第31話 ゴールデンウィークの最終日

 チナちゃんの試合を観戦して、食事にいき。

 帰り道で相原さんに会って彼氏の下劣さを見て、自分が相沢さんに取って傍観者であるという事実を知り。

 そして、ヒメさんに告白されて、ツバキ姉さん殴られた。


 ゴールデンウィークも最終日を迎えようとしていた。


 最終日前に相沢さんからメッセージが来たときは、ツバキ姉さんが言っていたタイミングが来たと思った。


 それは相原さんの待ち合わせを見た一週間後のことだったからだ。


 そして、相原さんが頭を整理して気持ちを立て直した時間であるとも言える。


 久しぶりに会う相原さんは少しだけ垢抜けて見えた。

 それは本が好きで、明るく可愛い彼女ではなく、落ち着きを持ち大人女性のような雰囲気を醸し出している。


「レン。ごめんね。呼び出して」

「全然いいよ。二年生の頃はよく一緒に帰ってたじゃないか」

「うん。ねぇ、私はさどこで間違ったのかな?」

「えっ? レンを好きになればよかったなって思うよ」


 僕らは少しだけ歩いて近くの公園のベンチで腰を下ろした。

 相原さんからは悲しみと、戸惑い、そして後悔を感じる言葉が漏れ出る。


「そっそれは」

「私ね。彼とキスをしたんだ」

「えっ?」


 ズキっ! 


 胸に痛みが走り、涙が溢れそうになる。


「だけど、キスをしたけど、嬉しいとかもなくて、なんだろ。こんなものかなって」


 相原さんは空を見上げて、どこか遠くの方を見ている。


 ああ、そうか。


 これは相談(ミッション)なんだ。


 この時間がやってきたんだ。


「……嫌だったの?」

「う〜ん。嫌でもないけど。よくもないかな。どこか妥協してたんだと思う」


 妥協でするキス。

 

 でも、キスを許されるのは彼氏だけ。


 前にデートをすっぽかしたのは、彼女に振り向いて欲しいパフォーマンス? 


「そう。彼は喜んでいた?」

「まぁね。だけど、次は二人きりになろうとしたり、どこか部屋に行こうとしたりするんだ」


 あ〜 キスの次は、男が考えることだよね。


「私は、流石にそこまではまだ許せなくて」


 そこまではまだしていないんだね。

 

 怖いのか? 

 

「ねぇ、レン。私は相手の求めることに応じた方がいいのかな?」


 ……胸が苦しい。


 なんていうのが正解なのかな? ツバキ姉さんなら、僕を殴った時のように簡単に許すなと怒るのかな? ヒメさんなら僕が求めれば喜んで応じてくれる? チナちゃんはまだそういう感じではないから、相原さんのように悩む?


 相談者(スパイ)であり、傍観者の僕にできることは?


「僕はまだ誰とも付き合ったことがないけど」

「うん」

「この間好きだと言ってくれた子がいたんだ」

「えっ?」

「その子は僕のしたいことをしてもいいと言ってくれた」

「あっ! ごっごめんね。彼女ができたのに私が呼び出して」

「ううん。彼女じゃないよ」

「えっ?」


 ヒメさんは付き合うことを求めなかった。

 だから、彼氏彼女じゃない。

 彼女の話をするわけにはいかないけど、これは伝えたい。


「彼女は僕のしたいことをしてもいいと言った。僕はそのつもりがなかったから付き合うことはなかったけど。相原さんはどっちなのかな?」

「どっち?」

「うん。彼氏さんに全てを許してもいいと思っているのか? それとも嫌なのか? きっとね。この悩みは相原さん個人の悩みで、とても大切なことなんだと思うよ。僕を好きだと言ってくれた人は全てを捧げてもいいと言っていた。だけど、相原さんは彼氏に捧げるのは躊躇っている。その違いは、僕にはわからないんだ」


 本当は彼氏とそんなことはしてほしくない。

 だけど、相原さんは彼氏と別れる道を選んでいない。


 なら、それをハッキリと口にしていい立場ではない。


「うん。ありがとう。レンがちゃんと私のことを考えてくれているのはわかるよ。ねぇ、レン」

「何?」

「最近、レンはカッコよくなったよね」

「えっ?」

「好きだって告白されるぐらいだから、レンのいいところをちゃんと見てくれている人がいるんだね。私は浮かれていたんだと思う。初めて告白されて、顔がカッコよくて、好きかどうか考えるんじゃなくていいなって思うだけで付き合っちゃった」


 相原さんの真実に僕はなんて答えていいのか、悩んで一言だけ伝えることにした。


「相原さんが幸せになってほしい。だから、相手に合わせるんじゃなくて、自分の気持ちを大切にしてね」

「うん。ありがとう。レンはいつも優しいね」

「そんなことはないよ。僕だっていろんなことを考えているんだから」

「ふふふ、そうね。ごめんなさい。やっぱりレンといるとラクでいいね」


 笑顔を向けてくれる彼女は僕を男性としてではなく友人として見ているんだ。


 もしも、僕がここで男であることを教えたらどうなるのかな?


「ねぇ、相原さん」

「えっ?」

「僕で練習しない?」

「練習って何を?」

「キス。僕とするのは嫌かな?」


 僕は相原さんの前に膝をついて目線を合わせる。

 それはツバキ姉さんが僕にキスをした時と同じ状況。

 そして、相原さんに寸止めをした時と同じ雰囲気。


 今度の僕は止めるつもりはない。


 もう、彼とキスをしてしまった彼女に容赦はいらないから。


「レン。ダメ」


 僕の顔が近づいて、相原さんが顔を背けた。

 別に無理にするつもりはない。


「そうか、残念」

「あっ!」

「ごめんね。無理にするつもりはないんだ。今日はもう帰ろう」

「……うん」


 僕らは言葉少なく公園を出て別れた。

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