第6話 見晴らしの丘開拓計画
「お花見、ですか?」
「そ。最近串焼き屋さんのところに行けてないでしょ? 私たちの命の恩人にたまには恩返ししとこうって思うの」
「最近追加された課税制度の件ですか?」
「それもあるけど、みんな心の拠り所が必要じゃないかと思って。気のまぎれる催し物でもしとこうと思ったの」
「なるほど、それでお花見なんですね」
「ついでにサロンの出張サービスもしちゃう」
「可能なんですか?」
「可能にする為のプレゼンをこれからするのよ。今日はお肉マシマシでお願い攻撃よ?」
言わずもがな胸のお肉の話である。
こういう時に使わずしていつ使うというのだ。
キサラちゃん達は乗り気じゃない。
身綺麗になったのもあって、とにかく周囲からの視線を集めまくってるからだ。胸を盛ってなくても振り返るほどの美少女である。
なんというか色気が強いのだ。
男としては放って置けない存在になるつつある。
だからこそ心配事が尽きないので。
「大丈夫、あなた達の身の安全は私が守るから。敵意を持って近づいた人には重力5倍の重りプレゼントしておくわ」
「茉莉さんが味方で良かったです」
「うん、凄い」
「まぁね、これくらいしかしてあげられなくてごめんねー?」
賢者らしいことなんてあまりしてあげられてない。
むしろこんな事で褒められていい気になっちゃう私も安上がりだなーとは思う。あんまり褒められ慣れてないのもあるのよねー。
この子達と一緒に行動してから癒されまくるだわ。
もう本当いい子達なの。
ステータスだけでしか他人の才能を見れない国なんて行末がしれてるもん。
「で、嬢ちゃん達は俺たちに家を作って欲しいって?」
「ええ、新しいビジネスを作ろうと思って」
「国からの許可は?」
「これから取るわ」
「話にならんな。これでもうちは王家御用達。代々王家のご要望に応えてきた。それを知ってうちに話を持ってきたと聞いてる。狙いはなんだ?」
ただの門前払いではない。まるでこちらの胸の内を透かすような視線が胸に吸われた。なんだかんだ男はそういう生き物だ。
「そうですね。親方は国の危機をご存知で?」
「ああ、うちは溜め込んだ財を殆ど献上したよ。それで恩を返せるなら安い物だ」
「果たしてあの課税制度は国民の義務なのでしょうか?」
「何が言いたい?」
視線が強まる。心臓を鷲掴みされそうな威圧感。
それを胸を逸らして視線ごといなした。
「親方は王様が領地拡大にご興味を抱いておられるのはお知りですか?」
「何を言っているのか分からんな」
「見晴らしの丘の成り立ちを知らないと?」
「どこでその話を聞いた? ことと次第によっちゃあ、モンスターの餌になってもらうぞ?」
威圧感が増した。
やはり思った通り。この親方、ひいてはその一族は王家の国防に関わっている。大きく逸らした胸をクッションがわりに話を進める。
「これは推測です。あの丘を一望した時、もし他国からしたらこれほど攻め込みやすい城はないと受け取ることでしょう」
「それで?」
「ですがその景色が全てフェイクだとしたら? 実際にこの国は攻め込まれながら返り討ちにしていると歴史が証明しております。故に名所としての意味合いが薄くなってきているのではないですか?」
最初こそは内側を晒すことで相手を油断させることができていた。
しかし勝てば勝つほどその丘の意味合いが周囲に知れ渡る。
やがてその丘そのものに価値はなくなり、名所としての売り出しておきながら最近資金の回収ができていないとのことだ。
だからそこに客足を運ばせたくなるビジネスの提供をするのが今回の狙いだ。
「ああ、そうだ。だからと言ってあの場所に人を呼ぶメリットが国にない。どうやって呼ぶ?」
「こちらに最善の手がございます」
「それに一枚噛めってか? うちのメリットがねぇ」
「そうですか。そういえば最近奥様は随分とお綺麗になりましたね」
「論点を変えるな。何が言いたい?」
「その事業を起こしたのが私達であると知ったらご興味を持っていただけると思いまして」
「あんたが街の景観を変えたがってる他所もんか。何が狙いだ?」
「私共としても、今の状況をよく思っておりません。なんとかして国の窮地を乗り越えたいと思っています。しかし外貨の流入が止まっている現状。国としても、民としてもこのままではジリ貧でしょう」
「あんたの話を飲むとうまくいくっていうのか?」
「確信は持てません。が、美しくありたいというのは女性の生まれながらの願望なのです。女は生まれた時から女にございます。財を持てば持つほど美に投資をされる方は多いでしょう」
「うちの女房も同じと?」
「わざわざ場末の宿屋にまで通われて来られました。なりふり構っていられなさが行動に現れているとは思いませんか? 私共も上得意様を蔑ろにするつもりはありません。全ては国の大義の為の催しにございます」
