第5話 シャノンはスポンジみたいに変な知識を吸収します コミカルで話が面白い!
「まったく……一体どこでそんな言葉覚えたんですか……」
ため息交じりにアイラさんが呟くと、シャノンが癖毛混じりの茶髪に視線を向けた。
「家でデイビスが話していたのを聞いたんだ。なんでも、一緒に遊んだ女の人がマグロ女で反応が鈍くて楽しめなかったとか」
「デイビスさん……」
アイラさんも茶髪に不満げな視線を送った。その茶髪の下で気さくな笑顔を作り、デイビスさんが店先のベンチに座ったまま口を開く。
「いや~、お嬢はスポンジみたいにどんどん吸収するなー。教えてもないのにどんどん学習して偉いねー」
「感心しないでください。というか、シャノンさんがいる場所で変な話をするなんて、少しは自重することを覚えたらどうですか?」
早歩きでデイビスさんに詰め寄るアイラさん。
「そんな目くじら立てなくてもいいだろ。せっかくの美人が台無しだぞ、なぁウォルター?」
「まぁな。だが、目つきが悪くなっても美人は美人だ。台無しなんてことはないだろ」
「美人だなんて……そんな言葉で誤魔化されませんよ」
デイビスさんは色男だし、ウォルターさんも強面だけど男らしくてカッコいい。そんな二人に美人と言われたアイラさんは小さく首を振っているが、心なしか穏やかに彼らを嗜めている。
んー、あっちはあっちで揉めてるけど、こっちも何とかしないとな。
俺はそう思うと、俺は母さんに視線を移した。買い物カゴをゴソゴソと漁っている。どうやら試着用のズボンを選んでいるようだ。
「どうせならシャノンちゃんとお揃いのにする? 色合いとか合わせて」
「いや、いいってもう服は。シャノンだって服に困ってないし」
「私のことなら気にしなくてもいいぞ。せっかく日和さんもいるんだし、もう少しくらいなら」
シャノンは優しいな。俺と母さんに気を遣って。
普段ならそう言いたいところだが、
「このままじゃ午前中は服選びで潰れるぞ」
「それは困る」
俺の言葉を聞いた瞬間、シャノンは不満げに口をへの字に曲げた。
よし。決まりだな。服選びは終わりだ。
「母さん、もう服はいいから。他の店を見に行こうよ」
「えーせっかく選んだのに……」
「時間かかりすぎ。さすがに次行こう」
「でもね、一度着てみないと後悔するかもよ。買ったのに一度も袖を通さないお洋服って意外と多いから」
「俺、母さんのセンス信じてるから。そんな事絶対ないよ」
「朱宇くん……」
よし落ちた。理由付けで攻め、反論を受けてからさりげなく相手を褒めるこの戦法。効果あり。伊達に母さんと十年以上暮らしてないんだ。母さんの扱いなら俺が一番よく知ってる。
「そーだね。じゃあ行っておいで。私はもう少しここのエリアを見て回るから」
使命感に満ちた母さんの瞳。
「この時間だと……お昼にフードコートに集合でいい?」
「うん、じゃあ行ってくる」
俺がそう言って歩き出すと背後で、いってらっしゃーい、と母さんが手を振る気配。そして、
「お待たせー。じゃ、行こっかー」
「待ってません。全然待ってません」
アイラさんが全力で首を振る気配。しかしそれは裏目に出たようで、ご機嫌な母さんの笑い声が、えへへ、と聞こえてくる。
「アイラちゃんは優しいね。でも気遣いはいらないよ」
「そんなつもりは毛頭ありません。どうぞご自分のをお選びになってください」
「遠慮しちゃって。またまたー」
「このロリBA……失礼しました」
今確実にロリババアと言おうとしたが、どうにか取り繕うアイラさん。その忍耐に感服したい。でも俺は、続くポカンとした声で、このあとの展開がなんとなく読めてしまった。
「ろり? もしかして甘めなファッションがいいの? それならえーと……こっち!」
「ちょ、引っ張らないでよ。あーもうっ、分ったから離してくださいっ!」
「えーなんで? 手をつないでるだけだよ」
やはり強力だ。本気で嫌がる相手には滅多にしない母さんの『にぎにぎ』が発動していた。その一方で、俺が立ち止まってちらりと振り向くと、母さんの手を振りほどこうともせずに周りの目を気にしているアイラさんが見てとれた。
これだけ言い合っていれば、他の客に注目されるのも仕方ない。まあ、学生が騒いでるだけか、という風な感じであまり気にされてないようだが、それでもプライドが許さないらしい。
「やめてください、これではまるでファションに疎い友達をコーディネートしているみたいに見えますから……!」
「みたい、じゃないよ。ホントその通りだし。この分だとクローゼットの中とか仕事着とジャージしか入ってないんじゃない?」
「そんな事ありません。他にも……えっと」
「そうだよね。ちゃんとパジャマも入ってるもんね。もこもこでフェミニンなのが」
「ああそれ。そうよ、私にはまだ女性らしい服が残ってるわ。けして仕事に追われてセンスがなくなったってわけじゃない証拠が」
思わず素が出たアイラさんの末路にそっと笑いつつ、俺はシャノンと肩を並べて歩く。
「で、私たちはどうする?」
「んー、その前に。母さんたち夢中になって時間忘れるんじゃないか? 荷物も多くなりそうだし、あの二人だけじゃな……」
視線を向けると少し離れたところで、じゃーあそこで脱ぎ脱ぎしよっか、とか早速酔っぱらったおっさんみたいに迫っていたものだから心配になった。
「それならウォルターがついてるから大丈夫だぞ」
デイビスさんがそう言いながら付いてきた。
母さんたちだけじゃ心配だったけど、しっかり者のウォルターさんがいれば大丈夫だろう。筋肉ムキムキだから、荷物持ちにもなるだろうし。
シャノンも同じことを思ったのか、小さく頷いていた。
「それなら安心だな」
「で、俺はお嬢たちのお守なわけだが、これからどうするんだ?」
「ちょっと行きたいところがあるんだ。朱宇、私のリクエストになるが、いいか?」
「ああ、いいぞ。どこに行くんだ?」
「ついてくれば分かる。お前も大好きな場所だ」
ふふっと笑うと、シャノンはエスカレーターに向かって歩いて行った。
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