■ほんと、男なんて大嫌い!


 はじめに書いたように、わたしは基本的に野郎どもを恨んでいる。それには幾つかの理由があって、それを説明したいと思う。

 

 その前に、さっきのはなしに戻っていうと、わたしがその子を受け入れることができたのは、たぶん、その子に多少悪口を言われたくらいでは傷つかなかったせいだ。傷つかないどころかわたしも相手を舐めきっていた。先に見下したから罵られたのかもしれない。だから、もっとひどいことを言われたりされていたら、やっぱり許せずに、助けてと頼ってきたひとを無視して捨てておいたかもしれない。

 その証拠に、わたしは中原に冷たかった。

 自分が傷つけられたと感じたときには相手を許せなかった。

 

 乾くんと別れた後、わたしは色気づいた。目覚めたと言ってもいい。ポニーテールにしてリボンを結んだだけで今までと男子の態度がちがった。男の子に好きだと言われるのがとてもキモチイイと気がついてしまったのだ。

 なんで別れた後なのかというと、二度デートしてすぐにあの事件があってふられてしまったせいだ。あれ、なんか惜しかったんじゃない? と、感じた。

 ついこないだまで、女になんてなりたくないと思っていたくせに。我ながら浅ましいというか掌を返すのが早いというか舌の根も乾かぬうちにというか。

 臆面もなく正直にいうと、他の女の子から羨ましがられるというのは気持ちがよかった。乾くんを狙っている女子がたくさんいるなか一緒に帰ろうと待ち合わせの約束をするのは、そりゃあ気分がイイ。そんなわけで、わたしは自分の性格が悪いとしみじみ思い知った。こんな、優越感などというとんでもなく美味な甘露を味わって、それを綺麗さっぱり忘れられるだろうか。

 その手のことに劣等生だと思っていたからこそ、快感も大きかったに違いない。

 まあ、すぐにふられたんだけど。

 

 ついで、中原に無理やりキスされた。しかも続いて押し倒されて胸とか身体を撫で回された。

 あああ。

 誰かほんとに、あの頃のわたしにもうすこし用心しろと言ってあげてほしい!

 男とふたりきりで密室や人目のないところに行ってはいけないとか、ことに鍵が閉まるような放送室に入っちゃ駄目だとか。男は自分の都合のいいようにしか物事を解釈しないとか。

 ファーストキスを奪われたわたしは、本気で泣きまくった。今じゃそれくらいどうってことないじゃんと思うけど、当時は生理もきてないのにそんなことされて自分が汚れてしまった気がした。しかも、それから十日とたたないで、出血した。自分が酷くいやらしいものになったような気がしてたまらなかった。

 女の子同士でその話題が出ると、ひとりで心臓をどぎまぎさせた。みんな好きなひととデートして、なんだか素敵なシチュエーションでしてるのに、自分だけ、みっともなくて恥ずかしく、いやらしい変な風にしてしまったというのが気がかりでしょうがなかった。

 

 わたしははじめから男嫌いだったわけじゃない。

 だいたいいきなりキスする?

 

 今でも思い出すと怒りに震えそうになるけれど、わたしは怒るどころかほんとうにただおとなしく震えていた。ショックで腰が抜けて動けなくて、それが相手にOKを出したように思われたのだ。叫ぶとか暴れるとか全然、できなかった。そのせいでずいぶん長いあいだ抱きつかれてあちこち弄くられた。

 わたしはスポーツブラをしていた。仲良しの女友達に、乾くんと付き合うといったら、じゃあしときなよと言われたからだ。ブラを気にするようなお付き合いが始まるのかと尻込みしたけれど、服が綺麗に見えるから、と彼女たちは言い張った。たしかにワンピースの上半身は綺麗にきまった。もちろん制服も。

 あのとき思ったけど、あれって防護するためのものでもあるんだなって。

 

 それにしても、自分に隙があっただろうか。

 ちょっと手伝ってもらいたいんだけど、と中原はいった。わたしはあの一件以来、なんだか疎遠になってしまった彼に仕事を頼まれたのがうれしかった。また一緒に、このアルバムの何曲目がいいとか、あれと比べてどうとか、そういうお喋りができると期待した。

 あらたまった顔で、はなしがある、だなんて呼び出さないところは、今でもさすがだと思う。男だったら是非とも真似したい。わたしみたいにうっかりした女はひっかかるだろう。わたしはちらとも警戒しなかった。

 女だと思ってると言われてあれだけ前振りされたら気がつくだろうと思うかもしれない。けれど、乾くんのはなしのときに待ったが入らなかったことで、彼にそんな気はないのだろうと考え直した。実は、その前まではきっと彼はわたしを好きなのかなあと思っていた。あそこで何にも言わないってことは、わたしの自惚れで勘違いだったのだと、そう単純に決めつけた。

 いい? と中原がきいてきたのは覚えている。

 わたしがちゃんと拒絶の声をあげたのは、セーラー服の裾、あのウエストのラインからうえに彼の手が這いのぼろうとした瞬間だ。身の毛がよだつというのか、その掌の感触の生々しさにぎょっとした。

