The Great Escape #season2
有池 アズマ
第1話/モンキー・マジック
冴えないインタビュワーは今日もテレコ片手に街を歩き渡る。東へ行けば、
「あの鍵の魔女とかいう大魔女見習い、使えねえよな。どこ行ってたかと思いや、キッチリ帰ってきやがって、そんでキッチリ鍵付け替えやがんだ。戻ってこねえでよ、鍵もブッ壊れたままだったら、俺ら魔法使いで人間界バンバン侵略できたのにな」
西に行けば、
「大魔女はおっかねえが、なんだってあんなに警察の連中が強者揃いなんだ? ヘッ、若ェのは知らんだろうがな、昔ァこのあたりも、もっと酷ェモンだったんだぜ? ペットショップだらけでよォ……」
北へ行けば、
「大魔女? 見習い? どうでもいいよ、そんなの。それより、なあ、アンタ、ジャーナリストの端くれなんて名乗るからには、一つや二つ、情報持っちゃいないかい。金なら払うよ、なあ。知り合いが突然、連絡つかなくなっちまってよぉ……」
魔法界の治安は偏りが激しい。インタビュワーは、先日のテロ事件の首謀者がこの近辺の育ちと耳にしてやってきているのだが、誰も、インタビューになど答えようとはしてくれない。
まあ、先輩は、こうして成果が上がらなくても、許してくれるしなあ。
もちろんいつまでもそれに甘えていられないこともわかってはいるのだが、このように荒れた地域では、思うように取材が進まないこともまた事実だ。スラム一歩手前とも呼べようこの辺りは、昔から、正義とは反対側のやり方で自治をしている組織が根城を構えていることでも有名である。長居は禁物だ。
インタビュワーが南に行こうとしたところで、向いから青年が歩いてきた。すらりと背が高く、整った身なりである。
「よ。調子どう? このへんじゃ大したネタなんざ転がってねえっしょ。オレでよけりゃ、ちょいと手伝おうか」
「あ……きみは……」
桃色の長髪を細く三つ編みにして、キリリと鋭い目つきをしている。整った顔立ちは男女問わず、その危険な魅力の虜にしてしまいそうだ。甘いコロンが特徴的なこの者を、この辺りで知らないのは、余程のモグリと言われてしまう。
「タオさん」
「ちょいと、こっちこっち」
タオに導かれ、路地裏へと入る。錆びついたドラム缶に軽く腰かけ、タオはやれやれと肩をすくめる。
「オッサン、この辺は危ねえって。今日で引き上げた方がいい。特に、大魔女関連ならな」
「どうして? 情報通なこの街でなら、先日のテロやらにも詳しいひとがいるんじゃないかと思ってるんだけど」
「わかんねえかな。大魔女……特に、鍵の魔女にはもうみんなカンカンだぜ。はぐれ者はだいたい、人間界侵略思考さ。夜にでもなってみな、酔った連中は鍵って聞いただけで殴りかかってくるぜ」
「そ、そんなに……なら、仕方ないかな……。そうだっ、タオさん、きみなら何か知っていないかな?」
これまで人当たりの良い笑顔だったタオが突然表情を消し去ったので、インタビュワーは一瞬で死を覚悟する。
「あっ……」
「別に、オレ自身は、何も思っちゃいねえさ」
「え?」
「悪ィが話はここまでだ。じゃあな、マジに気を付けて帰れよ」
長羽織の裾と三つ編みとを揺らしながら、タオは去ってゆく。インタビュワーはしばらくその背を見送るように立ち尽くしていたが、タオの忠告通り、さっさと引き上げることを決意した。それでなくとも、早く帰って一杯引っ掛けてしまいたいほど、妙なストレスなら味わった。
「あんまり喋りすぎるモンと違うよ、タオ」
「親父」
「おまえは顔を覚えられやすいんだから、あまり出歩くのはよしなさい」
夜がやってくる頃合い、タオは庭先のハンモックに寝転んで、星空を眺める支度を整えていた。車椅子を黒服に押させている老人が縁側から声をかけた。袖も裾も、あるはずのものがないことを伝えるように風にそよいでいる。別の黒服に作らせたジュースをチビチビ飲みながら、タオは「わかってるよ」と呟く。
