情けは人の為ならず
たまごろう
情けは人の為ならず
<だいじょぶ・・ですか?>
変な声がきこえた。
<私は「ブッコロー」遠い世界から来ました・・・>
<私は完全自律式環境調査鳥型ユニット、略して「ブッコロー」です。各時代の調査をしながら旅を続けています。>
どうやら目の前のやたらとカラフルな鳥のぬいぐるみが喋っているようだ。おもちゃにしてはよくできている。最近のおもちゃの進化はすごいな。
鳥のぬいぐるみは話を続けた。
<突然ですが「情けは人の為ならず」と言う言葉をご存知ですか?>
<人に親切にすれば、その相手のためになるだけでなく、やがてはよい報いとなって自分にもどってくるという意味です。>
<結局、親切にするのは人のためではなく、自分に戻ってくるのを期待しているのでは?という、うがった考え方もできますね。>
急に現れた鳥のぬいぐるみは、なにやらよくわからんことをしゃべり続けている。
<それはともかく、この言葉は、以前私が非常に困っていたときに、私を助けてくれた方が教えてくれた言葉なんですよ。だからわたしも困った方には親切にするように努めているのです。>
<ところで、あなたは今現在、非常に困った顔をされていますね。私にひとつ親切をさせて下さい。>
まったくよく喋るおもちゃだ。
確かに私は困った顔をしている、と思う。というか、疲れ果てた顔だろうか。
相変わらずの不景気のなか、なんとか就職した会社では、ほとんど休みもなく、昼も夜も働き続けている。休日出勤の徹夜作業で何とか納期前に仕事を終わらせた後のことだ。このままでは体を壊してしまうなぁとか、そんなことを公園のベンチでぼーっと考えていた時の出来事だ。
<ちょうど良い。>
<あそこに本屋さんがありますので、困ったときに心が晴れやかになる本をあなたにプレゼントいたしましょう。>
<お金は大丈夫です。あの本屋さんとはそういう契約になってますから。>
本屋?契約?
全くなんのことだか?
どうやらこの鳥は私に本をプレゼントしてくれるらしい。なにかのドッキリだろうか?
まあ、特に断る理由もない。どちらかというと、この鳥のぬいぐるみが私にどんな本をプレゼントしてくれるのかに興味がある。
<では、本屋に行きましょう。>
そう言うと喋る鳥は私の返事も聞かずパタパタと飛び始めた。
「飛べるのか!?」
まあ、鳥のぬいぐるみが空を飛んでもおかしくはないか。
よく分からん事だらけ過ぎて、私の判断能力は麻痺しており、ぬいぐるみが空を飛ぶ程度は些細なことに思えた。
小さな駅の駅前の小さな本屋に鳥は入っていった。
店内にお客さんはおらず、店員も奥で作業中のようだ。
まったく不用心なお店だと、ぼーっと考える。
店内でも鳥はパタパタと飛び回っている。プレゼントしてくれるという本を探しているのだろうか?
それはそうと、本屋なんて来るのは随分久しぶりだ。
最近は仕事に忙殺され、家と会社の往復のみ。本屋をゆっくりと眺めるのも学生以来か?
そんなこんなで、ファッション雑誌などを特に内容に興味があるわけでもなくぼんやりと眺めていたら鳥が近づいてきた。
<プレゼントの準備が出来ましたので公園に戻りましょう。>
会計とかはどうしたのだろうか?
まったく良く分からんが、公園に戻るようだ。
<こちらがあなたへのプレゼントです。>
鳥は本屋の紙袋を私に手渡した。
<プレゼントは私が去ってから開いてください。特に理由はありませんがなんとなくです。>
鳥のぬいぐるみでも照れくさかったりするのだろうか?
<あなたには元気を出してもらわなければ困ります。ご達者で~。>
そう言って鳥は飛んで行ってしまった。
まったく謎だらけである。
疲れた頭が生み出した幻覚だろうか?
だが、手元には鳥から手渡された紙袋がちゃんと存在している。
私が無意識のうちに本屋で購入したのでなければだが・・・、
私は紙袋を開いて中身を取り出した。
一冊の文庫本だ。ご丁寧にお店の文庫カバーがかかっている。
結局、本屋では店員を見かけなかったが、だれがカバーを付けたのだろう?
