ep35 十九淵裡尾菜⑤

 ナゴムは「あはは」と軽く頭を掻きながら続ける。


「魅力的だからこそ、そういうふうに思うんじゃないですかね?」


「はい?」


「例えば......グルメでもファッションでもスポーツでも音楽でもなんでも『ハマりそうでコワイ!』ってあるじゃないですか。そんな感じじゃないですか?」


「うーん?」


「強く惹き込まれそうな何かがあるってことですよ」


「じゃあ、山田さんはどんな女性に惹き込まれそうになりますか?」


「女性のタイプってことですよね。一応プロフにも書いていたとおりで...」


「山田さんの口から直接聞きたいんです」


「そ、そうですか」


 ナゴムは裡尾菜の積極的な質問にタジタジする。


(え?なんか裡尾菜さん、めっちゃ積極的じゃね?なにこれ?イケちゃうの?こんな美人なヒトと?これは......ついにキタかもしれん。俺にも春が!

 ......と待て待て。落ち着け、俺。ここで慌ててしまったら、決められるゴールも決められなくなってしまう。こういう時だからこそ、地に足をつけて、冷静に、着実に、決めにいくんだ)


 荒くなりそうな鼻息を抑えながら、彼は落ち着いて回答する。


「一緒にいて心が安らげるというか、安心できるヒトがいいですね。俺が普段から結構あれこれと考えちゃう人間なんで、それを「大丈夫だよ」って、優しく背中を押してくれるような......」


「包容力のある女性ってことですね」


「あの、裡尾菜さんはどんな男性がタイプなんですか?」


「私は、好きになった人がタイプです」


「じゃあ、過去にどんな人を好きになったんですか?」


「知りたいですか?私の好きになったひと」


 裡尾菜は深い海のような瞳に悪戯っぽい光をたたえて言った。

 ナゴムは必死に落ち着いてみせる。

 だが心の中では動揺させられっぱなしで狼狽するのみ。

 それでも、なんとか取りつくろった笑顔を浮かべて応戦する。


「も、もちろん、言いたくなかったら答えなくても全然いいんで!」


「違いますよ山田さん。私の好きになった人を知りたいですか?と私が質問したんです」


 裡尾菜の美しい目はナゴムをとらえて離さない。


「で、ですよね!では、ひとりだけでも教えていただければ...」


「わかりました。じゃあ、そうですねぇ」


「はい......」


「やっぱりヒミツです」


「えっ」


「だって恥ずかしいじゃないですか」


 裡尾菜ははにかんでみせた。

 ナゴムは目の前の妖美なる美女を見て思う。


(や、ヤバい。完全に弄ばれてる!え?それ計算でやってるのか?それとも天然でやってるのか?全然わからん!)


 つかみどころのない裡尾菜の小悪魔っぷりに、もはやナゴムは完全に主導権を握られていた。


 一時間ちょっと過ぎ......。


 酒のグラスに口をつけながら、糸緒莉は怪訝な表情を浮かべていた。


「糸緒莉ちゃん?どうかしたんですか?」

  長穂が気になって尋ねた。


「なに話しているのかはわからないけれど、どうもあのヒト......」

「やっぱりあの美人さん、あやしい感じですか?」


「気のせいかもしれないけれど、何度か私と目が合っている気がするのよね」

「き、気づかれたんですか?」


「ハッキリとはわからない。けど...」

「?」


「普通のヒトではない気がするの」

「あ、悪女さんですか!」


「悪い、というのとも違う気がする」

「はあ」


「......あっ」


 ちょうどその時、裡尾菜が席を立ち、お手洗いに向かって歩いていった。

 糸緒莉は視界の隅で裡尾菜を把握しながらテーブルを見つめる。


 数分後。


 ふたりが会話していると、唐突に長穂が「あっ」と声を上げる。


「長穂ちゃん?」

「し、糸緒莉ちゃん!そっち!」

「え?」


 長穂が示すほうに糸緒莉が振り向くと、あいだ三メートルの距離から裡尾菜がこちらを向いて微笑んでいた。


「!」


 不意を突かれてギョッとする糸緒莉。

 わずかの間ふたりは見合った形になるが、すぐに裡尾菜はスッと席に戻っていった。

 

「な、なんだったんでしょう」

 長穂は胸をドキドキさせながら冷や汗まじりに言った。


「......」

 糸緒莉は無言のままおもむろにグラスを手に取ると、残り少ないお酒をクイっと飲み干した。

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