第24話 倉庫群

「チッ、本格的に時間がなくなってきた」


衣装部屋を出たアレクは懐中時計を確認した。


開場まであと一時間強。

スワロウ座を愛するルーシーが舞台に穴をあけるとは考えづらい。

姿を消したルーシーが劇場に戻って来る目的を果たす前に、彼女の所在をつきとめなければならない。


(遠くへは行ってないはずだ。劇場周辺を直接探した方がはやいか?)


「アレクさん」


上着のすそをひかれた方へ視線を転じたアレクが動きを止める。

廊下の先で、ズングリとした体格の男が団員と話をしていた。

男はひとことふたこと言葉を交わすと、団員が指さした方向へ走り出した。


「追うぞ!」

「はい!」


ふたりはあわててフランクリンのあとを追った。


* * *


フランクリンが向かった先はルスティカ劇場の隣にある倉庫群だった。

長屋状に連なる赤レンガの倉庫が、互いに向き合うようにして並んでいる。

そのあいだをのびる運搬通路の入口で、チャーリーとアレクは足を止めた。


「くそっ、見失った」


日も暮れ、あたりはとっぷりと暗くなっている。

周囲に人の姿が見えないのは時間帯的なこと以外に、張り巡らされた立入無用の立札と規制線によることもあるだろう。


「昼間、結構な人数の警察が調べてるのが窓から見えましたけど、そんな中で隠れ続けるのってかなり大変じゃないですかね?」

「結界でもしいて、外から干渉されねぇようにしたんだろうよ」

「けっ……」


日常生活の中でまずきかない単語がいきなり飛び出す会話に慣れないチャーリーは頭をフル回転して記憶を探った。


「ええと、ええと、結界は『憑依者の心象世界のようなもの』って室長さんがいってたアレでしたっけ?」

「ああ。現実と空間を切り分けて、外部から見つけられないようにする術だ」

「き、切り分け……そんなことされたら、警察がどんなに探したってみつけようがないのでは」

「だから特捜室俺らの捜査は普通の警察とやり方がまったく違うんだよ」


規制線を長い足でまたいでズカズカ敷地内へ入っていくアレクをチャーリーはあわてて追いかけた。


魔法香まほうこうがこれでもかってくらい匂ってやがる。ルーシーと残滓は間違いなくここにいるな」

「こう?」

「魔力の気配みたいなもんだ」

「あ、じゃあそれをたどっていけば、ルーシーさんたちを見つけられるっていう?」

「充満しすぎててまったくわからん」


にべもなく返された。チャーリーは歯痛を我慢する子どものような顔をした。


「だが」


結界をはるためにはそれなりの魔力を要する。


「結界を展開してるってことは痕跡がどっかに出てるってことだ。探すぞ」


* * *


ガス燈に灯りがともされていないせいで視界が悪い。

そんな中、ふたつの人影は倉庫をひとつひとつ確認していく。


倉庫の戸口には使用者の名札がかかっていた。

札のかかっていない倉庫は鍵があいているが、使用中の倉庫は鍵がかかっていた。

そうした建物は背丈のあるアレクが明かり取りの小窓から中をのぞいて確認する。

流れ作業のようにそれらを繰り返していくうちに、


「ん?」


ふとひっかかりを覚えたチャーリーが立ち止まった。


「どうした?」

「いや……」


なにかを見落としたような気がする。

でもそれがなんなのか、うまく思い出せない。


(うーん、一度描き出したい)


しかし今は手もとに鉛筆も紙もない。


仕方ない。

チャーリーは落ちていた小枝をひろうと、芝生がはげている場所にしゃがみこんだ。

土を紙に、枝を鉛筆に見立てて、これまで見て回った倉庫の順にかけられていた木札の内容を描き出しはじめる。

暗くて視界不良だったが、ひいた線が脳裏に明確な輪郭を形作っていくため、問題はない。

そうして描き上げた札の表示物は、大半が文字のみだったが ――――


「そっか。倉庫の鍵があいてるかどうかばかりに意識が向いてて気づかなかった」

「なんだ」

「たぶんここの倉庫に入れて、そこから繁華街の店や酒場に卸してたんですね」

「?」


話の見えないアレクが肩眉をひそめた。


「ヒルドン・エールです」


枝を置くや、チャーリーは走り出した。


文字ばかりの名札の中に意匠を用いたものもあった。

本来であればブルワリーの名とヤマネコの意匠が描かれた札をかけているはずの倉庫の前にたどりついた絵描きは、息を切らしながら戸口へ歩み寄った。


(やっぱり春ツバメの意匠!それに ――――)


アレクのいう『魔法香』なるものが、チャーリーにはいまいち理解できなかったが、この建物を取り巻く空気がひどくよどんでいることはなんとなくわかった。


他に異変がないか、周辺へ視線をめぐらす。

すると、この倉庫だけなぜか明かり取りの小窓が二階部分にしかないことに気づいた。加えて、


「なんであんなに暗いんだろ……?」


暗闇に慣れてきた眼をこらしてよく見ると、窓に夜の藍色よりもなお暗い幕がはられていた。


「さしずめ『緞帳』ってところか」


いつのまにか隣で同じように窓を見上げていたアレクがつぶやいた。

観客たる外野に、舞台内側を知ることを許さない目かくし。

アレクが戸口の取っ手に手を伸ばそうとした時、


―――― バチッ!


音をたててはじかれた。


「!?」

「アタリだ」


よくやった、と獰猛な笑みが男の口もとに浮かぶ。


「結界を破る……下がってろ」


懐から一枚の古びたカードを取り出し、指先にはさんだそれを見えない障壁におしつける。

バチバチバチッ、と侵入者を拒む銀の光と糸のような放電をまき散らすそれに、アレクは聞き取れない声で短くなにかを唱えた。

白紙だったカードの表面に朱色の紋様が浮き上がる、刹那 ――――――


パリンッ


うすい玻璃が割れたような波動が空気を震わせた。


「…………!」


手もとにまとわりつく微細な粒子を振り払いながら、アクレは肩越しに後ろを見た。

あ然と立ち尽くすチャーリーに、ひとこと投げかける。


「入るぞ」

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