ep38 十九淵裡尾菜⑧

 翌週......。

 

 東京での社会人生活に戻った裡尾菜は、マッチングアプリに登録をした。

 手っ取り早く彼氏を作るためである。

 動機は、お見合いを押し付けようとする母への反抗心。

 ではなぜマッチングアプリだったかというと、交友関係に基づいたものとなると人間関係がややこしくなりかねないからだ。

 たださえ裡尾菜は非常にモテるので、そのような事への警戒心は人一倍に強かった。


「もうこんなに〔いいね〕がついてる......」


 都心の自宅でひとり、頬杖をついてスマホを眺めながら考えこむ裡尾菜。


「どうしよう。だからといって誰でもいいってわけじゃないし。うーん」


 そんな時である。


「あれ?この人、見覚えが......しかも最近見た気がするけど......あっ!」


 裡尾菜は即座に女中の稲本にメッセージを送ると、彼女からの返信を見て目を丸くした。


「やっぱり、お母様がお見合いさせようとしている人だ!」

 

 なんと、母が娘に黙って密かにお見合い相手として準備していた男性とは、山田ナゴムだった!

 ではなぜナゴムが十九淵裡尾菜の相手として選ばれたのか? 

 これは十九淵家と山田家の双方がそれぞれに抱える事情に起因するのだが......。


 それはさておき。


 裡尾菜はここであることを閃く。


「......そうだ!お母様が用意した山田ナゴム。この人とお見合い前に出会っておいて、先にこっぴどくフッてあげればいいんだ!

 山田さんには悪いけど、お母様への当てつけとしてはバッチリよね」


 裡尾菜は妖狐の眸を妖しく光らせた。


 以上の経緯を踏まえ、場面は戻り......。


 セイシャイン60、展望デッキ。

 美しき妖狐に魅了される人々。

 十九淵裡尾菜は彼らの視線を浴びながら山田ナゴムを狡猾に見つめる。


(私の考えた仕上げ。それは......最後に妖狐の姿を見せ、完全に彼を魅了すること。その上で、彼を残酷にフルこと!)


 妖狐は非常にモテる。

 ヒトにも妖にも。

 妖狐の姿に目を奪われない者はいない。

 それは妖狐の家系には美男美女が多いという事もあるが、妖狐は先天的にヒトも妖も魅了する特質を備えているのだ。

 アニメや漫画において妖狐が人気キャラになるのが多いのも、実はその事実に端を発している。


 裡尾菜はその事をよくわかっていた。

 実際、彼女は普段からモテまくっている。

 自分が妖である事を隠さない彼女は、モテ過ぎて困っているほどだった。

 天狗がモテないがゆえに正体を隠すナゴムが聞けば噴飯モノという気がするが、事実なので仕方ない。


「山田さん。本当の私の姿、どうですか?」

 裡尾菜はわかりきっている事をあえて尋ねた。

 可愛い、綺麗、素敵、美しい。

 そんな言葉たちはどれも彼女にとっては予定されている言葉。


「り、裡尾菜さん、妖だったんですか......!」

 ナゴムは目を丸くして言った。


「はい。山田さんのお好みではありませんか?」

 裡尾菜は悪戯っぽい表情を浮かべた。


「いえ、その、めちゃくちゃ綺麗です」 

「フフフ。ありがとうございます」


「ま、まさか、裡尾菜さんが妖狐だったなんて……」

「隠していたわけではないですけどね。プロフにも書いてましたし」


「え?マジで?」

「山田さんが気づいていないだけですよ。なんなら確認してみてください」


 ナゴムは即座にスマホを出してアプリを開き確認する。


「......いや、どこにも書いてませんが?」


「よろしくお願いします、の後に絵文字ありますよね?」


「あっ、キツネの絵文字......てこれで気づけるか!」


「他にも、好きな食べ物が書いてある箇所ありますよね?そこを見てもわかりますよ」


「ええっと、好きな食べ物……きつねうどん、きつねそば、油揚げ、いなり寿司......てこれでもわからんわ!ただのお揚げ好き女子としか思わんし!アゲアゲ系ならぬ揚げ揚げ系っすか!?」


「フフフ......」

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