第5話 酒屋

斜陽街の一番街には酒屋がある。

酒を飲ませる居酒屋ではなく、酒を売っている酒屋だ。

ここの主人は…ナハトというらしいのだが…

黒い釣り鐘マントにインヤンマークのTシャツにジーンズ。

いんちき臭い大阪弁をしゃべる。

彼は、酒を作りに行くと言っては、ふらりとどこかに出掛ける変わり者で、

店番はもっぱら(自称)弟子のタグという少年に任せてある。


酒を作りに…

そう、ここの酒屋の主人は、酒を仕入れるのではなく作るのである。

酒樽がある訳でない。

ただ、倉庫には空き瓶が山となっている。

酒屋の主人は空き瓶を幾つかディバッグに詰め込むと、

どこか、思いの染み付いた場所に行く。

昔は賑わっていたがもう廃れてしまった、そんな場所が好みらしい。

廃園前の遊園地、

廃線となった線路、

生徒のいなくなった学校。

そんな思いの染み付いた場所から酒屋は酒を絞り出す。

思いから酒を作り出すのだ。


酒屋は何も特別な呪文も唱えない。

儀式もない。

ただ、思いの染み付いたそこで酒瓶を持つのだ。

そして待つ。

思いは場所より滲み、酒瓶内にくゆる。

そして凝縮され、酒瓶で静かに酒になる。

これは、酒屋に代々受け継がれた能力らしいが詳しいことは何もわかっていない。

酒屋はそこで酒を作る。

それだけは確かだ。


思いが染み付いていれば酒屋はどこでも顔を出す。

ただ、廃れた場所の方が酒屋好みの後味の酒が出来るということらしい。

皆が願懸けする神社にも、

寂しさにたむろするカラオケショップにも、

忙しくいきかいする駅にも。

気が付けば空き瓶をガチャガチャ言わせている酒屋がいるかもしれない。


「よっしゃ、いい酒できたで」

そんな笑顔をした酒屋に、どこかで出会えるかもしれない。

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