なれなれしい花

ポピヨン村田

第1話

 花がしゃべった。




「田村くん? これで何度目? あなたわざと不備のある製品を納品してるの?」


 椅子でふんぞり返る同い年の女上司を前に、田村は縮こまることしかできない。


 同僚もそんな田村の様子をひそひそと、そしてにやにやと見守っている。助けてくれる者は誰一人としていない。


「ま、今回のお客様は私が新卒の頃からご愛顧いただている方だし? おかげさまで先方とはずっと仲良くやれて来れてますし? 丸く収めてきましたけど?」


「はい……ありがとうございます」


 覚えている。四方山よもやまが新卒であった時、当然田村も新卒だったのだ。四方山はその頃から既に頭角を現しており、田村はそんな四方山の邪魔になるからと早々にお茶くみ係にされてしまったのだ。


 苦い思い出を余計色濃くするように、四方山は詫びがてらに田村が淹れたコーヒーをうまそうにすすった。


「あ……あと、これあげるわ。ありがたく受け取りなさい」


 四方山は、よく整頓された机で先ほどから存在感を放っていた鉢植えを田村の方に追いやる。


「え……でも花なんて僕育てたこと……」


「付き合い長いんだから知ってるわそんなこと。そんな問題じゃないってなんでわからないかしら? 本当鈍いんだから」


 一輪の白い花が植えられた鉢植えは愛らしくてかわいい。四方山とは大違いだ。


「それ、あなたが多大なるご迷惑をおかけしたお客様が趣味でお育てになっている物なの。私が持って帰ってもいいけどちょっとかわいすぎるのよね」


 四方山は有無を言わさず鉢植えを田村の手の中に押し込む。


 嫌ですよ、ときっぱり言ってやりたかった。


 けれど断れば、また四方山にネチネチと小言を言われる。おまけに言い方はどうあれ、四方山が幾度となく田村のミスを挽回してくれたには違いない。


 田村は頭と胃に痛みを覚えた。


 その時、終業を知らせるベルが鳴り響いた。


 フロアの人間はそれぞれに帰り支度を始めている。定時後の余興やプライベートの楽しみの話に、皆花を咲かせている。


 それが羨ましくなった田村は、甘んじて手の中の重みを受け入れることに決めた。


「はぁ……わかりました……じゃあ僕はこれで失礼します」


「ちょっと待った」


 四方山は見せつけるように大きな溜息を吐いた。


「誰かさんのせいで私は残業なの。せめて私が帰るまではいなさいよね。それくらいならあなたにもできるでしょ」


 数多の理不尽に反論する気力を、田村はとうの昔に喪失していた。


 だから大人しく頷いた。同僚達がわざとらしく『相変わらず仲良いですね』とはやし立てながら帰っていく中、涼しい顔で受け流す四方山が憎らしくて仕方がなかった。


 手の中の鉢植えが、ずっしりと重くなったような気がした。

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