「でも、ずっと家にいても退屈だし。することねーし、親父の役に立てねえじゃん」
「おまえが家にいることが、儂には役立ってるさ。いいかタオ、儂がこうも口を酸っぱくして言うのにゃ、きちんとわけがある。おまえは……」
「親父の大事な宝物。だろ?」
ハンモックから下り、老人の前に立つ。縁側にいても小柄な老人のことはタオが見下ろす形になる。
「わかってるよ親父。オレはここでいい子にしてれば、親父に満足してもらえる。わかってる。でも……オレも、いい子なだけじゃ、やっぱダメだ。いい子なだけじゃない。使い道は他にもあるんだ。なあ、親父。なんでオレは……カチコミ、行っちゃダメなの? 他の連中誰より強いのに」
地域で有名な青年は、一帯を自治する組織の子であった。家長たる老人は呆れたように肩をすくめる。よく似た仕草だ。腕はないが、わかりやすい。
「儂は子煩悩なんだと何度言ったらわかる。可愛いおまえを危険な現場に連れ出すなんぞ、子を愛しとらん親のやること。儂はな、タオ。寒気がするよ。もしおまえが現場に出て、流れ弾でその綺麗な顔に穴を開けることになったら? 斬りかかられて、真っ二つになったら? 魔法を受けて獣に変えられでもしたら……おお! も~う耐えられんよ。おそろしくてたまらん。可愛いタオや、そういう汚れ仕事は、おまえの仕事じゃない。こいつら下っ端の仕事よ。可愛いタオや、そのままでいておくれ。こんなに大切に思ってるんだから」
「……鍵の魔女の暗殺。オレは行っちゃ、ダメなんだね」
「魔女相手は危険すぎる。絶対に、ダメだ」
タオはしゅんと肩を落として、ため息をつく。老人はいつもこうして、怒るわけではなく、優しく諭してくれる。
「わかったかな?」
「……うん。わかった」
夜がやってくる。
タオは音を消して引き戸を開ける。両側に立っている黒服の襟首を掴み引き、頭同士をぶつける。左手の方は部屋に敷き詰めた布団に放り投げ、まだ掴んでいる右手は空いた左手も添えて首を捻る。骨が嫌な音を立てたと同時に呼吸を失う身体を布団へと投げつける。よろよろと立ち上がりかけていた方は、再び布団に倒れ込む。座布団を顔面に押し付け、胸のあたりを踏みつけながら、またしても頭を両手で包み、本来回ってはならないあたりにまで捻る。
物静かな夜だ。誰も、やっては来ないだろう。
「……」
黒服のスマホを一台取り上げると、白の大判ショールを肩に、風になびかせながら、タオは庭の石垣を、有刺鉄線ごと、ひらりと飛び越えた。ショールも、羽織の裾さえも、一切引っ掛けることはない。ショールの絹も、羽織の金糸も、星灯りにぼんやりと輝く。
わかったよ親父。でも、オレの実力を見れば、親父だってわかってくれるはずだ。
青年はただ、認めてもらいたいだけだった。大恩ある育ての父のため、役に立てる子であると、置物のように可愛がるだけでなくて、実戦でも結果の出せる子だと、自慢の子だと、認められたかっただけだった。
待っててくれ、親父! 絶対に、鍵の魔女を星屑にして、持って帰るよ。
青年はこの日初めて、街から出た。それは、生まれて初めての「家出」だった。
「なんだ、このザマは」
タオの部屋の布団に転がった、二着の黒服。そこには、ヒトの形に、星屑が散らばっている。きっちり二人分だ。
「タオに、やられたか。躊躇なく殺したとは……想像以上だね、あの子は」
首を横に振る老人。目配せを受けた黒服はさっさと星屑をゴミ袋へと詰める。
「海に流しに行ってる時間はないぞ。一刻も早くあの子を連れ戻すんだ」
少なくとも夜までは人間の形っをしていた星屑は、ゴミ袋からそのまま、用水路へと流された。水流に乗せてもらえるだけ、ありがたいことなのかもしれない。
「困った子だ。変なモン食って腹ァ壊す前に、連れ戻すんだぞ」
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