第20話 雨の葬儀

タムは涙も流せなかった。

目が、のどが、心が、

みんなみんな乾いてからからになった気がした。

後ろから足音が近づき、タムの肩に手を置いた。

「行くぞ、居続けたら乾く」

ネフロスは簡潔にそう言った。

タムはうなずいた。

パキラが、ネフロスが、311号室を出る。

タムはもう一度だけ振り返った。

ベッドには、ベアーグラスだった、乾いた塊がある。

赤い袋がそのそばにおいてある。

これでよかったんだろうか。

タムはやりきれなかった。


彼らは受付まで戻ってきた。

ネフロスが、受付のファイアーボールに声をかけた。

「311号室のベアーグラスだが…」

ファイアーボールは、目を閉じた。

「乾きましたね」

ネフロスはうなずいた。

ファイアーボールは、少し悲しげな表情になった。

「いくつ乾ききったものを見続けていても、やっぱり慣れませんね」

「害虫も駆除してある。だから…」

「害虫とベアーグラスを別々に埋葬、それでよろしいでしょうか」

「ああ、頼む」

「棺桶屋に手続きを取ります。本日はありがとうございました」

ファイアーボールは、赤い、ぶわっとはじけた頭で、深々と礼をした。


彼らは、乾きの治療院から表へ出た。

扉から出ただけで、身体が、空気から水を含んだ気がした。

ゆっくり門まで歩く。

空気はこんなに湿っていただろうか。

太陽はこんなにぼんやりとしていただろうか。

太陽は?

門を出て、ふと気がつき、タムは空を見上げた。

空は夜ではない。太陽は見えない。

「一雨くるな」

ネフロスがつぶやいた。

タムのおでこに雫があたった。

ポツリポツリと雫は増え、

やがて、さぁ…と、優しい雨になった。

「乾いたから…丁度いいよ」

パキラが静かに言った。

ネフロスがうなずいたが、二人とも表情は晴れなかった。

ぼんやりと空を見ている。

裏側の世界に、魂が空へ帰るとか、そういう概念はあるんだろうか。

ベアーグラスは乾いた。

その水が、雨恵の町に降り注ぐ。

彼らはその身に雨を受ける。

水を受け継ぐように。


やがて、乾きの治療院の表門に、箱をいくつも紐でくくりつけて背負った、

黒いローブの男が現れた。

タムはその目を見た。

赤い果実のように真ん丸で輝いていた。

乾きの治療院から、ファイアーボールが出てくる。

「コケモモさん、お待ちしていました」

「弔うのは?」

「311号室。害虫と別でお願いします」

「うむ」

コケモモは重々しくうなずいた。

タムはあれが棺桶屋だろうと、なんとなく思った。

乾いたベアーグラスは、きっと箱で十分なのだ。


雨はさぁさぁと降り続いている。

やがて、コケモモが乾きの治療院から出てきた。

ファイアーボールが、深々と礼をして、コケモモを見送った。

コケモモの黒いローブは、外に出ると水を吸い、ある種の色を帯びた。

来る時と同じように、箱を紐でくくって背負っている。

きっと中には、乾いたベアーグラスがいるのだ。


コケモモはネフロス、パキラ、タムの前で立ち止まった。

ローブでその赤い目を隠したまま、コケモモは歌った。

「その水は雨へ、その身は土へ、その魂はめぐり、やがてめぐりあうことを」

それは祈りに似ていると思った。

「土から生まれし身体なれば、また土に帰り、水で育てし身体なれば、また雨に帰り」

タムはじっと祈りに聞き入った。

「魂はめぐり、風に導かれ、またであおう。壊れた時計は魂とともにある。確かに」

タムは目を閉じ、うなずいた。

コケモモの重たくなったローブがゆっくり霧雨にけぶって清流通り四番街を歩いていった。

「祈り…か」

ネフロスが口を開いた。

「何度祈っても、やっぱり慣れない。ファイアーボールの気持ちもわかる気がする」

パキラもうなずいた。

「めぐりあえるとしても…別れはやっぱりつらいよ」

さぁさぁと降る雨の中、

タムは、ベアーグラスを元気に出来たか考えた。

「あれで…よかったんでしょうか」

ネフロスは、タムの湿った髪をぐしゃぐしゃにした。

「お前はよくやった。約束できたじゃないか」

「…やくそく」

「約束できたなら、また、会える。裏側の世界の祈りの一つだ」

「祈り」

「帰るぞ。そのうち雨も止む」

ネフロスが歩き出した。

パキラも続いた。


タムも続いた。

雨はしょっぱい気がした。

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