あの街
紙飛行機
あの街
夜、久しぶりにあの街に来た。僕は知り合いのオールナイトのイベントに行こうとしていた。そのイベント自体には行かなきゃいけないといった義務は無かった。ただ、久しぶりに会って当時この街で知り合ったみんなと話がしたいなと思っただけなのだ。建物も灯りも人の流れも、僕が住んでいた時とさほど変わってはいないはずだ。ただ、僕の心が変わっていた。
人が移り住むと、当然ながら気持ちも移り住んだ場所に移動する。移動することによって、何があるか、何が無いか、どこが便利か、どこが不便かなど、時間をかけて見極める。そこから何を補うべきか、そのまま順応すべきかを選択し、気づけばその場所の人間として染まっている。その時の僕は移り住んだ街に染まり切れてなければ、どういう環境なのかも十分に把握しきれていなかった時期だったのだろう。
街を歩く人も居酒屋のテラス席でグラスを片手に笑っている人たちも、以前ならあんなにも近しく感じていた人たちだったはずなのに、今は街を徘徊するネズミにすらこんなに遠く感じてしまうものなのか。
現在はここにいた時よりも広い家に住んでいる。設備も新しい。ただ、どこかに行くには遠く感じる。どこに行くにも歩くだけでは一時間もかかってしまいそうだ。
僕はその街の当時よく行っていた店で焼き鳥を食べ、酒を呑んだ。そうすることで心のモヤモヤが解消されるかも知れないと感じたからだ。酔うことによっていろんな考えを巡らせることができた。ここにいた頃の帰路と今の帰路を比べることもできたし、イベントの後始発までどこで時間を潰すかを考えることもできた。
けれどその時だ。電信柱から出ていた釘のようなものが僕の着ていたジャケットの袖に引っ掛かり、少しだけよろめきそうになった。その時だった。もうこの街から出ようと思ったのは。この街は僕が居るべき場所じゃ無いのかも知れない。来るとしても余所者としてやってくるべきだったのだ。街の内輪の中に入ろうとする考えが間違っていたのかもしれない。もうあの街は僕が居着く街では無くなった。気付けばもう、イベントに行こうという気も無くなっていた。
電車に乗り、その街から離れていく程、心のモヤモヤが小さくなり最後には消えていった。電車の窓からは知らない人が住んでいる建物が光の線を描きながら流れていく。今住む街で、その街の歩幅で歩いて行けるような気がした。次にこの街に来る時は余所者としてやって来る。昔のことを思い出しながら。
あの街 紙飛行機 @kami_hikoki
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