第50話 鋼鉄

これは斜陽街から扉一つ分向こうの世界の物語。

重そうな鉄の扉の向こうの世界の物語。


ギアビスの背には大きな純白の羽根があった。

レオンは羽根もまとめて抱きしめた。


レオンは頭で何かがはじけた気がした。


ギアビスはひとしきり、レオンに抱きしめられたまま泣いた。

泣き終わって、『自分』の意味を話し出した。


「僕はね、完全な人間になりそびれた存在なんだ」

「完全な?」

レオンが聞き返す。

「誰にも頼らないで生きていける存在。そんな存在でなければ祖先の残してきた知識を守らないとされた…ギアビスっていうのはね、知識を求めた一族の名前なんだ。僕自身の名前はない。僕には性別もない。あるのは完全であるという印の…あの羽根と、膨大な知識だけ…」

『ギアビス』がかなしそうに笑う。

「でも、僕は不完全なんだ。あの羽根だって空は飛べないし…空を飛ぶ意味もないし…それに…」

「…それに?」

間を置き、『ギアビス』はポツリと言った。

「僕はもう一人では生きていけない…」


レオンは『ギアビス』と呼ばれた『彼』を見詰めた。

羽根は出し入れが可能なものであるらしい。

今の『彼』の背に羽根はない。

抱きしめて気がついた華奢な身体。

泣いている『彼』を見て、自分も辛いと思った。

そしてはじけた感情。

「俺は…」

レオンが話し出す。

『忘却の草原』と呼ばれたこの地で、レオンの記憶が少しずつ戻ってくる。

レオンはそれを言葉にした。

「俺は天使を探していた。天使を探して斜陽街という街から鋼鉄の扉をくぐってやってきた…」


「天使なんて、ここにはいないよ」

『ギアビス』はそう言う。

「俺は天使を見付けた」

レオンはそう言う。

「僕は天使なんかじゃない」

『彼』は泣き出しそうにそう言う。

「ギアビス」

レオンが呼びかける。

『彼』がぴくりと震える。


「君は俺の探していた天使だ」


レオンはあたらめて、大切そうにギアビスを抱きしめる。

「一人で生きていけないのなら俺がいる。俺がずっとこの草原にいる」

レオンはそう言った。


レオンの中で記憶が戻りつつあった。

鋼鉄の扉、斜陽街、そして…

斜陽街に残してきたもののことも。

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