関東の本屋には、喋る鳥がいる。

でめに

とある日の、横浜で


関東の本屋には、喋る鳥がいる。


鳥籠に入れられ、覚えた単語をひたすら唱える類ではない。

ビル5階にある書店の大きな窓から横浜みなとみらいの絶景を見下ろし、私の足元に立つオレンジ色をした大きな鳥は、今日も良い天気だなァ~良いフライト日和だなァ~などと独り言ちていた。


もちろん我が目は疑った。

本棚の裏から小さな声が聞こえてくると興味本位に覗いたら、件の大きな鳥がいる。

通り過ぎた店員の反応は、一瞥こそすれどそれ以上の反応はなく、鳥を追い出す事もしなかった。

この本屋は動物に寛容なのか?などと不思議に思っていたら、窓ガラスに反射した鳥と目が合ったような気がした。

「ちょっと!そこの人!!」

鳥はこちらを振り向き、茶色い翼を広げ私に呼びかけてくる。

「今ヒマなのよぉ!話相手になってよ!!」

「……はぁ…?」

そうして私は、オレンジ色をした大きな鳥と並んで、横浜の景色を眺めるに至っている。



「今日は収録の日なんだよね。こんなに天気良いのにスタジオで缶詰とかないよね~」

「…はぁまあそうですね…。……収録?」

鳥はカラフルな羽角を揺らしながら私を見上げ、明朗に話しかけてくる。

「鳥の世界にも収録なんてものがあるんですか?」

「え?ブッコローの事知らない?てっきり”ゆーりんちー”だと思って声かけちゃった」

”ゆーりんちー”がブッコローを見たらもっと騒ぐか…と、よく分からない事をブツブツと言っている。鳥が鳥料理の名前を言っている。なかなかにシュールだ。

「おねーさん、どこから来たの?」

「え…、京都です」

「えええ!!そんな遠いところからこんな地方書店にやってきたの?!横浜もっと良いところあるのに!勿体ない!!」

「えと…こんな地方書店なんて言ったら、本屋さんに怒られますよ…」

「大丈夫大丈夫~!!ブッコローのそういうところが売りだから!!」

何が売りなのかさっぱり分からないが、自らをブッコローと呼ぶ鳥はケラケラと笑いながら翼をはためかせた。


曰く、彼(?)はこの書店『有隣堂』を盛り上げるべく派遣された鳥――ミミズクで、動画チャンネルで番組MCを勤め、日夜奮闘しているのだそうだ。

名を、R.B.ブッコローという。


自称敏腕MCは、ねぇねぇ!生で『なんでやね~ん』って聞かせて?1回聞いてみたい~と言いながら、嘴で私の腕を突いてくる。

「関西人は意味無くツッコまないっすよ…」

「ホンマカイナ~!!!」

イントネーションのずれた関西弁を連発しながら、えらくハイテンションなミミズクである。



「それで、おねーさんはどこに行くの?」

「友人と、赤レンガ倉庫で待ち合わせをしていて。そろそろ行かなきゃなんやけど」

腕時計を見ると、ブッコローと出会ってから結構時間が経っていた。青かった空も薄く赤みを帯びてきている。

「なら連れてってあげるよ!」

「え??」

また突拍子もない事を言い出したと横を見ると、ミミズクの姿はなく、代わりにスーツを着た成人男性が立っていた。

「いや誰やねん」

「おぉ!関西の生ツッコミいただきました!!リアルぅ!!」

人の姿をしているが、声もテンションも間違いなくブッコローだ。よく見ると髪の一部にカラフルな羽角の名残が見える。

「移動はヒト型の方がラクなのよ。チョー便利な身体でしょ。こっちついといで~」

ニコニコと笑いながら、人の姿をしたブッコローは『STAFF ONLY』と書かれた扉を指差して歩き出す。

――いやいやこの状況なんやねん…ついていってええんかいな…鳥のくせに上手に歩きよるな…なんやねんこれ…、とスタスタ歩くスーツの背中を見ながら私は頭を抱えそうになっていた。

ブッコローはついてこない私に大きく手を振って、はやくぅ~!!!と大きな声で呼んでいる。

そもそもミミズクが喋っている時点で大概な状況なのだ。何を今更だ。なるようになるだろう。開き直ることにした。


このミミズク、意外と紳士的で、扉を手で押さえ、どうぞと入室を促してくる。

「勝手に入っていいんですか?」

「いいのいいの~。だってブッコロー関係者だもん。キミは関係者のツレだから、おっけーおっけー!」

何度も往来しているのかブッコローは淡々と歩を進め、関係者のツレだからOKという理論に納得いかない私は店員さんに怒られないかとビビりながら後ろをついていく。

通り過ぎる店員さんに、おつかれーっすと声を掛けていくブッコロー。

その後ろに明らかな部外者である私を見ても、追い出さず会釈をしてくれる店員さんを見るに、ブッコローが部外者を連れ込むのはよくある事なのだと悟り、私も会釈を返した。


暫く進むと人気はなくなり、薄暗い廊下を曲がった先に、時代にそぐわない古めかしいエレベーターが現れた。金属製の蛇腹式内扉が照明に照らされ鈍く光っている。

確か京都の中華料理店に日本一古いエレベーターがあったが、それに似ていた。

「このエレベーター、いろんなところに繋がってんのよ」

人の姿をしたミミズクはまた訳の分からない事を言い出した。

「いろんなところってどこ…」

「ほんといろんなところよ!有隣堂全店と、横浜の観光名所にも行けちゃう。だから赤レンガ倉庫もすぐなのよ!」

「超局地的どこでもドア、やん」

「そそ。誰にも言っちゃダメだよ。ナイショね」

これ挟まるとめちゃくちゃ痛いから気を付けて、とブッコローは蛇腹の扉を開き、現代のエレベーターよりは幾分窮屈な内部に乗り込んだ。傷んだ床に年季を感じる。

「翼だとボタンが押しにくくてね~。ヒトの指だと簡単なのよ」

行き先の書かれていない古めかしいボタンが沢山配置されているが、ブッコローは把握しているようで迷うことなく1つを押した。ガタンと少々不安になる音と共にエレベーターは動き出す。

「また有隣堂においでよ。さっきの店以外にも面白いところあるしさ、横浜観光もしてあげるよ!」

ニコニコと懐っこい笑みを浮かべるブッコロー。

確かにブッコローに案内をしてもらったら、どこに行っても面白そうではある。


チン…と、冴えたベルの音が鳴る。

「とうちゃ~く」

エレベーターを降りたら、そこは確かに赤レンガの壁に囲まれた商業施設の中だった。

「んじゃブッコローはスタジオに行きますか」

めんどくさいけど…と小さな声が聞こえ、しぶしぶと言った表情でブッコローは再びエレベーターに乗り込む。

「またおいでぇ!」

蛇腹の扉が閉まるとそこにはスーツを着た成人男性の姿はなく、オレンジ色をした大きなミミズクが翼を大きく振っていた。

私も小さく手を振り返す。



「―――――!」


遠くから私の名前を呼ぶ声が聞こえ振り返る。待ち合わせていた友人が手を振っていた。

視線を戻すと、古めかしいエレベーターは影も形も無く、赤いレンガの壁があるだけだった。


狐に化かされるとはこんな感じかと、私は小さく笑って赤レンガを見つめた。

近寄ってきた友人に声をかける。

「なぁ。本屋で大きな喋る鳥見たんやけど、こっちじゃよくある事なん?」




関東の本屋、もとい有隣堂には、お喋り好きなミミズクがいる。


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関東の本屋には、喋る鳥がいる。 でめに @demeni1112

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