第32話 私に勝ったら何でもしてあげるよって銀髪巨乳お姉さんに言われたら、全力だすしかねェよなァ!
ささっとクレアが歩み寄り、なにやらごにょごにょとマリーさんに耳打ちをしてる。
「はぁ……? そんなので本当に大丈夫なの?」
「うん。私なら飛び上がって喜ぶから、異性相手ならさらに効果てきめん……!」
半信半疑なマリーさんに得意げな顔で後押しするクレア。その自信に満ちた丸っこい目を何度かちらちらと見返してからようやく決心がついたのか、優しげだったマリーさんの表情に悪戯っぽい色がのった。
「私に一撃でも当てられたら、朱宇くんの言うことなぁーんでも聞いてあげるわよぉ」
「は……っ!?」
「急に動き出したな、この男……」
はっと頭を揺らし、俺は反射的にナイフを構えた。もはやシャノンの呆れ声など聞こえない。優しげなお姉さんが挑発してきているんだ。その試すように細められた碧眼に、色気のある整った唇に、俺は釘付けだった。
こんなの反則だ。足が勝手に動く。自販機の明かりに群がる蛾のように本能だけで動いてしまう!
と、そこでクレアが「お願いの例をあげると……たとえば」とそそのかすように呟いた。
「ボディーソープを垂らしたまりりんの谷間に腕を挟んでくちゅくちゅって洗ってもらうとかお願いしたら? ちょー気持ちいいよー?」
「ええっ!? で、出来るわけないでしょそんな――」
「よっしゃあオラァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!」
俺の咆哮が轟いた。マリーさんが動揺している今がチャンスだ。この機を逃すわけにはいかない。この先にある桃色体験を夢想し、ナイフで無双する。これだけを考えればいい。不安や恐怖なんて吹き飛ばすように駆け、ぐっと切っ先を突き出して突撃する。
「すごい気迫ね――でも……!」
「おごっ!?」
切っ先が腹部に捉える直前、受け流すように腰を捻って避けたマリーさんが俺の腕をつかんだかと思うと、掌底が顎に刺さってゴゴッと視界が揺れた。
「うっ、うぅえ……?」
そして気づけば俺は地面に張り付けられていた。
何が起こったのか分からなかった。顎に衝撃が入って、それからぐっと身体が持っていかれたかと思ったらいつの間にかぶっ倒されていた。
「はい残念。迷いがないのはいいけど、もっと冷静に立ち回りましょうね」
腕の拘束がとける。俺は戦闘服についた砂埃を払って、悔しげに眉を顰めた。
「くそ、一撃どころかかすりもしねぇ……」
「当たり前だ。あんな邪念まみれじゃこうなる。心を清めてから出直してこい」
「いや勝てばさぁ。洗ってもらえるから清められるかと……」
「もうその発想が、心が汚れている証拠だぞ――というか朱宇にはまだ早い。私の父の部下も言っていたぞ。ソープは大人になってからって」
俺の正直な意見を跳ねのけ、誇らしげに腕組みをしたシャノン。先達者の言葉を引用して語っているが、自分でも良く分かっていなかったのだろう。一拍置いて小首を傾げた。
「だが変な話だ。小さな子供こそ洗ってもらわなくちゃいけないのに大人になってからって……普通逆じゃないか?」
そんなこと俺に聞かれても……、と言って俺は目を逸らす。おそらく屈強な軍人連中のことだから、どうせいつものエロ話だろう。ここ数週間でシャノンのこの手の話はすべて彼らがもたらすエロワード地雷だと俺の頭に刷り込まれていた。
よってスルーするのが正しい作法なんだ。
「ちょっとクレア? アナタに言いたいことがあるんだけど?」
「なに? そんなあらたまっちゃって」
こっちはこっちでなにやらマリーさんとクレアが揉めていた。
「さっきのお願いの件なんだけど、あれはどういうこと?」
「一種の発火剤だよ。なんでもするは一見魔法の言葉に思えるけど、妄想が膨らみすぎて動けなくなる。だから具体的な例を示すことで発破をかけただけ」
「そういうことじゃなくて、子供に変なことを吹き込むなって言ってるの……!」
「む、確かに腕パ〇ズリは過激すぎた。やっぱり、ソファーでテレビを見てるシュウくんの頭の上に部屋着のまりりんがおっぱいをのせてくる程度のささやかなのがいいよね」
天才か……?
開眼であった。しょんぼりとした態度で語るクレアに、俺は尊敬の視線を送った。
「なにがささやかよ。ハードルは下がったけど、テレビの邪魔をさせるなんて意味わかんないわ」
「邪魔なんてとんでもない。むしろおっぱいがメイン。めいんでぃっしゅ」
「ちょっと何を言ってるか分からないわ」
マリーさんが気難しげに首を傾げると、クレアも無邪気に首を傾げた。
「え? だって無防備なお姉ちゃんが頭の上におっぱいのせてくるんだよ? なに見てるのーって後ろから抱きつくみたいに。そんなのナチュラルスケベじゃんお風呂上りならなお良し……!」
「よーし、ちょっと向こうで話しましょうかー」
とはいえどっちにしろアウトだった。
(次回に続く)
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