五章 広報官 マリー=ルイス・エーベルグ中佐 

第39話 どうやら小学生の間でヤバいゲームが流行ってるようです

  小学校に入って六度目の六月。午後の授業中に降っていた雨も帰りのホームルームが終わる頃には止んでいた。


「クレアさん、知ってますか!? 今度新しいゲームがでるらしいんですけど、ヘルフィールドⅢってやつ……!」


 帰りの挨拶の後、清水先生が廊下に出て行ったところで男子のグループが窓際の一番後ろの席に集まった。


「ああそれ。あの世と現世が繋がって襲ってきたデーモンを倒すFPSだよね。現代のVICS戦をモデルに作ってるから妙にリアルなやつ」

「はい、PVとかもう最高で……で、今回はどうなんですか?」

「当然買いだね。無印もⅡもプレイ済みだから待ち遠しいよ」

「そうですよね。でも俺たちは……その、表現が過激だから……」

「みなまで言うな。前作なら貸してあげるから皆で遊びな」

「うおお、さすがクレアさんだぜ! 俺たちと同い年のはずなのにヤバイゲームを当然のように持っているゥ! これが救いだァ救世主ゥ!」

「ほほう。じゃあ私はメシアかな?」


 マリーさんにバレたら十字架に貼り付けられそうな名前だな……。

 また子供の教育に悪そうなゲームを貸す約束をする赤毛の救世主に、俺――朱宇は心中で苦笑する。その間も男子連中は盛り上がっていた。


「それはいいけど、今度クレアさんいつ来てくれるの?」

「土日のどっちかしか時間がとれないんだよねぇ」

「ええー俺、また『すこブラ』のレート上げてもらいたかったのに……」

「すこブラ?」

「お前知らないのかよ……!? 性乱盗せいらんとうすこすこブラジャーズだよ。倒した相手のブラジャーを剥げる格ゲーで有名な」


 何その犯罪臭がすごいゲーム……!?


「ああくそっ、今思い出してもムカつくぜ。レート1919から1300台まで落ちたんだよなぁ」


 そんないかがわしいゲームにレート帯があるのか……!?


「あーあまたやってくれねぇかな。あの技〝メス堕ちマッサージ~ここにリンパがとおってます~〟が見たいなぁ……」

「ふっ……お前はガキだな。あんなの馬乗りになってやってるだけ……言ってしまえばただのつかみ技だ。俺は『尻パン連撃紅裸桜べにらざくら』を推すね」

「あれだって尻叩いてるだけだろ。そりゃあさぁ、叩かれてる時の女の声はクるものがあるけど……ってあれも結局つかみ技じゃね?」


 つかみ技うんぬんよりもその変な名前の必殺技はなに……!?


「お前らちょっと待て、これはすこブラだぞ? マッサージだの尻叩きだの脱線しすぎじゃないか? ここは原点に返って『ゴーストタッチ‐ブラのホックは俺のもの‐』で恥ずかしそうに外されたホックを着けなおす仕草の鑑賞会を――」

「「それは地味すぎる」」


 いや十分破廉恥だが……!?


「くそっ、2対1かよ……で、どうだ? お前もブラ派になれよ、ああいう嬌声過激派じゃなくてさぁ。そしたら均衡が保たれるしさぁ」

「いやぁ~俺は、保留かな……でもめっちゃ興味深いゲームだね」


 こうしてまたひとりクレア傘下の男子グループに新たなメンバーが加わった。

 それを終始眺めて、心の中でツッコミ続けていた俺は何だかどっと疲れていた。


「あれ、絶対子供がやっていいゲームじゃあねーぞ……」

「ん? どんなゲームなんだ?」


 前の席の方から澄んだ声が聞こえてきた。

 シャノンだ。赤白のセーラー服に長い金髪をなびかせて歩む姿は育ちのいい令嬢そのものだが、食いついた話がアレな話題なだけにちょっと間抜けな印象。興味深げに首をかしげ、片方の耳に艶髪をかける仕草が大人っぽいのに妙な残念感。


「いや聞こえてただろ。あいつらの会話」

「私は戸締りをしていたから聞こえなかったんだ。今日は風が強いな、うん」

「お前変なところで耳が遠くなるよな……」

「で、子供がやってはいけないゲームって――はっ! ……さては、Z指定のゲームだな。ダメだぞ、あれは十八歳以上になってからだ」

「わざとだろ、なぁそうなんだろ……!? 実は聞こえてたんだろ……!?」


 堪らず問いかけた俺に「ん? なんのことだ?」と純粋な眼差しを返すシャノン。もしかしたら必殺技の名前が異次元すぎてシャノンのお利口なオツムには日本語として認識されなかったのだろうか――


「おい朱宇、聞いてるのか?」

「これ見ろよお前ら、真キャラ参戦だってよ!」


 そこで男子グループのボルテージが一段階上がった。


「おさわりマスター村瀬むらせって言うらしいぞ!」

「ふふっ……」


 ヤバい。思わず噴いてしまった。


「おお、こいつ忍者みたいに印を結ぶぞ! しかも必殺技は『うねる指先は触手の如く~痙攣する女体~』とか最高かよ、絶対いい声聞けるじゃん……!」

「え? おさわりますたー? しょく……なに? おい朱宇」

「いやなんて俺に訊くんだよ……!」

「朱宇は知ってるだろ。おさまりますたーの辺りでちょっと噴いてたぞ」

「それは……あーそろそろ帰ろっかな」


 俺はそそくさとロッカーに向かってそこから鞄を取り出し、待てまだ話は終わってないぞ、と追いすがってくるシャノンと一緒に教室を後にした。


(補足)

作中で登場したゲーム『ヘルフィールⅢ』や『性乱盗せいらんとうすこすこブラジャーズ』はZ指定18以上のみ対象のゲームではありません(少なくとも作中では)。

よって、未成年がZ指定のゲームをすることを推奨および助長するものではないことをこの場に記しておきます。

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