第22話 明かされていく真実……俺はずっと守られて育てられていた……

「…………」


 最近、身体が妙に軽い。

 元々朝は弱い方だったのに今じゃすっきり目が覚めるし、どんなに疲れていても一晩眠れば元通り。おかげで朝から朝食を作れる余裕まであった。

 俺は焼きあがったハムエッグをフライパンから四人分にわけて、その皿をトレイにのせ、キッチンから出ていく。

 フェシュネール邸は大広間でパーティもするらしいからレストラン並みの厨房があるが、普段の食事ならカウンターの向こうにあるキッチンで十分だ。


「できたぞー」

「ありがとう。そこに置いてくれ」


 リビングに来ると、ダイニングテーブルにはすでにシャノンがサラダやパンを並べてくれていた。

 対面の席には「ほら、起きて。さっさと食べなさい」とマリーさんが寝ぼけ眼なクレアの肩を揺すっている。毎朝マリーさんが小脇に抱えて部屋から持ってきたクレアを椅子に設置するんだ。ちなみに今日のクレアのTシャツはホットケーキがプリントされていた。朝ごはんはこれでお願いしますという要望か? まぁそんなものはないが。

 俺はくすりと微笑む。初めてクレアと会ってから数日経つが、もうすっかり見慣れた光景になっていた。

 言われた通りに俺がテーブルにトレイを置くと、シャノンがてきぱきとメインのおかずを皆の前に並べてくれた。

 実家にいた頃は全部自分で用意していたから正直凄く助かる。長い金髪が流れる赤白のセーラー服姿。広いリビングを背景に手伝ってくれるシャノンは、その上品なデザインの制服と相まって令嬢っぽいのに家庭的な印象だ。それに対してクレアはというと、


「んぅ、あ。おはよぉー……おお、今日も起きたら目の前にご飯が……!」

「私が運んできたからよ。揺すってもなかなか起きないから」

「ホテル以上のおもてなし」

「なにがおもてなしよ……さっさと食べないとサービス料をとるわよ」


 ようやく覚醒したクレアが地味に感激していると、マリーさんがむすっとした声を上げた。だが何を勘違いしたのか、赤毛のくすぐるマシュマロほっぺが嬉しそうに緩む。


「え、お金払ったらまりりんからサービス受けられるの……! じゃあまずは、その無駄にでけぇ乳にフランスパンを挟んで食べさせてもらおうかなぁ」

「こっちに向けないで。もうちょっと、このっ、パンくずが落ちるでしょうが――っと」

「むぐっ……もごもご」


 フランスパンを押し戻し、マリーさんがクレアの口に突っ込んだ。無理やり押し込まれたわりに吐き出すわけでもなくちびちびちと食べ始めるセクハラ系もごもご娘。しかも上司をあだ名で呼ぶし、つくづく困った子だ。

 そんなやり取りを見てシャノンが箸を止めた。


「前は、朱宇が朝あんな感じだったな」

「いやあそこまで酷くねぇだろ」

「何を言ってもぼーっとしていて、先生から点呼を取られても返事をしなくて」

「まぁそんなこともあったか……」

「なに『あれはたまにだから……』みたいな感出してるんだ。ほぼ毎日だったからな」

「でも今はそんなことないだろ。もうばっちり目が覚めるし、むしろ最近妙に調子がいいんだ」


 俺はあらためて自分の身体に起こった変化を思い出した。

 早起きができるようななったことに始まり、山を一つ挟んだ学校への通学も徒歩じゃ無茶な距離だが難なく通学できている。館を掃除する時も、一般家庭より遥かに仕事量が多いはずなのに特に問題ない。いくら部屋があろうとも、無数の窓や広い廊下、映画のセットのような玄関ホールも……これだけ動き回っても寝ればすっきりと疲れが取れるのも、よくよく考えるとおかしい。前はこんなことなかった。寝たって疲れが取れないのがほとんどだったから。

 そして昨日なんて、窓の掃除中に見たスズメの羽ばたきがやけに遅く見えた。鮮明で、羽の動きが前よりずっとはっきり見えたんだ。


「自分でも不思議なんだよ。体も軽くて、頭もいつもよりずっと冴えてる。退院した時くらいから日増しに変って……まるで戦いに巻き込まれた影響で覚醒したみたいに――」

「あ、それ。日和さんが朱宇くんに打っていた抑制剤の効果が切れてきたからじゃない?」


 え……ちょっとマリーさん、原因わかるの早すぎるでしょ。

 余韻も情緒もあったもんじゃない。クレアの相手をする片手間にさらっと言われた。だが続くマリーさんの声は硬いものだった。


「VICSに察知されないように、ただの人間と見分けがつかないようにしていたのよ……朝起きるのが苦手だったのよね?」

「はい……」

「じゃあ寝てる時に打っていたんだわ。副作用に倦怠感があるらしいから」

「ずっと俺を守ってくれてたってことか……」


 マリーさんの言葉が胸に刺さる。だって、何も知らされず、平和な日常を過ごしていたから。母さんがそうしていたから。気づかれないように、普通の子供として生きていけるようにしてくれていたから。

 だがそれは不幸な遭遇が台無しにした。


(次回に続く)

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