「何を作ればいい? 言っておくが、あまり景観を壊す建築物は作れんぞ? あの丘はあのまま残すことに意味がある」
よし、落ちた。
「勿論でございます。まずはこちらの図面をお目通しください。企画をまとめて参りました」
「これほどまでに綿密に……うん、この程度ならまぁ大丈夫だろう。分かった。成功しようとしまいと──」
「成功は確実のものとなりましょう。何せ私たちの売り上げの9割は国の国庫に入ります。お客が来れば来るほど国庫が潤うのです。これ以上の恩返しがありましょうか?」
「成功を確信しての事業発足か?」
「誰もが失敗を恐れていたら事業を起こせません。生憎と私共は新参であるので商業ギルドから許可は降りておりません。ですから事業主は『牡鹿の嘶き亭』のサザーランさんと共同経営となります。宿屋が事業主なのでこちらで一泊したいとおっしゃられる方も安心して遠出される事でしょう」
「そこまで想定しての企画書か。宿は足りるのか?」
「それはまた商業ギルドの仕事でございますれば」
「そこで稼げって?」
ニヤリ、と親方の笑みが強まる。
流石に自分達にも旨みがあると知って陥落したか。
まぁ全くの無欲の交渉とか無理筋だもんねー。
「さて。こちらとこちらの区画にちょうどいい土地が余っております。これをどう扱うかは商業ギルド、ひいては親方の采配次第かと」
「食えねぇな、あんた。名を聞いておこうか」
「マツリと申します」
「俺はギルバートだ。いつまでも親方呼びじゃあ、むず痒い。女房にも手土産ができて万々歳だ。これからは少しは融通してくれるんだろ?」
「業務提携中であるならいつでもお越しください。スタッフ一同ご来店をお待ちしておりますわ」
ニコリ、と営業スマイルを添えて今回の商談を乗り越えた。
「ぶはぁ、緊張したぁ」
毎度のことながら商談相手のプレゼンは緊張する。
顔中にはブワッと玉のような汗が吹き出した。
あのたぬき親父。一瞬落ちたようなそぶりを見せながら最後まで隙を見せなかった。名前を聞いてようやく威圧感がおさまったもの。
本当、毎度毎度綱渡りである。
「お疲れ様です茉莉さん」
「タオル、どうぞ」
「ありがとう、二人とも。でも忙しいのはこれからよ? これからは丘の上に新しい街を作る勢いで人を呼ぶんだから」
「新しい街を作っちゃうんですか?」
「うん、今の国がもうダメになっちゃってるからねー」
「でもどうやって? 国のトップがすげ変わらない限り攻め落とせないんですよね?」
「うん、それは国が真っ当に機能してたらの話だねー」
大きな葉っぱで仰がれながら、果実を絞ったジュースで喉を潤す。
「今の国は真っ当に機能してないんですか?」
「そりゃしてないわよー。国民に頼ってる時点で先は知れてるわ。だってつい先日までは課税制度すら無かったのよ? それがいきなり追加なんて、中央で何かあったに決まってるじゃない」
「心当たりがありすぎますねー」
「まず間違いなくあの三人が加担してるでしょうね。どうやってのっとったかは分からないけど、むしろ地獄はこれからよ? あの手の輩は際限なく弱者を嬲るもの」
「どう、するの?」
「ちょっとお城の中央に風穴開けちゃおっかなーって」
「そんなことができるんです?」
「その為の布石が開発計画なの」
「ここに街を作ると、そんなことができるんですか?」
「それを導くのが私たちの仕事よ。この国は百戦錬磨、鉄壁の異名を持つ王国。つまりそれだけ敵が多いのよ」
「それがここを賑わせることとどう関係して……あ、つまりそういうことですか?」
「? ??」
キサラちゃんは気が付いたようだ。凛ちゃんはそのままの君でいて。
敵の多い国が、新しい開発計画を立てる。
それはつまり新しい国防のお披露目となりうる。
別にそんな思惑はなくとも、そう思ってしまう国もあるってことだ。
現実世界とか殆ど足の引っ張り合いで自滅してる企業が多いからねー。
祖国を滅ぼされた恨みなんてそれこそ強いだろう。
何か思惑があると勝手に勘違いしてくれるのだ。
そこで私達はサロン業で女性を虜にする。美容にうるさいお貴族様はここに別荘地を作ろうと言い出すだろう。
トップがまだあのおじさんにしろ、3人組にしろお金が入ってくるならその事業にストップをかけたりはしないだろう。追加徴税でさらに絞る。
私達はタダ働きになるけど、逆にそこで油断してくれれば攻め入る隙を見せることになる。
そうだ、望遠鏡も設置してみよう。
流石にお城の中までは見せないけど、軍事施設は丸見えにしちゃう。
そこで軍の動きに妙な気配を感じてくれたら勝手に他国が介入してくれるはず。
まぁそれとは別に私の方も仕掛けるけどね。
後処理は他国に押し付けちゃえばいいし。
うひょー、楽しくなってきたぁ!
「茉莉さん、楽しそう」
「わかるー?」
その日は女子三人で安らかな午後を過ごした。
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