 あとは、中原のゴメンの連続だ。しかも合間に、キスしても嫌がらなかったから、と言い訳された。びっくりしたんだよと言い返したけれど、もう遅い。泣くなよ、と中原はくりかえした。しゃがみこんだわたしに再び手を伸ばそうとするので、今度はやめてと口にした。

 

 おまえが好きなんだよ。

 わたしは中原が嫌い。

 

 中原は息をするのを忘れたような顔で、わたしを見つめていた。わたしはものすごく気が高ぶっていたのだろう。生まれてこのかた、ひとにむかってキライなどと口にできる瞬間があるとは思ってもみなかった。それはそれでやけに興奮する出来事で、わたしは嗚咽に喉をひきつらせながらひそかに心臓を高鳴らせていた。そして、相手が何か言いかける前に、言い放った。

 

 大嫌い、もう絶対に許さない!

 

 当時のわたしの気分とすれば、その言い分は正しい。でも、冷静になって考えると、わたしは中原が傷つくのをひたすら見たかったのだ。ひどいことをされて、相手に仕返ししたかった。しかも、好きだと告白されて自分の有利を悟ったがゆえに言えたことばだ。

 それこそ、あのころのわたしにはそこまで自分の気持ちを観察する余裕はなかった。

 自分の望まぬファーストキスごときでおろおろするほどオトメだったのだから。

 

 それでもって、はなしはこれだけで終わらない。

 中原の言い訳に、乾くんの名前がでた。わたしは何故その名前がここで出てくるのかわからなかった。すると、中原が切れ切れにつづけた。もう、乾としたって、噂になってたから、と。

 わたしは耳を疑った。なんでブラジャーしないのと尋ねられたとき以上の衝撃だった。したって、したって何をだ、という気持ちで涙がとまった。

 中原はもう、さすがにそのときには「事実」をそれと知っただろう。

 乾くんが嘘をついたのだ。

 しかもそれがクラス中に広まっていたらしい。

 わたしはそのふたつを、同時に知った。

 どうしようもなく最悪な形で。

 

 どうやって家に帰ったのかよくおぼえていない。中原にされたこともショックだったけど、乾くんの嘘、そしてそれが男子たちの共有事項になっている事実に絶望した。

 あのときのわたしには絶望だと思えた。今になれば、笑えるネタだけど。

 だから黒歴史。

 塗り潰すぜ! という勢いで笑うけどね。当時はそう思えなかったよ……。

 

 そんなわけで乾くんは無視した。ウソはすぐにばれたらしい。そりゃそうだ。居心地の悪そうな様子に胸がすいた。

 それに、わたしは酷い女なので中原に対して大嫌いもう絶対に許さないと叫んだことを後悔していない。中原がその後も謝罪をこうてきたのにけっして聞き遂げようとしなかったことも、ほんとは悪いと感じていない。

 もっと正直にいえば、またふたりだけになるのは怖かった。自分がひどく弱いものになってしまうような気がした。それに、わたしはもうそのときには三年生の先輩に告白されていて、そっち(ソッチ、だよ 笑)のほうが優しくてかっこいいし女の子扱いも上手で、イイように思っていた。

 その先輩が卒業してすぐに同じ高校の女の子と二股かけて、それが後々笑えるほど悲惨な形で発覚するのだけど、当時のわたしはそんなことを知らない。まあそれはいい。離れたらどうでもいいと思ってたから。それでも、同じ中学にいるあいだはわりと夢中だった。つまり、かっこいい先輩とつきあっている自分に夢中だった。今まで遅れていた分、ここで取り返そうと熱を入れていた。

 

 そういうわたしが後悔するのは自分の無思慮と、田宮が、わたしと中原の仲をとりもとうとしてくれたのを無碍(むげ)に断ったことだ。

 わたしは中原に嫌な女と思われる分にはかまわないけど、田宮には嫌なやつだと思われたくなかった。トモダチだから。でも、まあ、わたしの頑なさを田宮はよく知っているだろうとも思う。

 何があったかしんないけど、仲良くすれば? て言われた。

 あんなことされて仲良くできるかと、説明できればよかったけれどそうもいかない。

 その頃にはもう先輩が卒業してすぐに浮気がばれて、自分はそんなにそのひとを好きじゃなかったなあと理解していた。なにしろ駅でその彼女とラブラブ手をつないでいたのをわたし自身が目撃するという、もうちょっとどうにかしろよと言いたくなる不始末だったのだ。それで、だったらわたしのことは大して好きじゃないんだろうと思うと、強引に誘われて一回デートしただけだと言い腐る。とりあえず考えさせてほしいと電話を切って、それ以来、むこうからかかってこなくなった。あ、これはふられたなあと思っていたら、半年たって、やっぱり君が一番だと言い出した。おい、いいかげんにしろよ、とは言わなかったけれど、もうカレシいますから、と断った。

 

  男ってわからない。

 頭悪いのかと思うとちゃんと(ずるがしこく!)計算してるし、頼りにしたいと甘えてみると、とんでもないところで外してくる。

 女は謎だっていうけどウソだ。

 正直いうと野郎どものほうがよくわからない。わたしだけ?

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