第8話








「のぅ。シヴァルツ。今日は町に行ってこようと思うのじゃ。」


 爺ちゃんがそう言ったのは、ミコトが来てから2日経った時だった。


 朝食を食べ終わったところで、爺ちゃんがそう切り出してきた。爺ちゃんは月に1~2回ほど町に行く。そして、僕たちが食べる食料を購入してくるのだ。僕が爺ちゃんの代わりに行ければいいんだけど、僕は町の人たちから縁起が悪いと嫌われている。そんな僕が町に行っても、ぼったくられるか食料を売ってくれないかのどちらかだ。


 だからいつも爺ちゃんが町に行く。


 今日はいつも町に行く間隔からするとかなり早い気がする。


「爺ちゃん?こないだ町に行ったばかりじゃなかったっけ?」


「うむ。ミコトちゃんの情報がないかちと調べてみようと思ってのぉ。あとはミコトちゃんの服を取りに行く予定じゃ。まあ、これはロレインちゃんにミコトちゃんに似合う服を買っておいてもらえないか頼んでおいたんじゃがのぉ。」


「そっか。そう言えば、そうだよね。僕も町に行けたらいいんだけど……。」


 忌み嫌われている僕が町に行ったところで、僕は町の人から情報を得ることはできないだろう。なんたって、僕の姿を見れば皆がしかめっ面をして逃げていくのだから。逃げて行かない人は僕に罵声を浴びせるか、ゴミを投げつけるか。どちらにしろ、僕が町で情報収集をするなんてことはできるはずがなかった。


「気にすることはない。シヴァルツにはここでミコトちゃんを守るという使命があるのじゃからな。儂の留守中、しっかりとミコトちゃんを守るのじゃぞ。」


 爺ちゃんは俯いてしまった僕の頭を優しく慰めるようにポンポンと叩いた。


「うん。もちろん。」


 僕に今できることは爺ちゃんの留守中に全力でミコトを守ること。それ以外は不甲斐ないけれど、今は爺ちゃんに任せておこう。


「良い子じゃ。任せたぞ。シヴァルツ。夜には一度戻ってくる予定じゃ。遅くなるかもしれないからのぉ夕飯は先に食べておくのじゃぞ。」


「うん。わかった。」


 爺ちゃんは僕の頭の上に乗せた手でぐしゃぐしゃっと僕の頭を撫でた。


 それからすぐに爺ちゃんは僕とミコトを家に残して町に行くと言って出ていってしまった。








「ミコト、今日は爺ちゃんが留守だから出来るだけ家の中にいようね。」


 爺ちゃんが留守の間、ミコトを守るなら家の中が一番だ。外は危険がいっぱいだから。


 森の中の一軒家の周りには時折魔物が出ることがある。爺ちゃんが魔除けの植物を家の周りに植えているから家の中までは入ってこないけれど。


「ミコト、わかった。」


 ミコトは僕の言葉に頷いた。外に出れないことに不満はないようだ。


「窮屈な思いをさせてごめんね。」


 僕は外に出れないことに対して謝る。今日はお天気だっていいのに。外に出たらさぞかし気持ちいいことだろうに。そんな日にミコトを家の中に隠すように縛り付けておかなければならないなんて。


 僕だったら発狂しそうだ。


「ミコト、窮屈?なぜ?」


 だけれども、ミコトは不思議そうに首を傾げた。


「狭い空間の中だけで過ごすのって苦痛じゃない?今日は天気もいいし、外に出たいとか思わない?」


「……ミコト、よくわからない。」


 どうやら部屋の中にいるのは慣れているらしい。むしろ、外というのをあまり知らないような感じがした。


 そう言えば、ミコトが来てから一回もミコトは外に出ていないような気がする。誰かに狙われていると危ないから情報を得るまでは家の中にいるようにって爺ちゃんが言ってたっけ。


「ミコトは外に出たことある?」


 僕は好奇心が勝って気づけばそう尋ねていた。


「……外って、なに?あの人も言ってた。外に出たいかって。外って、楽しいの?」


 ミコトがいつもより長く言葉を喋った。いつもは必要最低限にしかしゃべらないのに。


 それにしても、


「外はとても楽しいよ。魔物がいて少し怖いけど。爺ちゃんがいれば大丈夫だから、爺ちゃんが帰ってきたら一緒に外に行こう。っていうか、あの人って誰?」


 ミコトが言う「あの人」というのが気になって尋ねる。


「……ミコトに名前をつけてくれた人。」


 ミコトはそれだけ教えてくれた。


 あの人というのはミコトの名付け親のことらしい。ミコトには両親がいないって言っていたから、ミコトがいた孤児院の誰かということなのだろうか。


 その人の名前でも聞ければ少しは情報が手に入るかもしれない。だけれども、それ以上は「あの人」についてミコトに聞いても首を傾げるだけだった。




 その日はミコトと家の中でずっとおしゃべりをしていた。ミコトはあまりしゃべる子じゃなかったから僕が一方的にしゃべり倒していたけれど、ミコトはちゃんとに僕の話を聞いてくれているみたいで相槌を打ってくれた。


 時々僕が何を喋っているのかわからなくて首を傾げていたけれど。


 僕にとっては充実した一日になったことは確かだ。ミコトのことも少しだけど理解できてきたような気がしたし。






 だけど、その日、町に行った爺ちゃんは夜が更けても戻っては来なかった。






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