第4話/Hey!Mr.Lucky
キッチンは香ばしい匂いに包まれている。テンポの良い包丁の音に、帰宅したサファイヤの鼻歌が乗ってくる。ワッペンだらけの派手なエプロンをつけたパパが、キッチンからひょっ、と顔を出した。
「おかえり、マリーヤ! 今夜は、コブサラダ&タコス!」
「パパの不機嫌セット。楽しみだわ!」
「マリーヤは、なんだか、グッドバイブス。いいことあったネ?」
「うふふ、そうなの♪」
鼻歌につられたティーセットが支度を始めたので、パパもキリの良いところで仕込みを中断してテーブルに移動した。自分はサファイヤの指摘通りあまり上機嫌ではいられなかったが、サファイヤが良い気分だというなら話は別だ。無心で野菜を細切れにしている必要もないだろう。
「鍵っ子ちゃん、いるでしょ? ここのところずっといろいろ大変なあの子」
「
「ええ。それがね、もうすっごくて!」
サファイヤがワッと両手を上げると、近くのマネキンが傍らに膝立ちしてサファイヤに手を向けたり、籠の中からぬいぐるみたちがポップコーンみたく跳ねる。
「自力で、暗殺に来た犯人を捕まえたのよ! えらいわ!」
「ワォ! 成長したネ!」
「そうなの。でも、パパはどうしてションボリさんなのかしら?」
「それがさ、もちょっとで会えそだった取材対象、捕まっちゃった……」
巨体が「タイーホ……」と呟きながら小さくなって、小さくなって、それでも大きめサイズのオウムに変身する。ビスケットをくちばしでパキペキ割って器用に食べるパパをしばらくは慈愛の目で見ていたサファイヤだったが、「あら?」と首を傾げる。
「ねえパパ、それって、どんな方なのかしら?」
「んとね、男の子。ピンクの髪の毛でさ、北のせんべろ街にいる子でさ」
「ねえパパ、それって、タオって名前の子かしら?」
「アイカランバ! ビンゴだ! Ah、もしかして、アプレンディーザが捕まえたのって」
「間違いない、その子ね。あら、そう。よかったわねパパ、取材ならできそうよ」
ヒトの姿に戻ったパパはまずサファイヤを力いっぱい抱きしめるところから始め、ひとしきりぬいぐるみたちと喜びを分かち合った後、
「なんで?」
「聴取がお話にならなかったから、鍵っ子ちゃんが監督役することになったの。離れたら強制的に気絶させる魔法もかけてたし、チャンスじゃない?」
「HYAFOO! 不機嫌セットはハッピーセットに変更だ!」
「そうね、とってもハッピー。ところで、北のせんべろ? って、なあに?」
タオを笑えないような箱入り魔女のサファイヤは店や友達たちの家の周辺以外、ろくにものを知らない。パパは真逆、各所に顔が通じるため、一般的には知らなくて良いようなことまで知っている。口いっぱいのクッキーを飲み込んでから、パパは「うん」と話を始めた。
「せんべろ街。飲み屋街のことだヨ、安くてちっちゃあい店がたくさん並んでる。
「まっ。汚らわしい。パパもそこへ行こうとしてたの? 怖いわ、気を付けて頂戴」
「Ya、マリーヤ優しい! ダイジョブ、ボクは北では、飲まないヨ。おいしくないし……。んっと、タオはね、そこの子だ。マリーヤがローブ作ってあげた魔女の子も、このへんの育ちだってから、取材って言いやすくてネ。危ない街だよ、YAKUZAが治めてるからネ」
「まっ。汚らわしい。だからタオくんも強いってことなのかしら?」
サファイヤはタオの暴れる様を見ていないが、しきりに顎を痛そうにさすっていたビャクダンは見ているので、どういった存在であるかは察している。
「ン~、先に行かせた若い子がギリギリ会えたみたいなんだけど、それで、今日デショ? 詳しく聞けなかったんだよね。でも! アプレンディーザといっしょなら、ダイジョブ! フッフフ、いっぱい、取材、できる! せんべろ街も行かなくて済む!」
ウフフと笑っているサファイヤ。ずいと突き出されるテレコに首を傾げた。
「まずは、目撃情報! マリーヤから見てさ、タオは、どんな子だったかな?」
「ん~、そうねえ。あんまり他人と話したことないんじゃないかしら。あたくしは箱入り魔女ですけど、お客さんたちとたくさんお話するでしょ? だから噂話には事欠かないし、パパもいるし、この場所がお気に入りよ。でも彼、なんだかおうちに帰りたくなさそうだったの。家出みたいなものなのかしらねえ」
接客業だからこそか、サファイヤは早い段階で他者の在り方を見極める。パパはその目を信用しているからこそ、こうしてサファイヤの意見を仰ぐことが多い。片手にテレコ、片手でメモを取りながら、パパは「う~ん」と呟く。
「そっか。タオの家のこと、もっとわかれば、タオのことわかる。
「きっとみんなも教えてくれるわ。そうだわパパ! デートしましょ♡」
ぱっと大きく開いた喉の奥にハートマークが揺れる幻想。パパの表情はそのように豊かだった。
「やあお二人さん。デートコースにうちが入るのは何事だ?」
「Hola
「ははあ、そういうことか。ん~、そうだな。私から見た限りじゃ、妙なトコだらけってところだな」
顔を見合わせるパパとサファイヤに、アメジストはそのままの調子で話し続ける。
「ちょっと考えてみたんだよ。いくらなんでも抗魔力がなさすぎる。確かにトパーズくんは大魔女見習いだしそれなりに強いが、ああまですんなり術がかかるのも妙っちゃあ、妙だ。きみらと違って、トパーズくんは対人戦闘は初めてなんだし」