ともかく、文庫本はここに存在している。
私は文庫カバーのついた本の表紙をめくった。
『1984年』ジョージ オーウェル著、
海外作家の小説か、読んだことがない小説だ。
私はページをめくっていった。
『ニュースピーク、二重思考、偉大なるビッグブラザー!』
頭がクラクラしてくる。
公園のベンチで読むには内容が重たすぎた。私は近くの喫茶店に入って続きを読むことにした。
『物語の舞台は1984年、世界は三つの超大国によって分割統治されており、つねに紛争が行われている。主人公は「真理省」の下級役人として歴史の改竄作業を行っている。主人公はふとしたことをきっかけとして、そのような党の方針に疑問を持ち、そして・・・』
このヒドい小説はなんなのか?
ひたすらに気が滅入ってくる。
あの鳥のぬいぐるみはなんだってこんな小説を私に手渡したのだろうか?
全くもって意味不明である。
最後まで読み進めたところ、一枚の紙がはさまれていた。
<小説はいかがでしたか?
これは私のとても好きな小説です。
とくに落ち込んだ気分のときに読むと、気分が晴れやかになりますよ。
今のあなたにピッタリです!>
鳥なりのジョークなんだろうか?
こんな小説を読んで気が晴れるわけないだろう。
そもそも鳥のぬいぐるみが落ち込んだりするのか?相変わらず疑問だけが湧いてくる。
紙には続きがあった。
<あと、『アンドロイドは電気羊の夢を見るか』という小説も落ち込んだときによいですよ。>
<p.s.あなたを助けてくれるものを本と一緒にいれてます。>
<礼には及びません。
『情けは人の為ならず』ですからね。
ではでは。>
手紙らしきものを最後まで読んでも意味がわからない。もう一冊のオススメもどうせろくな本ではないだろう・・・。
私のことを助けてくれるものが入っている?
本屋の紙袋の中を覗いてみたが、
『1984年』の本以外には何も入っていない。
よくある転職情報冊子以外には・・・。
私は会社を辞めた。
・
・
・
そういえばこのぐらいの季節だったな。
あのときは、やはり頭がどうにかしていたのだろう。
窮すれば鈍する、
別にこの世に仕事が一つしかないわけでもないのだし、つらい仕事を続ける必要はなかったんだ。
会社を辞めた後、アルバイトをしながらなんとか試験に合格し役所勤めの身となった。
結局、仕事もそうだが、ひとには向き不向き、合う合わないがあるのだから、合わないことを続けても良くない・・・、
休日のベンチで座りながらそんなことを考える。
あの鳥のぬいぐるみに出会ったのはこの公園だったかな?
あの鳥は『1984年』を通じてそんなことを私に伝えたかったのだろうか?
そんな訳はないか、単に鳥の本の趣味が偏ってただけだろう。
もう一冊のおすすめ小説も結局ひどい話だったし・・・、
<助ケテクダサイ!>
見てみると、
見覚えのある変な鳥のぬいぐるみが大量のカラスにつつかれていた。
私は近づいてカラスを追っ払った。
「久しぶりだな、鳥のぬいぐるみ。カラスにつつかれるとは災難だったな
まあ、『情けは人の為ならず』だな」
そう言ってぬいぐるみを起こしてやった。
「ハジメマシテ。
私ハ完全自律式環境調査鳥型ユニット『ブッコロー』デス、時代ヲ遡リナガラ環境調査ヲシテイマス。
助ケテクダサリ、誠ニアリガトウゴザイマス。アノママデハタダノ綿ニナッテシマウトコロデシタ。
コノゴ御恩ハ必ズオ返シイタシマス!デハ失礼イタシマス!」
「待て待て待て待て」
「随分たどたどしいしゃべり方だな、じゃなくて、はじめましてじゃないだろ。
前に会った時には『情けは人の為ならず』って言って、俺に本をプレゼントしてくれたじゃないか!」
<タドタドシイシャベリ方デ失礼イタシマス。ナニブンコノ時代ニ来テ間ガナイモノデシテ。
ソレハソウト、
誠ニ申シ訳アリマセン。アナタトオ会イスルノハ私ニトッテハ初メテノコトデゴザイマス。
助ケテクダサリ、誠ニアリガトウゴザイマス。コノゴ御恩ハ必ズオ返シイタシマス!
ソレデハ私ハ先ヲ急ギマスノデコレニテ失礼イタシマス。
『情けは人の為ならず』
ヨイ言葉デスネ、覚エテオキマス。デハデハ。>
「おい、待てよ・・・・」
鳥のぬいぐるみはあっけなく飛び去って行った。
時代を遡っての環境調査・・・
情けは人の為ならず
「なるほどね」
完
情けは人の為ならず たまごろう @oki3333
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