眺めつつ、そばにあったエンボスコップを両手でくるみ手先の暖をとった。あったかい。桜の季節とはいえまだまだ寒い。手先に血流がよみがえる感覚にほっとしている僕とは違い、プロデューサーや郁さん、スタッフさんら各会議参加者は意見交換でほかほかだ。そろそろ僕の意見も聞いてきそうな予感を察知し、コーヒーをあおった。うん、寝ぼけた頭もだんだん回転してきた。

「ーーというわけで、こんな感じなんですけれども、いかがでしょう?***さん」

 みんなのピリリとした視線がこちらに集中する。僕はいいんじゃない、やろうよと適当に肯定すると場もやわらいだ。そう、なにせ僕はブッコローの中の人だ。有隣堂ではTOP10の権力を持つと言っても過言ではない。ハズ。さて、企画が通ったところで今日はお開きといったところか。「ま、僕の身体貸すんだからギャラはこんくらいはずんでよね」ナンチャッテとおどけて企画会議の締めに入ろうとした。その時、バタバタした足音と共に扉が勢いよく開かれた。

「すみません、会議忘れてました!」

 やはりザキさんはオチをかっさらう達人だ。


 結論から言うと『ブッコローになろう!』ーー略してブコなろ! 企画ーーは大好評だった。ブッコローは一羽しかないためまずは試験的に有隣堂 伊勢崎町本店にて開催する運びとなったが、イベントは全日満員御礼の大賑わいとなった。Youtube収録に使用しているブッコローと変声機を設置して、ほぼ現場を再現するよう努力した。みな思い思いに楽しんでいるようで、特に子供は張り切って演じている。そんな様を物陰からひっそり観察していた僕はにやけた口元をマスクで隠した。

 懐があったかくなった事に味をしめ、第二弾の話も持ち上がったそんな折だった。

 ザキさんが突然ザキさんらしくなくなった。

 収録ではガラスペンを語らず競馬を語り、商品紹介にもお値段が高いやら、プロモーションにもかかわらず「でも使わないかな」などと毒舌を吐くようになった。まるでどっかのミミズクのようだ……。さすがに僕も調子がくるって郁さんにザキさんの様子を相談してしまった。郁さん曰く、どうも収録でブッコローの黒子体験したあたりから様子がおかしくなったらしい。ブッコローが憑依しちゃったんですかねーなんて縁起でもない事を言ってくる。ふと郁さんの手帳に目が留まった。馬券だ。

「郁さん、競馬なんてやってましたっけ?」

「ああ、私も最近急に好きになって」

なにかが始まってしまったようだ。僕は逃げ出した。

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