「まっ。失礼しちゃう。あたくしを危険物みたく仰んのね」
「危険物だろうが。まあ、所感だがね。あまりまともに取り合わないでくれ。じゃあ、原稿に戻るとするよ。お! よしよし、ガニメデ。パパが来てくれてるぞ」
家の中から、アメジストの使い魔のフクロウ・ガニメデがすいっと飛んでくる。気さくに片手を上げるようにパパに向かって羽を振り、サファイヤには目で会釈した。利口である。
「取材、頑張ってくれたまえ。行こうか、ガニメデ」
玄関が閉まる。二人が振り返ると、タクシーが一台やってきて停まり、ギベオンが下りてきた。
「何を探っているんです?」
「Hola~。何でもないヨ、行こマリーヤ! チャオ~」
「あーた最近ストーキングが酷いわよ。ほどほどになさいね。ま、ジスがあーたを嫌うなんてないんでしょうけど」
「おや、なかなかの言われようです。そんなに煙たがられてます? 私」
足早に去って行く二人を見送り、品の良い笑顔を消したギベオンは顎をつまむ。
「そんなにわかりやすいです? 私……」
「あら珍しい。私のところに来るなんて」
「Hola
「お仕事モードなら、私とも話せるものね。そうねえ、私からすれば、ちょっと裏がありそうよね、あの子」
顔を見合わせるパパとサファイヤに、ルビーはそのままの調子で話し続ける。
「しっかりわかっているわけじゃないけど、あの子、魔女に対しての知識がまるでないのよ。普通に暮らしてれば、大魔女見習いを知らないはずがないでしょ? でも、知らなかった。それどころか、魔女はどういうことをしでかすのかってことさえ、理解してないような感じ。まるで、そう。籠の中の鳥」
「まっ。よく言うわね。あたくしたちを危険物みたく仰んだから」
「危険物よ。ま、私見でしかないけど。それじゃ、シャノアールくんのお見舞いに行くから、これでね」
一度、断られたことのある物量を箒に載せる。ちなみに、過積載ギリギリの載せ方をエメラルドから直接聞いての積み方である。
「デート楽しんで頂戴。じゃあね」
「あーた悪いことは言わないから彼の意見を中心に聞くのよ。もう心酔してきちゃってるから無理かもしれないけど」
去ってゆく箒に手を振り、サファイヤはパパの腕を引く。
「私だって魔女よ。欲しいものは、絶対に欲しいわ……」
「お、デートいっスね。お茶でもどうスか」
「Holaフィエスタ。タオのこと聞かせて!」
「さすが、情報が早いスね。や~、そっスね。エメちゃんアナライズとしては……おもしれーヤツ……っスね」
顔を見合わせるパパとサファイヤ。ここへきて、あまりアテにならなそうな切り出しがきた。
「気のせいだったらそこまでなんスけど、スゲ~いい匂いのコロンつけてたんスよ。ありえなくないスか? 暗殺者がコロンとか初めて聞いたっスね。しかも彼、素手派? 武闘派? なワケじゃないスか。もっとありえないっスよね」
「まっ。よく知ってんのね。あたくしも知ってるみたく言わないでくださる?」
「知ってるかと思ったっス。ま~、実体験と、あとはみんなのビャクダンおにーさんからの受け売りスけど。潜入とかするにしても、TPO? に合わすにしても、ありゃ甘くてキツすぎるって言ってましたね」
本庁前で機械化箒を路駐できるのはいまのところエメラルドだけだろう。窓の向こうで苦い顔をしているビャクダンに向かって気さくに手を振る。
「とっ捕まえんの手伝ってください。しこたま飲んで爆睡したとこ見たいんス」
終業に合わせてエメラルドに小言を言いに出てきたビャクダンはそのまま三人がかりでエメラルドの箒に括りつけられる。
「Hola! オブスティナード。タオどんな子?」
「チクショウッ、それが目的か……機密事項だ! 言うかクソ鳥」
「ラ・フィエスタ! これは一時間飲み放題のチケット」
「パーティ魔法でおにーさんの意識をフワフワにするのさ」
おそらくは何度となくやったことのある連携で、それでもかなり耐えたビャクダンは一言だけ吐いた。
「身元不明だ……」
顔を合わせるパパとサファイヤ。
首都の街中を、ともすれば「お似合いのカップル」と評されてしまいそうな二人連れが歩いている。一人は有名人で、もう一人は誰もが振り向いてしまうほどの美形である。ただ、よくよく会話を聞いてみれば、なんだか常に言い争っているらしかった。
「あれ何」
「八百屋さん」
「あれは?」
「本屋さん」
「あれが本屋? 笑わせんなよ、本屋ってのはもっと小せえモンだろ? しかもあんな分厚い本なんざ見たことねえぜ。本ってこういうのだろ」
「それは雑誌っていうの! そんなことの違いもわかんないの? 馬鹿にしないでよね、からかうのもやめて」
「あ、なああれ何」
「ラーメン屋さん! ねえちょっと! いい加減にしてよね!」
そこへ、より人々の注目の的となるカップルが颯爽とやってきた。
「ラーメン! いいね、小腹空いた! ディナー前だけど、食べよマリーヤ」
「仕方がないわねえ。腹八分目はきちんと守るんですよ」
そしてタオとトパーズの両脇をガッチリ固めると、流れるようにラーメン店に連れ込んだ。
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