三章 御守特別区

第18話 悲しみを乗り越え、少年の新生活が始まる

 広い庭園を抜け、黒いSUVから降りると、そこにはお高いホテルよろしく左右に伸びた階段の先に、立派な木製の玄関が目に飛び込んできた。

 俺は首を回して建物の壁面を流し見た。等間隔で並ぶ無数の格子窓に三階まで続く石造りの壁。凹凸のあるH型の建築は、どことなく宮殿を思わせる。その外観から視線を下げれば、綺麗に手入れをされた低木が壁に沿って並んでいた。


 フェシュネール邸の洋館だ。


 山を一つ越え、田舎の農村だった場所に突如現れる長い塀。廃村に広がるそれは、一メートルはある分厚い石造りの塀にときおり黒い金属格子がついていて、門だって刑務所より頑丈そうな金属製。初めて見た時は王族か大統領でも住んでるのかと思ったくらいだ。

 そして敷地内に入ると、物々しい塀に相応しい洋館がそびえていた。


「いつ見てもすげぇな……」


 何度か遊びに来たことはあるけど、こんな庶民とかけ離れた場所はどうにも慣れない。振り向いたら噴水もあるし、洋館の前は舗装路の両脇に植木が並び、百メートル以上先の門まで続いている。

 広い。とにかく広い。ここまで広いと大抵のスポーツはできる。もう逆にできないスポーツがあるとしたら教えて欲しいくらいだ。


「無駄に広いだけだ。学校からも遠いし、毎朝大変なんだぞ」


 振り向くと、黒い車体のそばでシャノンが不満そうに口を窄めていた。ただシャノンの、ゆったりした上着のせいでそこにあるはずのショートパンツが見えない。毎朝大変なんだぞ、と言っているところ申し訳ないが、生足が際どすぎてまったく頭に入ってこなかった。

 目に毒だ。俺は何となく気まずくなって門の方に視線を逃がした。


「そうだろうけど、敷地の外も無人の農村で不気味だよな……」

「まあ夜になると真っ暗だしな……でも無人だから曳光弾をぶち込んでも苦情が来ないから割といい立地だぞ?」

「そうか……不思議だな。昔だったらジョークに聞こえてたのに、今だと容易に想像できるよ」


 ショッピングモールの一件からこうしたシャノンの発言がジョークに聞こえなくなっていた。この日本で銃を携帯しているボディーガードに守られていたご令嬢が言うとやっぱ違うなぁ。


「じゃあ私はトラックに乗り換えて引っ越しの荷物を玄関まで持ってくるから、先に部屋を案内してもらっていて」


 車窓から聞こえてくる耳心地いい声に顔を向けると、ハンドルを握ったマリーさんの姿があった。肩口で結って背中に流したホワイトブロンドに黒いタンクトップの上にパーカーというラフなスタイルだが、車と容姿がミスマッチすぎてどことなく合成っぽい。コラ画像のようだ。

 俺が頷くと、優しい顔立ちに似つかわしくないごついSUVは走り去っていく。それからシャノンに案内されるまま玄関に入った。

 中央に緩く弧を描くように伸びている大きな階に、バルコニーのように玄関ホールを囲む二階通路。床には赤い絨毯が敷かれ、一階のドアや階段にそれぞれのびている。天井を見上げればシャンデリアまで当たり前のように釣り下がっていて、圧巻の光景だ。吹き抜けで開放感抜群のそこはまるで高名な貴族の館のようだが、生足金髪少女がすたすたと歩いていくと急に現実に引き戻される。


「一階はリビングや物置、あとは厨房と書庫がほとんどだ」

「へーそうなんだ。リビングは前に遊びに来た時に入ったから知ってるけど……ひょっとして物置は隠語か?」

「おお、よく気づいたな。物置は、武器庫や機材を一時的に保管する場所を示しているんだぞ。ここは住宅兼大使館みたいなところだからな。VICS共の標的にされる恐れがあるから戦闘機材が必要なんだ」

「そうか……とんでもない所に、引っ越してきてしまったな……」


 マリーさんが親代わりになったことで、マリーさんも暮らしているフェシュネール邸に引っ越してきたけど、あらためて考えると色々ヤバいところだった。

 恐らく郊外にあるのも、周りが廃村なのも、民間人を巻き込まないためだろう。本当にヤバいところに来てしまった。

 そう思いながら俺は、目の前で揺れる金髪についていき、階段を上ってドアを一つ抜け、廊下に出た。


(次回に続く)

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